レイモンド先生としてはそりゃ心配だよな。明らかに無尽流の危機だ。それどころか下手すればアジャーニ家にまで波及してしまう。
「広まっておりません。もしかしたら辺境伯はご存知かも知れませんが。魔境でゴブリンキングを退治した後、寿命で亡くなったことにしたそうです。うちの父が。」
「そうか……さすがアランさんだな……我が子を狙われてもそこまでやってくれるとは……」
宰相の座を巡って争っているこんな時期に、この情報が漏れたらアジャーニ家は大打撃だろうな。当時は無尽流のことしか考えてなかったが、私の周りにはアジャーニ家も多い。代官、マルセル、オウタニッサさん。ウリエン兄上に迷惑がかからなければいいのだが。たぶん大丈夫とは思うが……
「奥様のハルさんも心を病んでしまって……後を追うように亡くなってしまいました。」
「そうか……母上まで……」
「あなた……」
ダイナスト先生はハルさんを母上って呼んでたのか! 結構歳下だろうに! びっくりだ。
「何にしてもカース君、よく知らせてくれたね。ありがとう。王国一武闘会では僕の命も救ってくれたしね。いつもありがとう。」
「いえ、僕も話せてよかったです。」
本当にそう思う。さっきの稽古もそうだが、どこか心が軽くなった気がするんだよな。昨夜あれだけ大量殺人をしたことは私の心に何の呵責もないってのに。
結局この日は夜中までアッカーマン先生をしのび、話し続けてしまったためダイナスト先生の所に泊めてもらった。途中で長男コタール君の顔も見ることができた。まだよちよち歩きもできないぐらいの年齢だ。
かわいい……男の子だけどキアラの小さい時を思い出してしまうな。
そして翌朝、サラスヴァの日。朝食をご馳走になってからダイナスト道場を後にした。レイモンド先生とダイナスト先生から父上への手紙を預かって。私からはアッカーマン先生の剣を渡しておいた。アレクと私を刺したあの剣を。
さてどうしよう……
ゼマティス家に顔を出すか、ウリエン兄上のところに立ち寄ってみるか。それともいきなり王城に行ってしまうか……
やはりゼマティス家だよな。さすがに寄らないわけにはいくまい。いや、待てよ? 先にセンクウ親方のところに寄ろう。運が良ければいい酒をゲットできるかも知れないしな。
到着。王都は広いからな、移動するにも一苦労なんだよ。
前回と同じく裏口から入ってみる。
「こんにちはー! センクウ親方ー!」
「ど、どうもいらっしゃいませ。い、今、親方を呼びますのでお待ちください!」
店員さんってよりお弟子さんって感じだな。
それから二分も経たずに親方は現れた。
「おお、魔王か。買いに来たのか?」
「いや、男爵からのお届け物を持って来た。はいこれ。」
スペチアーレ男爵から預かった樽と手紙を渡す。これで用は済んだ。
「ほぉ? ダンの野郎ぉ、相変わらず義理堅い奴だぜぇ……」
「男爵は親方の意見が欲しいようだったぜ? 何ならゼマティス家に手紙でも届けておいてくれ。それより、酒が欲しい。売れる分はあるかい?」
「今の時期はねぇなぁ。何なら年度末にはゼマティス家に届けておいてやるよ。おぉ、それから例のポーションだ。来年三月に売上を集計するぜ。それから払うからな。」
おお! それがあった! すっかり忘れてたぞ。魔王ポーションだったよな。売上の二割を貰う約束だったもんな。一体いくらぐらいあるんだろう。
「楽しみにしてるよ。そうそう男爵だがな、マギトレントで樽を作るみたいだぞ。ますますいい酒が作れるんだろうよ。親方も頑張ってくれよ。」
「はああ!? マギトレントだぁ!? あの野郎そんなもんどっから手に入れやがったあ! てめぇかぁ魔王ぉ!」
うお、いきなり正解。さすが親方、嗅覚がすごいぞ。
「親方もマギトレントが欲しいの?」
「当たり前じゃあ! 欲しいに決まってんだろぉ!」
「欲しいんならそのうち持ってきてやるよ。たぶん数年後だがね。」
国外旅行の後だな。
「マジかあ! 頼むぜ! 待ってるからよお!」
「数年後な。気長に待っててくれよな。対価は酒でいい。ゼマティス家にきっちり届けておいてくれよ。」
「おおよ! 任せとけや! 唸らせてやるからな!」
「期待してるよ。男爵の酒はかなり美味しかったからな。そうそう、男爵な。天空の精霊の祝福を貰ったぞ。ますます酒造りが捗るかもな。」
「なっ……! あの野郎……マジかよ……ワシだって酒と踊りの神パッカートル様の祝福をいただいてるがよ……」
なんと!?
さすが親方……祝福持ちかよ。しかも天空の精霊より格上じゃないか……
「楽しみにしてるよ。いつになるかは分からんけど、マギトレント持ってくるよ。じゃあまた。」
「おう! ダンの野郎にぁ負けられんからよ!」
やはり成功している人物ってのは祝福持ちの場合が多いのだろうか。酒と踊りの神か……どんないいことがあるんだろうか。
よし、いよいよゼマティス家に行ってみるか……
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