スティード君の話によると、弟君のスランプの原因は授業中、対戦相手に大怪我をさせてしまったことらしい。幸い処置が早く後遺症が残ることもなかったが、それ以来彼は全力が出せなくなってしまい、ほとんど最下位になってしまった。このままだと進級時に足切りされてしまい退学となる。スティード君としては同じクタナツ出身でもあるしアレクの弟でもあるため気にかけているのだろう。
アレクが見せたかったのは、あれだけの猛攻を受けても私がビクともしないこと。だから弟君も思い切って攻めてみろ、じゃないだろうか。
フェルナンド先生ならこの手のことには詳しかったりしないだろうか。弟君もタイミングが悪かったな。
「ただいま帰ったよ。」
「先生! お帰りなさい! この二人は友人のセルジュ君とスティード君です。」
「は、初めまして! お会いできて光栄です! 貴族学校三年セルジュ・ド・ミシャロンです。」
「ご挨拶できて嬉しいです! 騎士学校三年スティード・ド・メイヨールです!」
「やあ初めまして。フェルナンド・モンタギューです。君達は以前カース君の誕生日の時にいたよね。今回は王都までよろしくね。」
それから夕食がてら弟君のことを話してみた。
「うーん、騎士のことはよく分からないがアランから似たような話を聞いたことはある。その時は任務で盗賊を斬ってからそうなったそうだ。」
「その人はそれからどうなったんですか?」
スティード君が問いかける。
「幸い事務方にまわることができたそうだ。戦うだけが騎士じゃないからね。冒険者なら即引退だよ。」
「何か方法はないものでしょうか?」
今度はアレクが心配する。そりゃあ心配だよな。たぶんだけど弟君はお義父さんのような立派な騎士になりたいんじゃないかな。
「分からないな。心の問題は難しいからね。私としては死ぬような問題じゃないのだから気にしなくていいとは思う。騎士でも冒険者でも生き残った者が勝ちだからね。」
先生は優しいようで厳しい。学校を辞めても死にはしないと言いたいのではないだろうか。どちらにしても私達は明日には王都だ。最早できることなどないだろう。
「差しでがましいが、少し様子を見て来るとするよ。あそこの校長とは知らぬ仲でもないからね。いい結果になるとは限らないがね。」
「「ありがとうございます!」」
スティード君とアレクが同時に礼を言う。なんだかんだ言っても先生は優しいんだよな。
騎士学校の一年生達は夕食が終わり、束の間の休憩時間だった。上級生達は夏休みでめっきり数が減り少しだけ気楽に過ごしていたところに教官が現れた。
「これより特別授業を行う! 希望者のみ訓練場に集まるように! ただし、アルベリック! 貴様は強制参加だ! 分かったな!?」
「お、押忍……」
ダラダラ歩く者、キビキビと走る者。行かない者、行きたくても他の用があり行けない者。生徒達の行動は様々だ。
五分後、訓練場に集まったのは四十名程度だった。一学年が百名であることを考えると少ないが、突然のことでもあるので当然とも言えよう。
集まった生徒達は見慣れぬ優男を前に騒ついているが、フェルナンドのことを知っている者は我が目を疑っていた。
「お前達! この方は剣鬼ことフェルナンド・モンタギュー殿だ! この度偶然領都に立ち寄られたので、校長の要請により希望者に稽古をつけていただけることになった! 僅かな時間ではあるが全力で取り組むように!」
剣の道を歩む者で剣鬼を知らない者などいない。生徒達は大喜びで歓声をあげている。
「騎士学校の皆さん、初めまして。私の戦い方は騎士とは別物です。粗野な冒険者や野盗と戦う時の参考にしてください。それからアルベリック君、校長からは軟弱者に気合を入れてやってくれと頼まれている。軟弱者と言われるのが嫌なら学校を辞めるか本気を出したまえ。」
