楽しい昼食会も佳境に入ってきた。デザートを食べながら水着の話をする。
「で、最後の件だ。水遊びの服装がどうとか申しておったな。」
「はい。漁師ですら海で泳ぐ者は稀ですが、大抵は服を着て泳いでおります。また、河川で泳ぐ者も少しはおります。そんな者達の服装を規制したいのです。」
「服装の規制だと? 礼服の色のようなものか?」
礼服に紫を使えるのは王族だけなんだよな。
「御意。屋外で水に入る時、身分に応じて服の露出度を規制したいのです。例えば奴隷や平民であれば全身の露出禁止。もちろん顔や手先、足先は別ですが。下級貴族であれば手足までは出しても良し。上級貴族ならば露出度の高い水着の着用を許可され、王族のみが全裸で泳ぐことが許される。そんな法律です。」
「お前は一体何を考えておる? そのような規制などするまでもなく、海で泳ぐ者など居らぬし、わざわざ裸で泳ぐ者など皆無であろう?」
ふふふ、ここからが肝心なのだ。
「御意。だから規制しても誰も反対などしないでしょう。例外としては私の許可があれば服装は自由となることぐらいでしょうか。」
「それはよい。意図を言え。」
「簡単です。私の趣味と実益です。人とは、禁止されるとやりたくなる生き物です。海で泳ぐなと言われれば泳ぎたくなり、服を脱ぐなと言われれば脱ぎたくなります。実際にそうなるかはともかく、王命によって禁止されていることを私達だけが許される。そんな優越感を味わいたいのです。」
「全く理解できぬが、意図は分かった。罰則はどうするのだ? 取り締まりに人員など割けぬぞ?」
「身分に応じた罰金でよいかと。それも騎士や憲兵が見咎めた時だけでよいと思います。その分高めの罰金を設定します。特に王族以外が全裸で泳いだ場合を厳しくしていただければ。新たな税収とまではいかないでしょうが。」
アレク達三人はポカンとしている。意味不明だよな。
「明文化するかどうかはともかく触れを出すことぐらいやってやろう。禁止されるとやりたくなる、か。面白いではないか。」
「ありがとうございます。私達は楽しく泳ぎたいと思います。」
だいたいの話はまとまった。
帰る前にスティード君の前に数本の剣が並べられた。
「ここから選ぶがいい。どれもそれなりの業物だ。」
「ありがとうございます。拝見いたします。」
スティード君は真剣な表情で一本ずつ手に取り、抜いては眺め、時にはゆっくり振って感触を確かめている。
「こちらをいただけますでしょうか。」
「ほほう、テンペスタドラゴンの短剣か。いいだろう。大事にするがいい。」
へぁードラゴンの短剣!? そんなのがあるのか。さすが王家のお宝。それを選ぶスティード君もすごい。長剣が多い中で数少ない短剣を選ぶなんて。やるなぁ。
「陛下の寛大な御心に感謝いたします。」
「色々とあったが有意義な時間を過ごせた。皆の者、大義であった。」
私達は一斉に片膝をつき臣下の礼をとる。
その後、国王の退出を待ち私達も部屋を出る。帰りは騎士さんが案内をしてくれるらしい。何はともあれ全員無事でよかった。
「よくテンペスタドラゴンの短剣なんて選べたわね?」
廊下を歩きながらサンドラちゃんが問いかける。
「初めは長剣を選ぶつもりだったんだけどね。なぜかこれが欲しくなっちゃったんだよね。」
フィーリングか。スティード君らしいな。
「かなりの業物よね。確か何代か前の国王陛下が若い頃に討伐したテンペスタドラゴンの牙から作らせた逸品よね。悔しいけど私のサウザンドミヅチの短剣より数段上ね。」
やっぱりそうなのか。ならは私の自動防御も容易く斬り裂かれそうだ。まだまだ修行が必要だな。
「フェルナンド先生ですらドラゴンには勝てなかったのに、すごい王様もいたんだね。」
「剣鬼様だと相性が悪いわよね。むしろ勝てなかったってことは、戦ったけど負けなかったってことよね? その方がすごいわよ。」
アレクが言うのももっともだ。ドラゴンが諦めて逃げるまで戦ったんだから。
ようやく外に出られた。馬車に乗ってゼマティス家へ向かう。そこでスティード君が。
「あっ、この首輪どうしよう? 外すのを忘れてた!」
「貰っておいていいんじゃない? そのぐらい迷惑料よ。」
