何時間経ったのだろうか。もしかしたら十分と経ってないのかも知れない。
とっくに真っ暗になっているため時間の経過が分からない。季節と星の位置からだいたいの時刻を求める方法は習っていない。習っていたとしてもそこまでの余裕があるかは疑わしいだろう。
アレクサンドリーネはカースに膝枕をしたまま辺りを警戒していた。スティード達の救援は望めない。日没後、城門の通行が許されるのはあくまで帰りのみ。再び出ることが許されるはずもないのだから。あの二人はきっと私達の帰りを心配しながら城門内で待っているはずだ。絶対帰ってみせる、などと考えながら……
足音が聞こえる。複数だ。石畳からではない、土の上だ。
ゴブリン……のアンデッド……
なぜ今日はこんなにもアンデッドばかり……
『水球』
水壁越しに三匹のゴブリンゾンビの頭部に水球をぶつける。暗くてもアレクサンドリーネの狙いは正確だ。ただ問題は頭部を水球で覆っても意味がないのだ。生命活動を停止しているアンデッドなので窒息も何もない。しっかりと頭を砕かねば。
そのうち三匹とも水壁まで寄って来て、そのまま水壁に囚われた。一難去ったが解決していない。
アレクサンドリーネは水壁を低くしゾンビ共の頭を出させる。そこをカースの木刀で一撃、二撃、三撃。確実に頭を潰した。
しかしまだ水壁を解除するわけにはいかない。他にも来るかも知れないし、解除してゾンビの臭いに他の魔物が寄って来るかも知れないからだ。
水壁に囚われた気色悪いゾンビを見ながら再びカースの目覚めを待つのだった。
もしこれが昼なら相当に吐き気を催す光景だったことだろう。
ある程度時間が経ったので、アレクサンドリーネは再びカースに水を飲ませようとした。先程は慌てていて気にしなかったが、これは……
急に恥ずかしくなってしまい、口に含んだ水を自分で飲んでしまった。
仕方なく水袋を直接カースの口に当てて、そこから飲ませるアレクサンドリーネ。
直後、激しく咳き込むカース。慌てて何かしようとするも何をすればいいか分からない。
しかし、カースは目覚めた。
「ごほっ、おはよ。」
いつものカースだ。アレクサンドリーネは思わず寝ているカースに覆い被さるように抱きついた。
「カース!」
「アレクのおかげで助かったよ。」
「カース!」
「みんなは?」
「先に帰ってもらったわ。きっと無事よ。私だけカースを待ってたの。遅かったじゃない! バカ!」
「雑魚に苦戦してしまったんだ。ごめんよ。」
「うん……歩ける? 私達も帰るわよ。」
「うん、帰ろう。」
「クタナツっていいわよね。私、遠くに城壁が見えた時、嬉しくて泣きそうになったわ。」
「頼もしいよね。」
二人は手に手を取り歩き始めた。
「いい夢を見たよ。どんな内容か忘れてしまったけど。すごくいい夢だったんだ。」
「よかったわね。私も今夜はよく眠れそうよ。」
「うん、これで軟弱なんて言わせないよ。」
「そうね。もうすぐ……城壁ってこんなに大きかったのね。」
「領都の城壁も大きかったけど、クタナツの城壁の方が偉大に見えるね。」
そこには校長がいた。
城門前にはエロー校長が雄大に立って二人を出迎えていたのだ。
「よくやりました! 君達を襲った苦難は全て見ていました。よくぞ! よくぞ乗り越えてくれました!君達は間違いなく名誉あるクタナツの民です!」
大きな腕で二人を抱き締めながらそう言った。
「でも……校長先生、私……腕輪を外してしまって……」
「もちろん評定としてはマイナスです。しかしそれを差し引いても貴女の行動は素晴らしいものでした。私は君達の行動全てを誇りに思います!」
「じゃあサンドラちゃんの評定はどうなりますか?」
「ムリスさんの評定はそこまで悪くならないでしょう。説明はまた今度、今は一刻も早く休みたいのではないですか?」
確かにカースはとっくに限界なのだ。さっきから一言も喋っていない。
そこにそれぞれの家から迎えの馬車が来ていた。マーティン家からはマリーが、アレクサンドル家からは護衛のファロスが。
そして二人は別々の馬車に乗り、別々の家に帰っていった。
私が目を覚ましたのは自分の部屋のベッドだった。起きてみると外は明るい。
居間に降りてみると母上とキアラがいた。
「おはよ。今何時?」
「おはよう。十二時前、今からお昼よ。食べられる?」
「うん、食べたい。ホントに疲れたよ。僕はいつ頃帰ってきた?」
「昨夜の十時前かしら。よく頑張ったわね。」
そんなに遅かったのか。アレクに会ったことは覚えてるんだけど。
体中が痛い。だが左上腕の傷はもう治ってる。きっと母上が治してくれたんだ。服も自宅用の普段着だし、体もさっぱりしている。マリーかな。
昼食も食べたことだし、風呂に入ろう。そしてアレクの所に行こう。
少し寝てしまったがいいお湯だった。すっきりだ。それにしても世の中の冒険者達はあんな風に魔境を歩きまわっているのか。私には無理だな。
おや、風呂から上がったらみんなが来ていた。居間にて母上やキアラとお喋りしているではないか。いつの間に。
「やあみんな。昨日は大変だったね。」
「昨日は途中で倒れたみたいで迷惑かけてごめんなさい。助けてくれてありがとう。」
サンドラちゃんが意外としおらしい。
「それを言い出したのはスティード君だよ。僕はどうしたらいいか分からなかったんだから。」
「聞いたわ。それでもありがとう。私達を先に行かせて魔物を足止めしてくれたことも。」
「いやー、あれは誤算だったんだ。楽勝かと思ったら意外とてこずってね。でもみんな無事でよかったよね。」
それからみんなでお茶を飲みながらワイワイとお喋りをしていた。母上に説明する手間が省け「みんなよく頑張ったわね」と褒められた。ふふふ。
みんなで楽しく話していたらもう夕方。そのままみんなで夕食を食べることになった。それなら私も魔力庫大放出といこう。
トビクラーやシーオークの肉がまだ残っている。みんな疲れているだろうに来てくれて嬉しいので大盤振る舞いだ。
みんなは喜んで食べてくれた。アレクの口数が少なかったのが気になるな。しかも私と目が合うと顔を赤くして目を逸らすのだ。
また何か良からぬことを考えているな? 全く可愛いやつめ。
途中から父上も帰ってきて、さらに楽しい夜になった。いつもよりたくさんエールを飲んでたみたいで上機嫌な父上だった。
きっと父上の武勇伝にみんなが凄い凄いカッコいいと賛辞を惜しまなかったからだろう。私も本気でカッコいいと思ったのだから当然だ。
ちなみに全員の馬車はすでに帰しているので、マリーが送っていくことになった。我が家の馬車は小さく、四人乗りなので私は乗れない。門から見送るのみだ。
うーん、こんないい友人に恵まれて私は幸せだな。
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