それから三十〜四十分後、私はクタナツ北門に到着した。
「お疲れ様です。今朝のムリス逐電事件の参考人を捕まえて来ました。取り調べをお願いします。ムリス一家の居場所も分かっております。私はカース・ド・マーティンと申します。」
門番の騎士さんにそう伝える。
「そ、そうなのか……マーティンさんの息子さんだね? 少し待ってもらえるかな。」
二分後ぐらいに少し上役っぽい騎士さんが出てきた。
「やあカース君。少し見ないうちに大きくなって。カース君がサンドラちゃんを探しに行ったことはスティードから聞いたよ。まさか本当に見つけてくるとは。全然子供の戯言じゃないね。」
よく見るとスティード君のお父さんだ。
「おじさんお久しぶりです。場所はグリードグラス草原中東部です。本人を連れて来ることもできます。」
そう言って私は地面に大まかな地図を描いてみせる。
「なるほど、そんな所まで逃げていたか。よし、こちらから一人連れて行ってもらうことはできるかい?」
「ええ、大丈夫です。」
「ではノシテール、行ってこい。ムリス以外の家族の護衛だ。」
「はぁ、行けと言われればそりゃ行きますが……」
「お前はボケっと座ってれば着く。じゃあカース君、すまないが頼むよ。無事に帰ってきてくれよ。」
「はい! 行ってきます!」
こうして私ともう一人は再び現場に戻る。あんまり目印がないから一旦はグリードグラス草原の中央部まで行って、そこから東に向かう。発見。
ん? 何か揉めてるのか?
「私達はもうお終いよ! どうしてくれるのよ! あなたが売女なんかに手を出すから!」
「何を言っている! お前こそ浪費を何とかしろ! ドレスに宝石だ? 私はついに公金にまで手をつけるハメになったんだぞ!」
「そもそもあなたがあんな女に引っかかったから! 一体いくら貢いだのよ! キィー悔しい!」
「あいつの方がお前よりよっぽど可愛いらしいんだから当然だ! 私の顔を見れば新しいドレスを買え、あの宝石が欲しいなどと! どんな大貴族でも干上がってしまうわ!」
「結婚する時、君はどんな宝石より美しいって言ったくせに! バリバリ働くから贅沢をしておくれって言ったくせに!」
「限度があるだろう! 嫌なら付いて来るな!」
夫婦喧嘩……なのか?
こんな時に……?
「そこまでだ! サミュエル・ド・ムリス、公金横領並びに逐電の罪で連行する! 神妙にお縛につけ!」
おお、ノシテールさんかっこいいぞ。さっきまで気分悪そうにしてたのが嘘のようだ。
「くっ! いつの間に騎士が! き、聞いてくれ! 私は違うんだ! 私はあの女と金貸しにハメられたんだ!」
「よし、分かった。大変だったな。話を聞かせてくれるか?」
そう言って両手をおろしたノシテールさんはサンドラパパに近付き、あっという間に捕縛した。油断させておいて瞬殺。手錠のような物を両手にかけて、全身に縄を打った。早業だな。これが騎士か。
「さてカース君だったな。まさかこんなに早く来れるとは思わなかった。メイヨールさんが激務でボケたのかと本気で思ってたよ。それなのに悪いがこいつをクタナツまで運んでもらえないかな。私は馬車でみんなを乗せて帰るから。」
「いいですよ。じゃあアレクも乗って。ここからなら三人でも問題ないから。」
コーちゃんは軽いしね。
「分かったわ。じゃあサンドラちゃん、後でね。」
「カース君もアレックスちゃんも本当にありがとう。いつも助けてくれて……」
サンドラちゃんにしてはしおらしいな。でも助かってよかった。あのままどこを目指していたんだろう? どこに行ったとしても一家皆殺し、もしくはサンドラママとサンドラちゃんは売り飛ばしコースだったはずだ。
こうして気まずいながらもサンドラパパをクタナツに連行し、一旦は解決したかに見えるが……どうなんだ?
さて、アレクは分かる限りの話をサンドラちゃんから聞いたらしい。それはそれは怪しいことだらけだった。
その話とパパママの夫婦喧嘩から分かったことがある。
事はパパが娼館に行ったことに端を発する。そこで出会った女に入れあげたパパは金品を次々と貢ぎ始める。アレクによると怪しい薬を使われた可能性もあるらしい。
すぐにお金が続かなくなったパパは女から金貸しを紹介される。『ある時払いの催促なし』なんて言葉をあっさり信じたパパは湯水のように借り始める。賭場に出入りしたり、サンドラママへのご機嫌取りにも相当使ったらしい。
そしてある日、金貸しが豹変する。女との事後、微睡んでいるところに乗り込んで借用書を見せ返済を要求。当然そんな金があるはずもなく、返済期間を延ばす代わりに契約魔法で身を縛られる。そこから後はお決まりのコースだ。
金がないなら作ってこい。代官府には沢山あるだろう。お前なら金庫室にも入れるだろう、と。
始めは金貨一枚から、次第に五枚、十枚、百枚。
一つの悪事を終える度に女から色飴がもらえる。少しでも躊躇うと男から鞭が振るわれる。やがて事件を踏まないと女からご褒美が貰えなくなる。必死の思いで金を抜いても額が少なければお預けとなる。
こうしてパパは金庫室から金貨を運ぶだけの人形となったのだ。
金庫室とてただの空き家ではない。入室する者には『魔封じの首輪』の装着が義務付けられる。もちろん手荷物は持ち込めないし、出入りの際はボディチェックもされる。代官ですらだ。それを突破した方法が分からない。金貨五万枚の重さなど想像もつかないが、大容量の魔力庫か相当高性能のマジックバッグでないと入らないはずだ。数枚程度は大金貨や白金貨があるとしてもかなりの量のはずだ。
そうして今日に至る。犯行は今朝の日の出前。昨夜に運ばれてきた金貨も含めて丸ごと狙ったのだ。また本来なら発覚は今日の昼ぐらいのはずだったが、パパの出入りを不審に思った別の役人が半ば強行で金庫室を調べたために発覚となった。
予定ではパパが金庫室に入るのは日の出よりしばらく後、通常業務開始時の最初の仕事として金貨の枚数チェックをするはずだった。それがなぜか日の出より早くやって来て、その業務を行ったことが発覚の原因だったのだ。
ボディチェックをスルーする方法があるのなら普段通り出勤すればよかっただろうに。まあその辺りは騎士団の取り調べで判明するだろう。
またアレクによるとサンドラママも罪は免れないらしい。それなりの魔法使いらしいので全財産没収の上、奴隷役で草原開拓に従事することになるらしい。
サンドラちゃんと弟二人は孤児院行き。服や所持品の大半は没収、上着数着と下着や肌着類、そして学用品だけが残された。
騎士団でも代官府でも、これが娼婦の色香に迷った愚かな男の犯行とは考えていない。苛烈な取り調べが続くんだろうな。
もちろん娼婦本人や娼館の楼主、賭場の関係者も軒並み連行済みだとか。さすがにクタナツ騎士団は容赦ないね。
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