フランティア領都への帰りを考えたら王都に滞在できるのはもう二、三日ぐらいだろうか。特にもう用はないよな。
あ、忘れてた。
サンドラちゃんに手紙を届けないと。
魔法学院を出た私達。今度は中等学校だ。サンドラちゃんはいるかな。
例によってアレクが部屋まで行ってくれる。まあ手紙を持ってるのもアレクなんだけど。
「いなかったわ。例の教授の所らしいわ。」
「じゃあ行ってみようか。」
マジかよ。新年早々、しかもまだ昼にもなってない時間から研究でもしてんのか?
教授の名前は……確か……
あ、あそこか。そう、クリュヴェイエ教授だ。
「失礼しまーす。」
「失礼します。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
入室の挨拶ができる精霊に狼。いい子達だ。
「だーかーらー! 二乗して-1になる数なんてないんですから! 便宜上iを使えばいいじゃないですか!」
「無いものに便宜上もクソもないだろう!? だって存在しないんだから!」
「存在しないってことを証明するのがどれだけ大変だと思ってんですか! だったら一旦iと置いて先に進めばいいでしょうが!」
まだ昼前だってのに。いつも暑苦しい二人だなあ。
『落雷』
「ぎょわぁー!」
「きゃう」
アレクの雷が落ちた。押しかけておいて攻撃するなんて強盗か。
「カース君、アレックスちゃん。」
「やあサンドラちゃん。戻ってきたよ。」
「カースが心配かけたわね。」
「おかえり、って言うのも変だけどおかえり。エリザベスお姉さんのことは聞いたわ。無事どころか優勝したわね。」
「おかげさまで。一命をとりとめるどころか強くなっちゃったよ。」
まあ優勝できたのは二女がヌルい戦いをしたせいでもあるかな。二女の奴が本気で兄上に勝とうと装備やら準備を整えていたら勝ち目はあったものを。
それを普段着などと舐めた服装で挑みやがるから。あ、普段着で戦うのは私もか。
「ちょうどだからお昼にしない? セルジュ君達から手紙も預かってるわよ。」
「あら、それはありがとう。じゃあ何か作るわ。待っててくれる?」
「ありがと。ご馳走になるよ。」
「手伝うわ。材料も出すわね。」
「ピュイピュイ」
「ガウガウ」
教授を寝かせたまま二人は料理を始めた。ワイワイキャッキャとお喋りクッキングだ。私はその間、サンドラちゃんと教授が議論していた白板を見てみる。
iの考えは私が教えておいたが、そこから先は無理だった。簡単な三次方程式ぐらいしか教えられなかった。どうもサンドラちゃんは三次方程式の解の公式を作ろうとしているようだ。天才かよ。ヒントなんか出せないが、頑張って欲しいものだ。
二人の料理は美味しかった。具が多い焼き飯と言うべきだろうか。コーちゃんもカムイも喜んで食べていた。
昼食後のティータイム。サンドラちゃんから気になる話が出てきた。
教授の講演会を邪魔した『聖白絶神教団』の人数が増えているらしい。あれだけたくさんいた傾奇者がいなくなったこととも関係しているのではないかと気になっているそうだ。
そりゃ頭から布を被っていれば中身なんか分からんよな。あれ系の宗教組織ってのはロクなことをしないってのが定番だが、どうなることやら。
サンドラちゃんとあれこれお話をしていたら教授が起きてきたので、そろそろお開きとなった。サンドラちゃんも手紙を書くので、近いうちにゼマティス家まで届けに来るそうだ。
それから私とアレクはいつもの連れ込み宿に行く。コーちゃんとカムイには先に帰ってもらった。
夕方、満足してゼマティス家に帰った私達をちょっとした事件が待っていた。
「この狼がうちのウィンドルちゃんを噛んだのよ! どうしてくれるのよ!」
