夜。アレクは我が家に泊まることになった。クタナツでは大抵私と二人で宿に泊まることが多いのだが。
今夜は父上も帰ってくるので、情報の共有をしておこうってわけだ。
「カース、聞いたぞ! 本当によかった! お前にいつか魔力が戻ると信じていたぞ!」
「父上……ありがと。」
「本当によかったわね。エルフの飲み薬が効いたのかしら? 不思議な薬よね。」
「キアラが全魔力を入れてくれたのも良かったのかもね。」
井戸の呼び水的な効果があったのかも知れないな。まあクタナツみたいな大きい街には井戸もポンプもないけど。
「キアラっ! あれはやっちゃダメって言ったでしょ! カースでなかったら死んでるかも知れないのよ!」
珍しい、母上が怒ってる。
「うん。だからカー兄にしたのー。私の全魔力を入れたのにー、それでもほとんど空っぽだったよー。」
ははーん、さてはやりすぎるとパンクとかするんだな? だから母上は禁止してるわけだ。五年前の私なら危なかったってことだな。
推測だけどキアラのアレ、仮に魔力注入と名付けるが、消防車の放水でコップに一杯の水を入れるようなものか。だから普通は水が溢れるどころかコップ自体を破壊してしまうわけだ。
ならば今の私の魔力はキアラの五〜十倍ぐらいか。追いつかれないように頑張ろう。
「全く……あなたたちは……よく似た兄妹よね。」
キアラに負けてもいいやと思っていたが、こうなると欲が出てしまうものだな。負けたくなくなってしまったぞ。
夕食後、私とアレクはお風呂タイムだ。最近はキアラを洗ってやることもなくなった。寂しい気もするが、成長を喜ぶとしよう。
風呂ではアレクにたくさん甘えてしまった。人生最良の日だもんな。いつか戻ることを期待はしていたが……本当に戻ってきてくれるなんて。
その頃、カースの両親やベレンガリアは。
「いやー、ホントによかったな! これで安心して退役できるな! 後一年半か。」
「本当ね。カースが魔力を失ったと聞いた時は、目の前が真っ暗になってしまったわ。それなのにあの子は……本当に強く生きてくれたわ。」
「奥様……私も嬉しいです。それにしても復活したばかりなのに、カース君の魔力……凄すぎません?」
「うふふ、そうね。キアラの全魔力でも全然足りないなんてね。恐ろしい子達ね。」
「その割に感知できる魔力がほぼありませんでしたよね……何なんですかね? 以前のカース君みたいな隠そうとしても溢れる魔力感がないですよね?」
「そうね。何かが変わったんでしょうね。元々私の理解を超えていたんですもの。今更何があっても驚かないわ。」
「いやー、めでたい! ほれベレン、お前も飲め! イザベルも!」
「うふふ、あなたったら。」
「いただきます。おいしいです!」
「そうだわベレン、今夜はお祝いよ。私達の寝室に来ていいわよ。見たいんでしょ?」
「お、奥様、ぜ、ぜひ!」
「はっはっは。イザベルはレベルが高いな! かわいい奴め!」
この夫婦は一体何をするのだろうか。
ふう、いいお湯だった。
やっぱり我が家の湯船は最高だ。ついにクランプランドにお願いしっぱなしで放ったらかしだった湯船も受け取りに行ける。マギトレントの湯船は最高だ。
さて、おやすみの時間だ。
私の部屋でアレクと二人きり。消音の魔法、私が使うのは久しぶりだ。免震とか耐震の魔法があるといいのに。
魔法が復活したそばからこれかよ! 全く私ときたら……いや、私達ときたら……
そんな熱い夜を過ごした翌日、パイロの日。
行きたい所はたくさんあるが、しばらく放ったらかしだった楽園へ行こうと思う。
コーちゃんとカムイを連れて行こう。荒れてなければいいのだが……
到着。クタナツから一時間ちょい。恐るべき速さだ。我ながら感動すら覚えてしまう。
楽園の城壁内には……
掘立小屋がポツポツと点在していた。さすがに中央の私の家周辺には何もないが。勝手に建てやがって……と言いたいところだが、許す! 全然腹が立たない。再び楽園に来れた喜びが大きすぎるのだ。
「ピュイピュイ!」
「ガウガウ!」
コーちゃんとカムイは走り出した。思いっきり遊びたいそうだ。行っておいで!
「よーし、アレク。久しぶりに中に入ってみようよ。何事もなければいいね!」
「ええ、ここに来るのは二年ぶりかしら。見たところ無傷のようね。」
玄関は壊れてない。魔力錠も問題なく作動した。中に入っても異変は見当たらない。どうやら一安心か。
気になっているのが風呂とトイレだ。まずは風呂から。
二年前の九月に両親が使って以来放置だった湯船。さすがに空になっている。保温や魔力回復性能がどうなっているのか、検証はまた今度。今日は取り敢えず収納しておこう。そしてクランプランドに発注していた新しい湯船を置いておこう。ここのサイズに合わせて発注したやつだからな。
次にトイレ。
ん? 臭いぞ?
ってことは浄化槽内のスライムが死んでしまったのか……
二年間も餌なしだもんな……悪いことしてしまった。ごめんよ、名も無きスライム。
となると浄化槽ごと入れ替える必要があるな。マイコレイジ商会のセプティクさんに相談してみよう。
よし、確認終わり!
予想外の損傷はあったけど、予想していた損傷がなかったので良しとしよう。
「じゃあアレク。寝室に行こうか。」
「うん……先に行っててくれる?」
「分かったよ。待ってるね。」
トイレかな? しかしそんなことはどうでもいい。ここならどんなに激しくしたって問題なしだ。ふふふ、まだかなまだかなー。
ドガッ
ん? 何かが壊れたような音がしたぞ?
アレクがどうかしたのか? 行ってみよう。
「アレク!」
トイレのドアが内側から壊されていた。アレクの風球か? 大丈夫なのか?
中に入ってみると……
アレクが……
スライムに包まれていた……
「アレク!」『乾燥』
まずは顔だけでも出さないと!
さらに『乾燥』
よし! 上半身が出てきた!
『乾燥』
よし!
見たところ全滅したか……
「アレク!」
急いでポーションを飲ませて、さらに身体中にも振りかける。服は全て溶かされており、下着がわずかに残るだけ、全身大火傷状態だ。
スライムがギリギリ生きていたのはいいとしても、どうやって浄化槽から登って来たんだ? もういないよな?
それよりクタナツへ帰ろう。アレクを母上に診てもらわないと!
コーちゃん、カムイ! 帰るよ! 乗って!
「ガウガウ」
え? 番をする? 分かった。ありがとな。二週間後にはまた来るからな。待っててね。
行くぜ!
全速力!
その間にアレクの容態チェック。
呼吸はしている。
心臓も動いている。
ならば大丈夫だろう。
せっかく伸びた髪がまた短くなってしまったが、命が助かってよかった。
ベリーショートのアレクだってかわいいさ。
そんなことより……
あと二分も遅れたら絶対死んでたよな……
自宅のトイレで魔物に襲われるって……怖すぎる。しかもアレクが抵抗もできないなんて、やはりスライムは恐ろしい魔物だよな。オディ兄直伝の乾燥魔法があってよかった。
帰りは三十分ちょい。全力全員だからな。
城門の手続きがもどかしい。城門から実家まですらもどかしい。高級ポーションのおかげで外傷はすでに消えたが、早く母上に見せないと安心できない。
全く、私達の人生って波瀾万丈だよな……
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