私は気分良く伯爵邸を出た。無理に引き止められることもなく、過剰な質問をされることもなかった。これから伯爵はまだまだ苦労するだろうが、困るなら助けてやることもあるだろう。
よし、では宿を探そう。
そこに騎士が寄ってきた。門番の奴だったかな。
「伯爵閣下から魔王殿を望みの場所にご案内するよう仰せつかっております。何なりとお申し付けください。」
「なら、酒場が併設してある宿がいいな。ある? 客層は気にしなくていい。」
「はっ! ご案内いたします!」
私は飲まないつもりだが、コーちゃんが飲みたいって言うんだもんな。
道中は騎士と少し話しをしたのだが、真面目な騎士にとってヤコビニの子供達はかなり目障りらしい。仕事は適当、賄賂は要求する。その上スラムの住人と妙なコネクションはあるし、騎士同士での内輪揉めもしょっちゅうらしい。
「こちらは中級の宿です。酒場も併設されております。こちらでいかがでしょう?」
「ああ、問題ない。ありがとう。これ、とっておいてくれ。」
金貨一枚を差し出す。賄賂ではない。時間外労働をさせてしまったことに対する純粋な礼だ。
「お気持ちを無為にして申し訳ありませんが、私達は奴らなどと同列になるわけにはいかないのです。」
「そうか。それは済まなかった。俺が考え足らずだった。なら代わりにこれをやるわ。」
紫の籠手だ。彼のような立派な騎士なら使いこなしてくれるだろう。
「こっ、これは!?」
「知ってるだろ? ムラサキメタリック製だ。そこまで性能はよくないが、ないよりマシさ。伯爵にも渡した物だから賄賂とは言えないだろ?」
「そ、それは……」
無理矢理押し付けておいた。
「じゃあ俺たちはここで。それとも一緒に飲んでいくか? 奢るぜ?」
「い、いえ、ありがたくいただきます! これにて失礼いたします! 魔王殿! 貴殿からいただいた籠手、家宝にしたいと思います!」
「ああ、こちらこそ案内をありがとう。またな。」
「はっ! 失礼いたします!」
それにしても汚職騎士とまともな騎士の差が激しすぎる。こうやってまともに対応してくれれば私だって金貨の一枚や十枚、簡単にくれてやるのに。
さてと先に部屋を確保してから酒場で飲むとしようか。吟遊詩人とかいないのかな。
「いらっしゃーい」
「部屋は空いてる? 広いとありがたいが。」
「一番広い部屋は一泊金貨七枚ね」
「じゃあそこで。それから食事と酒を頼む。いいやつをな。」
「はいよー」
酒場に移動した私達。
中級の宿と言うだけあって客層もそこそこらしい。粗野な冒険者の姿など見えない。見えるのは中堅の商人か、身なりのいい冒険者と言ったところか。
そして料理が運ばれてきた。肉に魚、野菜。結構バラエティに富んだ料理だな。
「ピュイピュイ」
酒がおいしい? よかったよかった。
「ガウガウ」
おかわり? 早ぇーよ。でも頼んであげちゃうけどね。
「お前、魔王なのか?」
いきなり声をかけてきた男。冒険者か?
「そう呼ばれている。」
「やはりそうか。ドナハマナ伯爵領を中心に冒険者をやってる『バスターピアーズ』のタウンゼってモンだ。」
「カース・ド・マーティン。この蛇ちゃんはコーネリアス。こっちの狼はカムイだ。」
「噂には聞いている。一杯奢らせて欲しくてな。ラフォートにようこそ。」
そう言って冒険者の男は酒を一杯置いた。粋なことをするじゃないか。一口飲んで残りはコーちゃんにあげよう。
「ありがとよ。クタナツに来たら奢るぜ。」
「そんな危ねぇ所になんかぜってぇ行かねーよ。俺らは安全第一だからな。」
「その考え方は大事だと思うぞ。」
思えば私はあちこち行ってるなぁ。一番遠いのはダークエルフの村か。たぶん東のヒイズルより遠いよな。
さて、腹も膨れたことだし部屋に行くとしよう。
まあまあ広いな。領都の私の自宅の寝室ぐらいか。
「ガウガウ」
カムイのやつ、早速洗えってか。任せなさい。わしゃわしゃ洗ってやるぜ。
「ピュイピュイ」
コーちゃんはもう寝るって? 早いね。それなら軽く『洗浄』よーし、おやすみ。
カムイはきれいに洗ったし、少し早いけど私も寝ようかな。色々あったけど明日は気分良く帰れそうだ。
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