アルベリックは何も言えなかった。まさか剣鬼ほどの人から自分のことを言われるとは思いもしなかった。しかし先ほどのカース邸でのことを思い出し、どうせあの男の差し金だろうと考え納得してしまった。姉やスティードだけでなく剣鬼までがあの男の周りにいる……いったい自分と何が違うのか……と、アルベリックは陰鬱な気分になった。
それから剣鬼による手ほどきが始まった。みんなは嬉々として取り組んでいるが、アルベリックは身も心も重かった。
「アルベリック君、本気を出さないのか?」
「お、押忍……出しているつもりはあるんです……」
「簡単な解決方法を教えよう。辞めればいいんだよ。騎士なんて野蛮で儲からない仕事なんかしなくても君にはアレクサンドル家があるじゃないか。」
「でも……僕は、父上のような、立派な……騎士に……」
剣鬼は全員を見渡して言い放った。
「みんな! 無尽流には心眼という奥義がある! 興味はないか?」
ほぼ全員が口々に「あります!」「聞いたことあります!」など叫んでいる。
そこで剣鬼は見本を見せる。目隠しをして全員から石や木刀を投げさせる。当然全て打ち落とし生徒達は感嘆の声をあげる。
「さあ、これが心眼だ。これを極めるための練習方法を教えよう。アルベリック君、やる気があるなら君からだ。他の子は彼の稽古を見てから決めるといい。厳しい稽古だからね。」
「押忍、お願いします!」
「では服を脱ぎなさい。上だけでいい。」
服を脱ぎ終わったら間髪入れずアルベリックの目が切り裂かれる。「ギャァあああーーーアッ」
「慌てるな、十五分以内にポーションを飲めば治る。さあ稽古を始めるぞ。分かったな?」
返事はない。その場に蹲り悲鳴をあげている。
剣鬼は構わず小石を投げつける。他の生徒達は何も言えなくなっている。つい先ほどまではアルベリックのことを特別扱いされて妬ましく思っていたが、この光景を見てしまっては……
「時間がないぞ! このままポーションを飲まないと失明してしまうぞ? 根性を見せろ!」
何かを掴め! 根性を示せ! さもなければポーションは飲ませない。剣鬼はそう言っているのだ。
「アルベリック頑張れ!」
「右から来てるぞ!」
「次は左後ろだ!」
「アルベリック!」
同級生達が励ます。アルベリックも少し落ち着きを取り戻した。しかしいきなり盲目状態で避けられるはずがない。
「アルベリック君、騎士は夜の魔境で戦うこともある。しかも君が魔物を倒さない限り無辜の民に犠牲が出るぞ。」
その間も小石は延々と投げつけられる。
「時間がない! そのまま君の姉も見殺しにするつもりか!」
それでもアルベリックの動きに変化はない。小石を避けることも打ち落とすこともできない。しかし彼は歩き始めた。
剣鬼の方に向かって。
「合格だ! 治してあげよう。」
アルベリックの目に向かってポーションが振りかけられる。
「さて、次は誰かやってみるかい?」
返事はない。
「よし、ならばここまでだ。わざわざ目を切らなくても目隠しでもいいんだがね。ではみなさん、立派な騎士になるんだよ。」
剣鬼は颯爽と帰っていった。
残った生徒達はどこか夢見心地だった。
「すごかったな……」
「ああ、いつ剣を振ったかも分からなかった」
「アルベリックは大丈夫なのか?」
アレクサンドリーネは魔法学校で最上級貴族として扱われている。これは貴族が多い学校であるためだ。
一方、騎士には集団での行動が重要であるため身分はほぼ無視されている。家名は公開されておらずスティード先輩、アルベリック君、と言った呼び方になる。平民が一定数いることも関係しているのだ。
むしろアルベリック様と呼ぼうものなら周りから白い目で見られてしまうこともあり得る。
そんな仲だからこそ、同級生を深く傷付けてしまったことがトラウマになっていたのだろう。
はたして剣鬼の荒療治は吉と出るか凶と出るか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!