あー、スラムを抜けるのは大変だった。カムイのような強そうな狼を連れてるってのに絡んでくる奴多すぎだろ。結局全員麻痺させておいた。その後どうなったかは知ったことではない。
そしてようやく元の目抜き通りまで戻ってきた。適当に歩いて貴族街を探してみるかね。
「ピュイピュイ」
え? どこかお店でじっくり食べたい? もーコーちゃんたらさっきあれだけ食べてたのに。
「ガウガウ」
カムイも? もー二人とも大食いなんだから。仕方ないなあ。実は私も屋台では少し足りないと思ってたんだよね。昼も過ぎたことだし混んでなさそうで、なおかつ旨そうな店は……
さっぱり分からん。とりあえず高そうな店を狙ってみよう。
ここにするかな。『トレイテル』か。
「いらっしゃいませ。三名様ご案内いたします」
なんと! いきなりコーちゃんとカムイを人間扱いしてくれるとは! 何と嬉しい接客か!
「本日のお勧めランチを三人前で。飲み物は酒をボトルで。それから果実を絞ったものをお任せで二杯ほど。」
「かしこまりました」
しかも個室に通されてしまった。ランチなのに。
運ばれてきた料理は定食。分厚いステーキに新鮮そうな生野菜サラダ、トマト系のスープに柑橘系のジュースだった。酒はワインかな? 一杯目は店員さんが注いでくれた。「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
カムイはもう食べたのか。しかもお代わりだって? 贅沢なやつめ。でも頼むけどね。だってこの肉旨いよな。厚いのに柔らかいし。シーオークのいいところを使っているようだ。
「ピュイピュイ」
ワイン美味しい? 私も一杯だけ飲もうかな。昼から飲むのも悪くないよね。ジュースが少し酸っぱい柑橘系だったのでワインの甘さが際立つな。もっと飲みたくなったけどここまでにしておこう。
さて、勘定はいくらかな。
「本日はご来店ありがとうございました。お会計が金貨二十三枚でございます」
意外と普通だな。初めての店だしもっとボッたくられるかとも思ったが。
「じゃあこれで。美味しかったよ。ご馳走さま。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
「あ、あの、お客様はやはり、その、魔王様で?」
「一応そう呼ばれてはいる。」
魔王と見たからボッたくりもせずまともに対応したのかな?
「大変恐縮なのですが、サインをお願いできませんでしょうか……うちの娘がファンなもので……」
店長、ではなさそうだ。平の店員かな? まあサインぐらい構わんだろう。『ド』の入った名前を書くのも最後かも知れないし。
店員が持ち出して来たのは正方形の白い板。真っ白な紙なんて街中で使うことなんかないもんな。少しカッコつけて筆記体で……『Kurse de Martin』と。ん? 微弱な魔力が流れたが……
「ふ、ふふ、やったぞ! これであの魔王が俺の奴隷だ! さあて、まずは有り金全部出してもらおうか。」
信じられんほど短絡的な奴だな。店員がいきなり客をハメて奴隷にするって。今日二回も騙された私も間抜けだが。板に契約魔法を仕込んでやがったのか。この街はみんなこんな奴なのか?
とりあえず手持ちの銀貨一枚をぽろりと落としてみる。
「ああん? 銀貨一枚だぁ? 魔王なら唸るほど金持ってんだろうが! 全部出せや!」
大声を出したせいで他の店員まで寄ってきた。
「大声出してどうした?」
「そちらはお客様じゃあ?」
「大丈夫か?」
「へっへっへ、こんな気取った店で働くのも今日までよ! よく聞け、この魔王がなぁ今日から俺の配下だからよ!」
「はぁ? 魔王様が配下!?」
「お前お客様に何を!?」
「大丈夫ですか!?」
どうやら店ぐるみで客をハメようとしているわけではないようだ。なら店を更地にするのは勘弁してやろう。
「今まで散々威張り散らしてくれたよなぁ! 何が真心で接客だよ! クソみてえにいけ好かない客に何でニコニコしなきゃいけねぇんだよ! 食い物なんか腹に入ればおんなじだろうが!」
「お前……」
「なら何でここで働いてんだよ……」
「オーナーの恩も忘れたのか……」
色々ドラマがありそうだが、そろそろ飽きてきた。『解呪』
こんなしょぼい契約魔法が私に効くはずないのに。契約魔法の法則を知らないのか。本当は解呪する必要すらないぐらいだ。
「え? 今、何、を……?」
「遊びは終わりだ。この俺を奴隷にしようとしたんだ。死んで償え。」
「うそ、待っ……」
「冗談だよ。こんな店の中で殺すわけないだろ? とりあえず……」『麻痺』
適当に売り飛ばすかな。安いだろうけど。
「大変申し訳ございませんでした!」
店員が一斉に頭を下げる。こんな奴のために、いい迷惑だよな。
「いや、気にしなくていい。ケジメはこいつから取るから。旨かったからまた来るよ。」
「ははあ! ありがとうございます!」
またしても一斉に。こいつ以外はまともなのね。それがどうしてこんな奴を雇ったんだか。絶対余罪があるよな。
じゃあ騎士団の詰所に行こうか。奴隷になるのはお前の方だったな。
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