領都三日目、パイロの日。
早起きして領都を出た私とアレクはもうクタナツに到着していた。
アレクを自宅まで送り届けてから私も帰宅。
「ただいまー。急用で帰ってきちゃった。」
「ピュイピュイー」
「あらカース、おかえり。どうしたの?」
卵の事情を話してみる。うちの馬シルビィもそろそろ高齢だしな。
「ちょうどいいかも知れないわね。うちで育ててあげるわ。キアラも喜ぶだろうし。」
「なになに〜? 何の卵〜?」
今日はキアラも家にいた。
「ユニコーンかペガサスだって。楽しみだよな。ペガサスだったら空を飛べるぞー。」
「すごーい! カー兄みたいに飛べるかなぁ?」
「それは分からないな。でも飛べたらいいな。時々魔力を込めてあげたらきっと喜ぶよ。」
キアラなら自分で飛んだ方が速そうだが、危ないので黙っておこう。
「それよりカー兄遊ぼー! 王様ごっこしよー!」
何だそれは!?
「よーしやろうやろう。どんな遊びだい?」
「ピュイ」
「私が王様でカー兄が宰相なのー! 宰相は王様にあれこれ仕事を持ってくるんだけど、王様は『良きに計らえ』とか『苦しゅうない』とか言って逃げるのー!」
何だそれ? 何が面白いんだ?
とにかくやってみた。
「王様、ゴブリンの群れが村を襲っています!」とか「王様、民百姓が飢えております!」なんて言ってみたが、キアラは何が楽しいのか「良きに計らえー!」「余は満足じゃー!」なんて笑いながら逃げて行った。
ある種の狼ごっこか?
まさかキアラが王様になると言ったのはこれが原因か?
結局昼まで庭を駆けずりまわった。途中からベレンガリアさんも参加した。彼女の役は宰相の筆頭秘書官だった……
キアラが楽しそうだからいっか。
「ピュイピュイ」
一方アレクサンドル家では、突然のアレクサンドリーネの帰宅に母親は内心喜んでいた。
「ただいま帰りました。」
「おかえり。そう言えば夏休みなのね。カース君も一緒なの?」
「ええ、ついでだから乗せて帰ってもらったの。お昼を食べたらまた戻るわ。明日は王都に行くの。」
「あらあら、相変わらず全く理解できない行動ね。」
それから二人は和やかに会話をする。
アレクサンドリーネからは……
カースのお陰で首席になれたこと。
アイリーンという友達ができたこと。
カースが自分で主催した武闘会に優勝し、その上大勢を相手に完勝したこと。
カースへの挑戦者が後を絶たないこと。
母親からは……
草原の街の建設がひと段落つき、父であり夫アドリアンも少しは帰ってこれるようになったこと。
しかし植物の繁殖に苦戦していること。
街の名前が『ソルサリエ』に決まったこと。
魔女の別荘が噂になっていること。
話しても話しても話題は尽きない。
ちなみに弟、アルベリックは領都の騎士学校に在籍しているが、アレクサンドリーネと会ったのは入学式の時だけである。一年目の多忙さで週末はおろか夏休みでさえ会うことはできないだろう。
「その別荘だけど、カースは楽園って名付けてたわ。夏休み後半は連れて行ってくれるんですって。」
「あの子って本当に意味が分からないわね。『妹に負けそうになって魔境に別荘を建てた』って何なのかしら?」
「だってカースだもん。ふふっ。」
母子の語らいは昼食後も続き、カースが迎えに来るまで止まることはなかった。
朝出てもう領都に戻ってきちゃったよ。今は午後三時ぐらいかな。
「ありがとうカース。久しぶりに母上に会えてよかったわ。」
「うん。よかったね! サンドラちゃんへのお土産も買えたし、帰ってよかったね。」
「さーて、遠回りして帰りたい気分よ。騎士学校にも寄りたいし。」
「騎士学校? 弟君に用?」
「ええ、せっかくクタナツに帰ったんだし母上からの手紙とお土産を渡してあげようと思って。多分会えないでしょうから受付にでも渡しておくわ。」
昔ウリエン兄上から騎士学校の一年目はかなり多忙だと聞いた。あの小さかった弟君がスティード君の後輩か。きっと頑張っていることだろう。
それから騎士学校の受付に荷物を預けて自宅へと帰った。今夜はみんなでワイワイやろう。スティード君もセルジュ君も先生を見たらきっと驚くだろうな。
「ただいまー。」
「ただ今帰りました。」
「ピュイピュイ」
「おかえりなさいませ。セルジュ様がいらしてますよ。」
「やあカース君、お邪魔してるよ! アレックスちゃんも邪魔しちゃってごめんね。あの彫刻はすごいね!」
「ようこそ! 明日からが楽しみだね!」
「いらっしゃい。ありがとう、でも恥ずかしいわ。」
セルジュ君とお茶を飲みながら他愛もない話をしているとスティード君もやって来た。
「こんにちはカース君、珍しくお客を連れて来たよ。さあ入って。」
「お邪魔……します。」
「アルベリック!?」
「姉上、お土産ありがとう。カ、カース、先輩……お邪魔します。」
「スティード君もアルベリック君もようこそ。かなり忙しいって聞いてたのに来てくれて嬉しいよ。さあ入って入って。」
