宿に入り落ち着いたタイミングでアレクに事情を説明した。
「そうなのね。所詮あの人も自分が命令すれば何でも思い通りになる……なんて考えてる、そんな愚かな貴族だったのね。」
アレクは少しだけ悲しそうだった。
「という訳だから家のことは残念だけど、もういらない。アレクとソルダーヌちゃんの友情は変わらないと思うけどね。でもソルダーヌちゃんの言う通りかもね。アレクの領都での生活が少し心配になってきたよ。」
「今回の場合、もしカースが一人でクタナツに帰ったとしても私の気持ちは変わらないわ。カースが、私なら一人で大丈夫と判断して先に帰ったと解釈するだけよ。だから心配要らないわ。」
「それもそうだね。少し心配し過ぎかな。だってアレクはこんなに綺麗で可愛いんだから。」
「カース……//」
それから私は初めてアレクの紅い唇に口付けをした。中身がおっさんの癖に気持ち悪いかも知れないが、かなり胸が高鳴ってしまった。アレクにも「鼓動がすごいわ」と言われてしまった……恥ずかしい。
それにしても無事脱出できて、なによりアレクが無事でよかった。
その夜、私達は同じベッドで抱き合うようにして眠った。きっといい夢が見れるだろう。
朝、先に目を覚ましたのは私だった。どうやら追っ手は来なかったか……部屋中に張っておいた範囲警戒が無反応だったから。まだ油断はできないけどね。
そこにノックの音が。朝食かな。
ドアを開けると案内係とソルダーヌちゃんがいた。係がてきぱきと朝食を配膳し帰っていくと彼女は開口一番「ごめんなさい!」
ソルダーヌちゃんは勢いよく頭を下げて謝罪してきた。その声でアレクも目を覚ました。
「おはよ。ちょうどソルダーヌちゃんが来たよ。朝食もね。」
「おはようカースにソル。早いのね。」
「二人とも昨日はごめんなさい。せっかく泊まりに来てくれたのに……」
「ソルダーヌちゃんが謝る必要はないけど事情は分かってる? まあ食べながら話そうよ。」
そこが重要なんだよな。わざわざ来てくれたってことは理解してそうだが。でもよくここを突き止めたな。朝まで待ってから来てくれたんだろう。
「ええ、分かってるつもりよ。兄上はカース君が突然襲ってきて部屋を荒らして逃げたって言ってるけど。おばあ様付きのメイドがカース君から話を聞いていたわ。私にはお引き止めできず申し訳ありませんって謝ってきたわ。」
あー、あのメイドさんはおばあ様付きね。辺境伯家では各個人ごとにメイドがいるわけか。
一応私の口からも説明しておこう。
「と言う訳だから家のことは無理しなくていいよ。」
「いえ、あの件は母上にも話してあるから大丈夫よ。心配要らないわ。それよりどうしたらいい? 口ではいくら謝っても謝り足りないわ。」
「うーん、だったら辺境伯家としてアレクサンドル家に詫び状を出すってのはどう?」
「それはいいわね。それなら今後、妙な真似はしないでしょうしカースも安心ね。」
「分かったわ。母上に言ってみる。カース君には……」
「要らないよ? アレクサンドル家への詫び状の隅にでも名前を入れておいてくれたらいいよ。マーティン家への詫び状とか貰うと話が面倒になる気がするからね。」
私が言っておいて何だが、本当にいいのか? 家から家への詫び状って結構重大な事だが……
「そう……大事にしないでくれてありがとう。兄上も無傷だったし……部屋は傷だらけなのに無傷だったわ。部屋の傷は兄上の魔法よね?」
「そうだよ。風の魔法をあれこれ使ってたね。」
「あれでも兄上は魔法学校の四年生では十番台なの。それでも相手にならないのね……エリザベスさんも二位以下が相手にならないそうよ。」
おお、さすが姉上。面倒だけど今回の件を伝えておかないとまずいかな?
