特性無臭ポーションへと変質した酒樽を魔力庫に収納し……収納……できない!?
くっそ、マジかよ! やっぱ世の中そうそう便利なことばかりじゃないのか。単純計算で現在の私の全魔力が込められているわけだし。私も今は三割ぐらいしか魔力が回復してないもんな。仕方ない……普通に浮かせて持ち歩こう。領都の屋敷にでも保管しようかな。小分けにすれば収納できるか……特製の魔蔵庫も作らないといけないかな……
屋敷に戻ると、ちょうど玄関で男爵と鉢合わせた。
「いやぁお恥ずかしいところをお見せしてしまいました。ついムキになってしまって、全魔力を込めてしまいましたよ。」
「いや……ものすごい魔力を感じました。魔王と渾名されるのもご尤もかと。ところで、そちらは……」
「飲んでみられましたか? いい感じの魔力ポーションになってますよ。」
「いい感じ……? ですか?」
「ええ、センクウ親方のアレは匂いからして不味かったですが、これは無味無臭。市販のポーションに比べても飲みやすいことこの上ないですね。」
「無味無臭……? 失礼、少しだけいただけないですか?」
「いいですよ。どうぞどうぞ。」
おっ、ガラスのスポイトか。さすがに珍しい物を持ってるねぇ。
男爵はスポイトで吸った私の酒を、これってやはり魔王ポーションと呼ぶべきか……いや、ここは思い切って大げさな名前にしよう。よし、ネクタールだ。ネクタールと名付けよう。汲めども尽きぬ神の酒だ。それを手の平に一滴だけ落とし、ゆっくりと舐めた。
「グゥボおおおオゥグァアーーー」
あれ? なぜ?
「ちょ、ちょっと男爵!? 大丈夫なんですか!? どうしたんですか!」
「はぁ、はぁ……やはり魔力ポーションですね……」
「ええ、そうですよね。」
「内包されている魔力が強すぎます……もし、これを魔力の少ない平民なんかが飲んだら、即死ですね……」
魔力が強い? 多いではなく、強い?
「私が飲んだ時には無味無臭でしたが……」
「ええ、確かに無味無臭でした……しかし、たった一滴で私の魔力は全て回復し、どこか重く感じていた内臓も軽く感じます。ただの魔力ポーションではありませんね……」
「それはよかったです。」
「しかし問題は……飲んだ瞬間の拒絶反応とでも言うべきアレです。正直、かなり苦しかったです……内臓が全て口から出るかと思いました。たった一滴で……」
「なるほど。効き目が強すぎる薬は毒にもなるようなものですかね。まあこれは私達専用ってことにしておきましょう。」
コーちゃんもカムイも気に入ってくれたしね。
「センクウ親方のお酒『ヘルムート』がこのように変質した理由は分かりました。残り二つについてもお教えいただけますか!?」
あれだけ悪かった顔色がもうすっかり元気になっている。魔王ポーションのせいか、それとも酒への情熱のせいか。そして初めて知ったぞ。私が王都で魔力を込めた酒はヘルムートって言うのか。
「これは内密の話ですが、私は遥か北に住むエルフと交流があります。この酒はどちらもそのエルフの村でいただいたものです。」
「なんと!? エルフですって!? あの伝説の!」
そして説明をする。一方はフェアウェル村で村長から貰った酒『ブッシュミルトン』。もう一方はその酒に私が魔力を込めたものだ。便宜上『魔力ミルトン』と呼ぼうかな。
「なるほど……ブッシュミルトン、ですか……私の酒とどちらが旨いかと言われたら、私の方が旨い自信はあります。しかし、この繊細な味わい……強さの中に消えない芯があるかのようなコク……見習うべき所がたくさんあります。」
さすがに一流の職人は飲んでも違うんだな。私からすると、ただ旨いとしか言えないもんな。
「もちろん差し上げますので、参考にするなり飲まれるなり、お好きにされてください。」
「おおっ! ありがとうございます! やはり靴を舐めましょう! 今日はいい日だ!」
「いやいやいや! それには及びませんので! さあさ、それより乾杯しましょうよ! ね? 私達の出会いに!」
「おお! そうですな! ならばこれを開けますよ!」
男爵がそそくさと持ち寄って来たのは、ガラスのボトル! 樽に入ってない酒は初めて見た!
「これはですね、私が男爵の地位を授かった時に国王陛下から下賜されたものです。センクウ親方の師であるリュボーン師の作で『サルファレイク』の三十年物だそうです。いや、もう五十年物になってますね。」
「それは凄いですね! 喜んでいただけますとも!」
「ピュイーピュイー!」
コーちゃんも大喜びだ。
「いつか納得のいく酒が作れた時に飲もうと思っていましたが、今日こそが飲む日なのでしょう。」
そしてボトルの口をスパっと切る男爵。コルクの栓なんかないんだもんな。ガラスを溶かして蓋がしてある。それでも熟成は進むのか?
ぬおおー! 結構広い部屋なのに香りが立ちこめる! よく分からないがいい香りだ!
「ピュイピュイ!」
え? 大地の香りがする? そうなのか。さすがコーちゃん。
そしてグラスを用意する男爵。これは良さそうなワイングラスだ。前世でいうところのボルドー型ってやつかな。近いうちに王都に行ったら私も買おう。
三つ並んだグラスに酒を注ぐ。えんじ色って言うのかな。深く暗い赤だ。
「では、今日の良き日に。乾杯。」
「乾杯!」
「ピュンピュイ!」
これはワインか! 初めて飲んだ……
前世では安いワインしか飲んだことがなかったが、何だこの味は!?
アルコール度数は高くない、しかしガツンと来るな。熟成年数が長いのにこんなことってあるのか? しかもガラスで密閉してあるのに? さっぱり分からんが旨い……
「陛下がおっしゃるには、このお酒はゆっくり時間をかけて飲むと良いらしいです。そうすると酒はいろんな表情を見せてくれると。」
「なるほど……ではゆっくりと飲みましょう。肴を用意して……」
取り出すのはみんな大好きワイバーン肉。これを焼きながらサルファレイクを楽しむとしようじゃないか。
「ピュイピュイ!」
「ガウガウ!」
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