サンドラちゃんはちゃっかりしてるよな。でも賛成。キアラへのお土産にいいかも。
ゼマティス家へ帰り着いた。お茶でも飲みながらおばあちゃんに出来事を話したら、驚かれた。そりゃそうだ。
「王宮で命を狙われるなんて……その上陛下に向かって落とし前だなんて……あなたって子は……」
「再発防止は大事ですよね。あ、結局証拠を見せてもらうのを忘れちゃった。まあそれはまたってことで。」
すっかり食事と水着に夢中になってもうすぐ届く証拠とやらのことを忘れてしまっていた。国王め、中々やるな。
カース達が帰った後の王宮では、国王グレンウッドが重臣達と話し合っていた。
「魔女の息子か……母が母なら子も子だな。まだドラゴンと戦った方がマシだ。」
「公爵本人は口を噤んで話しませんが、アレクサンドル家の一件もあの者の仕業とか。」
「いかがいたしましょう? 不敬罪や反乱罪に問うという手もあるかと。」
「さすがに強引ではないだろうか。」
「無理だな。こちらに大義のない状態で捕らえようとしてもあの者は素直に従うまいよ。まあ、それを理由にこちらの全力を以て叩き潰すことも不可能ではないが……」
「その場合、ゼマティス卿やウリエンなどはどう出ることでしょうな。」
「反乱罪ならば連座の適用も可能かと。」
「いやむしろ取り込むべきでは?」
考え込む国王。
「猛犬には首輪を付けるものだが、あれは魔王だ。飼い慣らすことなどできぬ。ならば王国にとって不利益さえ齎さなければよい。約束を重んじる人柄なれば話は通じよう。」
「しからばどのように対応いたしましょう。」
「甘い対応では王家の威信に傷が付くかと。」
「誠実に対応するのが一番では?」
「よかろう。ヨヒアムの件を全力で追え。明らかに単なる思い付きの犯行ではない。あの仕掛けを使うために何年も前から準備をしていたに違いない。本来なら余や家族、またはお前達を標的にするためにな。」
敵にとっては一度しか使えない仕掛けである。要人を殺害するために何年も前から入念に仕掛けを施していたのだろう。それがカースを狙ったばかりに空振りに終わった。それどころか王の怒りを買い、カースにも狙われることになった。現時点での手がかりは偽ヨヒアム、そしてメイド。果たしてどうなることだろうか。
重臣、側近を下がらせ自室に戻った国王は頭を悩ませていた。
「参った。吊り天井の仕掛けをあっさり生き残ったガキがいる。問題はそんなガキが王家に逆らいうる力を持っていることだ。危うく敵認定されるところだったぞ。」
「大変でございましたね。お疲れになったことでしょう。お飲みになりますか?」
「聞いてくれよ。別人が使者のヨヒアムに成り代わってたんだぞ? それでもしあのガキが城内で死んでみろ!ゼマティス家や魔女が敵に回りかねん!」
「それはそれは、さぞかし大変でございましたね。イザベルちゃんの子供なんですの? それなら私も会ってみたいですわ。」
「ふむ、それはいいかもな。どうせ届けるものがあるのだ。それをお前が届ければあのガキの驚いた顔ぐらい見れるかも知れんな。」
「それならそういたしましょう。喜んで行きますわ。」
国王と王妃の会話である。後宮に何人もの側室や妾を持つ国王だが、本当に心を開いている相手はそう多くない。
国王とてドラゴンを従えるほどの猛者である。それだけにカースやイザベルの魔力、実力が分かってしまう。自分が宮廷魔導士や近衛騎士を率いて挑めば勝てるかも知れないが、国王のやることではないし勝っても意味がない。国王たる者、意地や権威より実をとらねばならないのだから。
一方、騎士団は薬と拷問と尋問魔法で偽ヨヒアムと応接室を担当したメイドの取り調べを始めていた。王国騎士団を統べる騎士長と、その直属の部下のみによって行われている。騎士団員に闇ギルドから金を受け取っている者がいるのは暗黙の了解だったりする。そのためわずかな情報漏洩すらさせないための処置だ。果たして取り調べはうまくいくのだろうか。
カースが行く所には波乱がある。一体なぜなのだろうか?
すいえいならびにうみしょはっと
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