聞くところによると、弟君はスティード君にかなり世話になってるそうだ。憧れの先輩という位置付けのようだ。彼も素直になったものだ。魔力も高いようだし、立派な騎士になれるだろう。
「あの……カース、先輩。一手指南を、お願い、できませんか……」
「アルベリック君。僕は君の先輩じゃないんだから敬語はいらないよ。いつも通りの口調で構わないよ? 何なら兄貴でもいいけど。」
「カース君、それは僕が許さないよ。確かにアル君はカース君に複雑な気持ちがあると思う。だけど僕はかわいい後輩であるアル君に礼儀知らずになって欲しくないんだ。」
さすがスティード君! 考えが深い。私は相変わらず何も考えてないよなぁ。
「分かったよスティード君。僕が間違ってた。弟君、慣れない言葉遣いかも知れないけど頑張って。で、一手指南とは? 剣ならスティード君の方がよっぽど強いと思うけど。」
「実はアル君なんだけど、少し伸び悩んでいるみたいなんだ。それもあって連れて来たんだよね。立ち会ってあげてくれない?」
なるほど。役に立つかは分からないがスティード君がそう判断したならやってみよう。
「いいよ。アレクが見てるんだからいい所を見せてよ?」
「は……はい。」
「アル君、返事は押忍だよ!」
「お、押忍!」
庭に出た私達。審判はスティード君だ。
「双方構え! 始め!」
序盤は様子を見ようと思ったけど、全然攻めてこない。
「弟君、もっとガンガン攻めておいで。」
「お、押忍……」
もしかしてビビってるのか? おかしいな、そんなタイプじゃないはずだが……そんな時はどうしたらいいんだ?
仕方ない、私から攻めよう。スタスタと近付いて上段から振り下ろす。避けないと危ないぞ?
彼は防御を選んだため、木刀ごとぶち折って鎖骨に直撃。終わってしまった……
「アルベリック! アンタ何やってるの! 全然気合が入ってないじゃないの!」
「まあまあアレク。ほら、弟君。起きてこれを飲みなよ。」
たぶん鎖骨が折れてるからな。
「押忍……」
「何か心配ごとでもあるの? どうも剣の腕とかの問題じゃあなさそうだよね。」
返事がない……
どうやら私の手に負える問題ではないようだ。そうなると……
「考えても分からないことだし、夕食にしない? もうすぐすごいゲストも帰ってくると思うし。」
「それがカース君、彼はもうそろそろ帰らないといけないんだ。一年生はパイロの日でも門限があるんだよ。」
それがあったか……ゆっくり話を聞くこともできないか。
『風球』
弟君が突然吹っ飛んだ。どうした?
「アルベリック! よく見てなさい! カース行くわよ!」『氷弾』
アレクが突然私に攻撃してきた。家に傷が付いたら大変なので、全て受け止める。しかしアレクは止まらない。
『氷弾』
しかも氷弾に紛れて妙な魔法を使われているようだ。私の足が止まったり重くなったり、しかも背中が痒くなったりしている。凄い攻撃だ。
『豪炎』
マジか! この火はヤバいぞ!『水球』消さないと。
『烈風』
上級魔法を連発かよ! 周りの被害が!『風壁』
「はぁはぁ……やっぱりカースには効かないわよね……アルベリック! しっかり見なさい!」
「姉上……」
『烈風斬』
ぎゃあー! これはヤバい! 防がないと家がズタズタになってしまう!『水壁』
「アンタが何にビビってるのか知らないけど! カースに比べたら何も怖くなんかないんだから! しっかりしなさい!」
「姉上……」
アレクは戦う背中を見せようとしているのか。それにしても上級魔法のオンパレードだ。魔力は大丈夫か?
『燎原の火』
ぬおー! それはやめろー! 大火事になるー!『水滴』
スプリンクラーのように消火する。ここまでだな。『水球』
アレクを水球で囲い、こちらに引き寄せる。
「さて、ここまでにしようか。悪い子は後でお仕置きだよ。」
「カース……ごめんね。アルベリック! 見てたでしょ! これがカースよ! 分かったら全力でやりなさい!」
「姉上……やってみる。」
おっ、やる気になったかな?
「うおおおお! くらえ!」
折れた木刀を全力で振り下ろしてくる! 何か吹っ切れたのか?
当たりはしないがいい攻撃だ。
「おおおおお! 僕は騎士になるんだぁあああ!」
事情は分からないがとことんやろうじゃないか。今度は私も普通の木刀で相手をする。
五分後、私の横薙ぎが彼の大腿部を直撃して勝負あり。今のはいい勝負だった。
「アルベリック。よかったわよ。それでいいの。それでいいのよ。よく頑張ったわね。」
アレクは弟君を抱きしめている。何事なんだ?
「カース、先輩、ありがと、う、ございました。」
「よく分からないけど、頑張ってるみたいだね。その調子でいこうね。」
そして弟君は帰っていった。スランプから回復できたのならいいが……
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