「アレク、デートの予定を変更して悪いけど姉上のところに行こうか。」
「ええ、いいわよ。お姉さんにも説明しておかないとね。」
ソルダーヌちゃんはしゅんとしている。デートの予定を変更させて申し訳ないってとこかな。
では朝御飯も食べたことだし、魔法学校の寮に行ってみよう。朝風呂したかったなぁ。
三人でテクテク歩いて魔法学校の寮に到着。ソルダーヌちゃんは馬車で来たのだが、私が乗りたくないので帰してもらった。
姉上はアレクが部屋まで呼びに行ってくれるそうだが、少し実験したいことがあるので待ってもらった。
『魔力探査』
周囲の魔力をレーダーのように探知する魔法だ。これで姉上を検知できるかを確かめたいのだ。ただし、姉上の部屋は五階なので私も少し高度を上げないといけない。熟練しないと水平方向にしか探知できないんだもんな。
『隠形』『浮身』
だいたいの部屋の場所は聞いているが……
居た! 一人だけやたら大きい魔力。こんなに他と差があるのか……
さて、実験はここからだ。頭の中のレーダーに映ってる姉上の魔力に私の魔力を送り込む……できるか? ある意味ポケベルだな。
くっ、魔力がダダ漏れだ……難しいな……
おっ反応あり! なるほど、姉上の魔力が強いから魔法防御を突破出来なかったのか。
次の瞬間、水球が私目掛けて飛んで来た。自動防御が揺れる、結構魔力が高いやつだ。隠形を使っているのに……
そして姉上も飛んで来た。部屋の窓から飛び出してきたのだろう。
「カース! アンタねぇー! そんな気持ち悪い魔法どこで覚えたのよ! それに魔力を無駄遣いし過ぎ!」
「あはは、ごめんごめん。ちょっと実験してみたかっただけなんだよね。とりあえず降りようよ。」
そう言って私はサンダルを出す。私のオリジナル品、魔境で風呂に入るときなどに愛用している。
「いや、いいわ。部屋に戻って着替えて出て来るから。」
そりゃそうだ。この冬に部屋着では寒いしね。
五分も経たないうちに姉上は出て来た。
「アンタねぇー、せっかく面白い魔法を教えてあげようと思ってたの……げっ、辺境伯のお嬢様! あーアレックスちゃんのお友達なのね。はじめまして。カースの姉、エリザベス・ド・マーティンです。」
「お初にお目にかかります。辺境伯家四女、ソルダーヌでございます。この度はお詫びに参りました。」
「お詫び? どういうこと?」
「まあまあ大したことじゃないから近くでお茶でもしながら話そうよ。」
私達は魔法学校付近のカフェで姉上に事情を説明した。
「なるほどねぇー。大したことあるじゃない! 五男、六男はまともだと聞いてたけど噂なんて当てにならないのねぇー。でも分かったわ。私が何かすることもないけど。それよりカースよ! あんな気持ち悪い魔法使って!」
この後散々文句を言われたが、件の面白い魔法とやらを教えてもらった。偶然やることは同じだったのだが、魔力の無駄遣いをしなくていいのは助かる。『発信』と言う魔法だ。魔力探査に反応した相手に魔力を送りノックをするイメージだ。ただし、あらかじめ両者の魔力をお互いに確認しておかないと先程の私のように魔力で無理矢理補う羽目になる。マジでポケベルに近いな。それだけに応用が広がりそうだ。
それより私が気になるのは、先ほどの水球だ。
「それより姉上さー、さっきの水球だけど、こっちが見えてないのに撃ったよね? どうやったの?」
「ふっふっふー。恐れ入った? どうせカースだろうと思って強めに撃ったのに無傷なのは気に入らないけど。あれは『自動追尾』よ。私が考えたんだからね! 詠唱なんかないわよ。」
「すごーい! さすが姉上! カッコいい! 兄上もきっと惚れ直すよ!」
本当にすごい! ホーミングの魔法か。何てエゲツない……
「ふふふっ、そうでしょうそうでしょう。これで私と兄上の仲を邪魔するクソ虫どもを全滅させてやるのよ……」
あーあ、さっきまでアレクもソルダーヌちゃんも姉上を尊敬の目で見ていたのに。ドン引きだよ。
「ゴホン、まあそのうちカースにも教えてあげるわよ。魔力探査ができるなら簡単かもね?」
なるほど。レーダーを利用するのか。できそうだ。これと狙撃を組み合わせたら凄いことになりそうだ。よし、これでもう憂いはない。今度こそデートをしよう。
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