「まあまあ落ち着いてくださいな。この子はそんなことをする子ではありませんわ。」
「おばあちゃん、ただ今帰りました。カムイがどうかしましたか?」
「アンタが飼い主なの! どうしてくれるのよ! うちのウィンドルちゃんが噛まれたのよ!」
「ガウガウ」
ふんふん。コーちゃんと帰っていたら、馬車から男の子が降りてきた。カムイを触ろうとするから威嚇した。無視して帰っていたら男の子以外に数人が襲ってきたので返り討ちにした。噛んではいない。頭突きしかしてないと。さすがカムイ。えらいぞ。
「うちのカムイに手を出そうとして返り討ちですか。それでも懲りずに文句付けに来たんですか? ここがどこだか分かってんですか?」
「ピュイピュイ」
ふんふん。コーちゃんまで捕まえようとしたのか。目についたから短絡的にやったのかな。目を離した私も悪かったが、バカな奴もいたもんだな。
「うるさいうるさい! この狼と蛇を寄越しなさい! そしたら許してあげるわ! 私を誰だと思ってるのよ!」
知らねーよ。名乗れよ。
「ドナハマナ伯爵家ゆかりの方でしょうか。ここがゼマティス家だと分かって来られたのですか?」
さすがおばあちゃん。名乗られなくても分かるのか。
しかしこのおばさん、ゼマティス家と聞いて急に見下し顔になったぞ。まさか子爵家だからって舐めてんのか? 基本的に子爵、男爵は下級貴族だけどさ。あくまで基本的には。
「ふん、私はトレイナ・ド・ドナハマナよ! 子爵家風情が対等な口を聞ける相手じゃないのよ!」
本気かよ……アレクのとこを男爵家だからって見下す奴がたまにいるらしいが、王都のゼマティス家だぞ? 魔道貴族だぞ? まさか知らない? そんなわけないよな……
「要はフォーチュンスネイクとフェンリル狼が欲しいのでしょう? 欲は身を滅ぼしますよ?」
「ふん、大人しく差し出した方が身のためよ! ドナハマナ伯爵家はアジャーニ家とも繋がりがあるのよ! こんな吹けば飛ぶような子爵家なんか一捻りなのよ!」
思い出したぞ! ドナハマナ伯爵家って言ったら城塞都市ラフォートか! てことはアジャーニ家はアジャーニ家でもヤコビニ派の方じゃねーか! なんで生き残ってんだよ! まあ口出しなんかしないけどね。おばあちゃんにお任せだな。
「やってみますか? まさか本当にゼマティス家をただの子爵家だと思ってらっしゃるの?」
「きぃーー! バカにして! 見てなさいよ! アジャーニ家に言いつけてやるから! アジャーニ家の当代は宰相なのよ!」
そのぐらい私でも知ってるのに……
太めのおばさんと薄らバカそうな男の子、そして数名の護衛はドタドタとゼマティス家から出ていった。傍若無人すぎるだろ。
「カース。コーちゃん達だけで街を歩かせたのは良くないわね。あんな人達はいくらでもいるのよ。分かったわね?」
「はい。僕が迂闊でした。ごめんなさい。ところでおばあちゃん、あいつらってヤコビニ派の傘下じゃないんですか? よく生き残ってますよね?」
「建前上はアジャーニ家の傘下ってことになってるの。自分達はヤコビニ派に従ったんじゃない、アジャーニ家に従ったんだってね。だから王宮としても処罰はなし。そもそも王都の外の争いに王家はあまり口出しされないのよ。」
「なるほど。そんなものなんですね。」
ならば極端な話、辺境伯が南進政策なんかやっても国王は動かないってことか? ムリーマ山脈の南側を併呑しようとしても……
まあ辺境伯に旨味がなさそうだけど。
しかしあのおばさん、どの面してアジャーニ家に言うつもりなんだろうな。まさか今まで城塞都市に籠ってたもので、王都の事情をマジで知らないとか?
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