自宅にアレクを迎えに戻ったら、すでに準備万端だったようだ。今日のドレスはピンクか。なんて美しいんだ。
思うに、寮にこのような高級なドレスや装飾品を置いておくとイジメの一環として盗まれたり破かれたりするかも知れない。我が家に置いておくのは正解なのだろう。特にアレクは男達の注目を集めまくりなんだろうから女の子からすると面白くないだろう。
「今日もきれいだよ。すごく似合ってる。僕は幸せ者だね。」
「もうカースったら。ダミアン様とどこに行ってたの?」
「スラムの賭場だよ。面白かったけど二度と行かないと思うよ。やっぱりスラムなんて行くもんじゃないね。」
「あら、賭場なんて行ったの? 悪い子ね。でもカースが楽しめたのなら何よりだわ。」
それからマーリンが呼んでくれた馬車に乗り私達は出発した。今日はどんなパーティーなんだろう?
「今夜のパーティーの主催は男爵家なの。でも男爵家程度だとダンスができるほど家が広くないのよね。だから野外スタイルよ。」
「へー、それはそれで面白そうだね。春も終わりだし暑くなってきてるもんね。」
家が狭いのにパーティーを開かないといけないのか、何だか大変そうだな。楽団を呼ぶのってかなり高いらしいし。外だと音響も考えないといけないし。いや、それは屋内でも一緒か。
到着し、馬車から降りて少し歩くと同年代らしき少年が慌てて寄ってきた。
「ア、アレクサンドリーネ様! 今宵はようこそ起こしいただきました。お連れ様もどうぞお楽しみくださいませ!」
「楽しませてもらうわ。こちらはカース・ド・マーティン。私の最愛の男性よ。くれぐれも丁重にお願いね。」
「も、もちろんでございます! カース・ド・マーティン様、私はアレクサンドリーネ様の同級生、サブレイル・ド・ニルビータと申します。本日はお越しいただきまして、ありがとうございます。」
「カース・ド・マーティンです。今夜は楽しませていただきます。」
サブレイル君か。私よりよっぽど高位なのに腰が低いなんて好感が持ててしまう。
「カース、お腹の具合はどう? 空いてる?」
「うん。空いてるよ。アレクは?」
「実は私も。じゃあサブレイル君、先に何か食べさせてもらうわね。」
サブレイル君はまたもや慌てて私達を案内してくれる。自ら案内してくれなくてもいいのに、申し訳ないな。彼に対してはアレクの心の開き具合が比較的マシな気もする。
食事は普通だった。そもそもパーティーの食事の普通をよく知らないが、ザ・普通と感じてしまった。
「なんだか……普通ね……平凡と言ってもいいわ。」
「アレクもそう思う? 不味くはないけど飛び抜けて美味しくもないね……よく分からないけど。」
まあいいか。踊ってるみんなは楽しそうだし。私達も踊るとしよう。今流れている曲はワルツ調だ。どうやって踊ればいいのかなんて分からないが、適当だ。体を動かすことは楽しい。アレクの動きは優雅だが私はどうなのだろうか。剣術で鍛えたので動きは鋭いはずだ。まあどうでもいいや。
おっ、曲が変わった! 激しいぞ!? これはジャズ? クラブジャズか? これはおしゃれなバーで聴きながら酔った勢いで踊りたくなる曲だ。すごい楽団もあったものだ。
「楽しいね! ノリノリでフィーバーだね!」
「ええ! 楽しいわ! 意味は分からないけどノリノリよ!」
「僕らはナウなヤングだからね! デスコでフィーバーだね!」
「え、ええ……かなり古い言葉よね? よく分からないわ。カースは博識ね……」
それから曲調は何度も変わり、最終的にはしっとりとチークが踊れる曲が流れてお開きとなった。他の客達を一切気にせずひたすら踊り続けた私達だった。いい汗をかいたものだ。貴族のパーティーにディスコやクラブ感覚で出席するのは明らかに間違っているのだろう。知ったことではないが。
「お二人とも見事な踊りでしたね! 私達みんな感激してしまいました!」
珍しく女の子の集団が寄ってきた。アレクの同級生かな?
「ありがとう。私はこのカースが楽しく踊ってくれるのが何よりなの。だから私も思うがままに踊れてるの。」
「キャー! アレクサンドリーネ様ー!」
「さすがー! 進んでるー!」
「噂のカース様ね!」
「今夜はハッスルするのね!」
「見た目は普通なのに普通っぽいところを感じさせない普通さが普通にすごいわ!」
そうだよ! 私はイケメンのウリエン兄上と違って普通だよ! 父上ほどの渋い二枚目でもないさ! 別に気にしてないし!
「じゃあアレク、帰ろうか。いい汗かいたことだしね。」
「キャー! アレクですって!」
「アレクサンドリーネ様に向かってそんな!」
「愛なのね!」
「モーレツなラブよ!」
「汗をかいたですって! なら今夜は……私もうだめ!」
すごいな。キャピキャピ感? ギャル感? がすごい。思い起こせばアイドルの話をする女子小学生もこんなノリだったかも知れない。
「じゃあみんな。お先に失礼するわね。行くわよカース。」
変な言語が聞こえたな。私と同じ匂いがするぞ。古い言葉フリークか……
私達は前回同様に夜道を腕を組んで歩いている。熱くなった体を冷ますのにちょうどいい。
「帰ったらお風呂だね。今日も楽しかったよ。いつもありがとね。」
「カースが楽しそうで嬉しかったわ。カースの踊りって上手いのか下手なのか分からない不思議さがあるわよね。見てても楽しくなるわ。」
「あはは、何も気にせず踊ってるだけだからね。アレクの優雅な踊りもすごいよね。きっとたくさん練習したんだよね。」
あれは一朝一夕に身につくものではないよな。やっぱりアレクはすごいな。
カース達が帰った後、パーティー会場では。
「あの女さー、あの程度の男を見せびらかしてどーゆーつもりなのかしらね?」
「だよねー。週末一緒にいるだけの男なんだよねー?」
「二人きりで過ごすのは意外とあいつだけなのかもよ?」
「普段あれだけ大勢の男を侍らせてるのに?」
「あれはどう見ても男が寄り付いてるだけじゃない。バカな奴らよねー」
「私見たわよ。あの女昼過ぎぐらいに辺境伯家を訪ねてたわよ」
「あそこにいい男っていたっけ?」
「ディミトリ様もいなくなったしね。あーあ」
「名門貴族はいいわよねー。男に不自由しないし面倒な挨拶もしないし」
「むしろ挨拶を受ける側だもんね。それすら踊りにかまけてスルーとかいい身分よね」
「懲らしめてやりたいわねー。誰かいいアイデアない?」
「ないわね……こうやって陰口叩くのが精一杯よ」
「せいぜい陰口ネットワークを広げるぐらいかしら?」
「ソルダーヌ様も王都に行っちゃったし……」
「ソルダーヌ様はあいつと仲良いわよ……」
「女子全員で無視はどう?
「無理よ……元々話しかけてこないじゃない」
「実技の授業で痛い目に合わせるとか?」
「無理だって! 今でさえ手加減してもらってるのよ?」
「なによ! 完璧じゃない! そんなことあっていいの!?」
「男の趣味が悪いぐらい?」
「平凡な顔だし、下級貴族よね?」
「クタナツの田舎者らしいわよ?」
「調べてみる? 私は嫌よ、面倒くさい」
「誰もやらないわよ。仲良くしといた方が楽そうね……」
小さくても貴族は貴族、女性は女性。
短絡的な行動に出ないことは評価できるのかも知れない。
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