「一体どうなっている! 全く効果がないではないか!」
カリツォーニがバルテレモンに向かって怒鳴っている。
「そのように怒鳴らないでくださいな。カリツォーニ様らしくありませんわ。カリツォーニ様は天上人なのですからゆるりとお待ちくださいませ。」
バルテレモンはカリツォーニの膝に手を乗せながら甘い声で囁く。
その反対側ではイボンヌがカリツォーニの腕に手を回してしな垂れ掛かっている。こんな九歳がいるとは。
ここはカリツォーニの自室。ソファーにもたれ掛かりティータイムを楽しんでいた。
「イボンヌよ。お前はどう思う?」
「私の意見など何も。カリツォーニ様がやりたいようにやるのが一番だと思います。何故なら王都で勉強された英才なのですから。」
「ふふ、分かっている。お前の言う通りだ。」
バルテレモンは内心面白くなかった。
手駒を使っているのは自分。指示をしているのも自分。なのに可愛がられるのはイボンヌ。
自分も可愛いがられてない訳ではないが、イボンヌほどではない。顔も身分もスタイルも成績も、全て自分の方が上。秘密の個人魔法だってある。
それなのになぜこんな地味な黒髪女が……
それもこれもあのカース達のせいだ。
あいつらはいつも自分達だけは別格って顔をしている。別格なのはアレクサンドリーネだけのくせに。それを勘違いしてるだけの下級貴族……
あの女もあの女だ。昼休みの教室でこれ見よがしに膝枕なんて、あいつ程度の男を狙う女なんていない。無意味な牽制しやがって。
この私が一組の中心でないなんておかしい。私でなくアレクサンドリーネに集まる男なんて頭がどうかしてる……
そんなことを考えていた。
一方、イボンヌは一体どんなことを考えているのだろうか。
貴族社会は恐ろしい。
そこで生きる女はもっと恐ろしい……
あれから一週間ほど経った日の昼休み。
異変が起こった。バルテレモンちゃんの取り巻き組がいない。
正確には教室にはいるのだが、取り巻いてない。彼らだけで固まってお弁当を食べている。仲違いでもしたのだろうか。
「テシッタール君どうしたの? 一緒に食べないの?」
「お構いなく。僕達は下級貴族なので僕達だけで食べます。」
媚びを含んだ彼女の声に対して、拒絶を含んだ彼の声。
「貴様、フランの好意を無視すると言うのか。いい度胸ではないか。」
アジャーニ君は行動が早いな。効果があるかどうかは別だろうけど。
「う、うるさい! ま、マーティンに文句があるならじ、自分でやればいいんだ!」
おや、反逆か。呼び捨ては気に入らないけど震える声で一生懸命なところは好感が持てる。
「貴様! カリツォーニ様に向かってよくも!」
護衛一号君も張り切ってるな。
二号君とイボンヌちゃんは動きなしか。
「あわ、う、うるさいうるさい! 僕らはもう関係ないんだー! 巻き込んでくるなー!」
「放っておいてよ!」
「自分でやれー」
「カース君にビビってるくせに」
「何で私がこんなことしないといけないの!」
おお、民衆の反乱か。意外とやるもんだ。
ちなみに今日のエルネスト君のお弁当もスパイシーな肉が入っていた。香りからして食欲をそそる。前回とは違う味付けだが美味しい!
「ふん! 後悔するなよ? 」
お、諦めたのか?
イボンヌちゃんがアジャーニ君の耳元で何か囁いている。ご機嫌取りかな?
一号君はこちらを睨んでいるが、二号君はやはりイボンヌちゃんを睨んでいるようだ。
そして放課後、例のウォーターバッグが気に入った私とスティード君は校庭で特訓中だ。
実際はただ殴る蹴るってだけだが。
そこに珍しくグランツ君がやって来た。
「カース君、今回はごめんなさい。なんとなく流されてバルテレモン様達と一緒にいたらこんなことをしてしまって。本当にごめんなさい!」
「分かってるよ。やらされてたんだよね。普通逆らえないよ。気にしてないから。」
「僕にできることなんか何もないとは思うけど、償いをしたいんだ。何か言ってくれないかな……」
「うーん、そもそも気にしてないから償うこともないんだよね。でもまあせっかくだし、僕は金貸しだからお金で償ってもらおうか。」
「お金、僕は平民だし金貨なんてないよ……」
「いやいやそんなにいらないよ。今持ってるだけでいいよ。」
「それなら……」
グランツ君は懐から銅貨を四枚取り出した。
「はい毎度。ではこれで償い終了ってことで。もしお金に困ったら言ってね。貸すから。」
「ありがとう。カース君はこんなに優しいのに僕は何てことを……」
一組に唯一残った平民。
二組から努力して一組に上がってきて、落ちることなくずっと一組にいるグランツ君。友達付き合いをすることはなさそうだけど、困ってたら助けてあげるかも知れない。
あれから学校は平和だ。表面的には。
アジャーニ君と護衛君達は成績も悪くないようで、先生からの質問を的確に答えていた。
ただの盆暗貴族じゃなかったようだ。
昼休みもイボンヌちゃんとバルテレモンちゃんを侍らせてイチャイチャしている。
私達はと言うと、すっかり昼寝が習慣化してしまっていた。
私はアレクの膝枕で。
サンドラちゃんはセルジュ君の腹を枕にし、スティード君の足に自分の足を乗せ女王様のように寝ていることが多い。
寝過ごしかけてもエルネスト君かグランツ君が起こしてくれるようになったので安心だ。
そんなある日、学校に行くと私の机の引き出しに手紙が入っていた。名前は書いてないが女の子の字で
『お慕い申し上げます。この想いをどうか伝えたくて筆をとりました。本日の放課後、校庭の用具室の裏まで来ていただきたく存じます』と、書いてある。
字からすると良い所のお嬢様なんだろう。
だが、これはアレだな。
ノコノコ行ったら、『ホントに来やがったぜ! 馬鹿じゃねーの!』と言って笑い者にするパターン。
はたまた数日後に『罰ゲームでした! 私がアンタなんかを好きになるわけないじゃん!』のどちらかだ。
大穴としては、『絵画を買いませんか?』も有り得るか。
すごく行ってみたくなった。
仮に本気の告白だったとしても振ってしまえばいい。それも青春なのだから。
そうなると今日一日は『騙されてるとも知らずソワソワして放課後が待ち遠しい男』として過ごすべきだろう。
ふふふ、放課後が待ち遠しいぜ。
昼休み。
「カースどうしたの? なんだかソワソワしてるわね。妻に内緒で悪所に行く男みたい。」
「ブハッ、悪所ってどこだい? そんな言葉がアレクの口から出てくるとは。」
「私もよく知らないわ。母上が兄上達に、悪所に行く時は妻にバレるなって言ってたわね。」
絶対知ってるじゃん! 熟知してんの!?
でも私は悪所なんか行かないし、浮気もしない。たぶん。
「実は放課後に面白いことが起こりそうなんだ。詳しくは内緒だけど、明日には話せると思うよ。気になるなら僕の後をつけるといいよ。」
「明日話してくれるんならそれでいいわよ。その代わり今日はカースが膝枕してよね。」
ふふふ、全く可愛いやつめ。
そして放課後。
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