決勝戦の前に三位決定戦が行われるはずだったが、マルセル選手もヤニック選手も参加できなかった。
スティード君もやる時はやるよな。あんな重装備を相手に素手で目玉をエグッたんだから。
さて、昔からの友人と決勝で戦う。これは間違いなく青春だな。もちろん装備は……あれしかないな。
『大変長らくお待たせいたしました! これより王国一武闘会、魔法なし部門決勝戦を行います!』
『一人目は、スティード・ド・メイヨール選手! 最愛の女性のためなら大貴族でも敵に回す! 荒武者の体に高貴な精神! 私も助けられたいという女性ファンが急増中! 魔法と座学をもう少し頑張れば首席は目前! 今、入じょ、え!? なんとスティード選手! 鎧を着用していなーい! ごく普通の道着のようなものを着ているぅー! これは一体どうしたことかぁぁーー!』
『二人目はカース・ド・マーティン選手! 奇しくもクタナツの同級生同士の対決となりましたぁー!先ほど武舞台を調べたところ、カース選手がまいたのは、なんとペプレの粉末でした! 敵にまで高級ポーションを与えたかと思えば、金貨数十枚分の粉末を目潰しに使う! 色んな意味で憎い選手です!
なっ! なんとカース選手も道着のような粗末な服装だあー! いつもオシャレな選手がこれは一体どうしたことなのかぁーー!』
スティード君も同じことを考えていたとは、嬉しくなるな。ロングソードではなく木刀を持っている。私の方は麻の上下に裸足、普段稽古する時の服装だ。そうすると木刀も虎徹ではなく、稽古用の物だ。武器、装備の差はない。首輪も外しているので体が軽く、飛べそうな気さえする。体力は回復してるし全力の勝負ができる。
『さあ、準備はよろしいでしょうか! 決勝戦を始めます! 双方構え!』
『始め!』
お互いがお互いに向かって突進する。
私は下段、スティード君は上段に構えている。
彼我の距離が一メイルになる瞬間、私は地を蹴り方向を変える。
右側へと回り込み撹乱する。
まともに打ち合ったら負けてしまうからな。
間合いへの出入りを繰り返す私。
その場で構えを崩さない彼。
スタミナはまだまだ尽きそうにないが、やはりこのままでは……
『カース選手、意外に軽快な動きを見せてくれますね! あのような鋭い動きもできたんですね!』
『事情があってやらなかったのか、それとも温存していたのか。スティード選手に力では敵わない、やはりああいった方法を取るしかないだろうな。』
さて、体も暖まってきたことだし、いってみようか!
正面、上段から振り下ろす!
スティード君は避けもせず胴を薙いでくる!
くうっ痛い、かなり痛いぞ……
まさか避けもしないとは……いや、違う。発達した僧帽筋で受けたんだ。普通の木刀相手だからできる芸当か。逆に私は左の脇腹にくらってしまった。肋骨は無事だが、痛みが内臓まで響くかのようだ。これも私の弱点、打たれ弱い所だな。
『一瞬の攻防でした! カース選手の強力な一撃から脳天を躱し、なおかつ反撃まで! スティード選手、クタナツ者のド根性が光ります!』
『違う。あれは頭部を避けて肩に当たったわけではない。首横の丈夫な筋肉で受けたのだ。カース選手に反撃をするために。あそこの筋肉に強い衝撃をくらうと気を失うこともあるのに……よくやるものだ。今の攻防で双方が与えたダメージは六対四でスティード選手の勝ちだろう。』
『はぁー、今度は肉を切らせて骨を断つ、ですね。』
くそ、さすがだな。小細工などせずに横綱相撲で勝つ、か。
だが、やってやる。
『おおーっと! カース選手またもや打ち込んで行くぅー!』
『ヤケになったわけでもなさそうだが……』
くっそ、さすがスティード君……
執拗に同じ箇所を集中して打ってくる。痛い……
くっ、打つ手がないからと手を緩めると向こうから打ち込んでくる。
『今度はスティード選手の猛攻だぁー! なんと鋭い剣筋! これが本気なのでしょうか!』
『どうやらそのようだ。剣先だけでなく、鍔元、柄頭まで様々な部位を使って攻撃している。だがカース選手も負けていない。あの猛攻に防戦一方ではあるが崩されることなく凌ぎ切っている。』
くそ、もうだめだ……
攻撃が激しすぎる!
反撃しようにも全然隙がない……
今回だけは切り札なしで臨んでいるので、実力で対抗するしかない……
安物だから仕方ないけど、麻の服もボロボロになってしまった。
えーい、纏わり付いて鬱陶しい!
鬱陶しい?
なぜだ?
そりゃあ服が纏わり付いたからだ……
ここ数年、服が鬱陶しかったことなどない。それは汗を吸ってもすぐ排出してくれる便利服だからだ。今着ているこの服は麻の割に私の汗をしっかり吸っているからベタベタして鬱陶しい……
……もしかして、勝ち目がある?
どうせこのままだと負けるんだ! やってやる! 残った力を振り絞ってスティード君を弾き返す。そして距離を取り、服を脱ぐ。
『ああっ! カース選手、服を脱いでいます! 何を考えているんだぁ! おおっ、意外と筋肉質ないい体をしているぅぅ!』
『地道な鍛錬を重ねている体だ。やはり運や装備だけで決勝まで来たわけではなさそうだな。』
『そしてぇー! 脱いだ服を左手に巻いている! そんなカース選手に攻撃を加えないスティード選手は紳士なのか間抜けなのかどっちだぁーー!』
『盾代わりに使うつもりなのだろうか。確かにないよりマシだが、そのために左手で木刀を握れなくなったら本末転倒というものだ。』
「待たせたね。攻めて来なかったのは意外だけど助かったよ。」
「カース君が何をするのか見てみたかったんだよ。もちろん油断したつもりはないよ。」
そして再び間合いが詰まる。
私は前方に木刀を投げつける。
よくやるのでスティード君にはバレバレだろう。驚いた顔もせず、冷静に木刀を弾く。
そこだ!
私の木刀を弾いたために生じた僅かな隙!
その隙に私の服を鞭のように振るう。
汗をたっぷり吸った服はスティード君の顔に巻き付き視界を覆う。
今しかない! そのまま低いタックルでスティード君の膝を持ち上げて後ろに倒す!
ぐっ、柄頭で頭を打たれた! 痛すぎる、ダメージがヤバい……
しかし倒すことには成功した。マウントを取ってもスティード君相手では勝てそうにない。だから……
腕ひしぎ十字固めだ! 左腕もらったぁ!
当然だがスティード君は骨折を恐れて降参するような男ではない。
だから! 極めたら!
折る!
骨が折れる鈍い感触……これで勝った、と思ったのに……
ぐあっ! 両足を走る激痛……
足裏から貫かれた……短剣か……どこから……何という早業……
さすがスティード君、左手を折られながらも私への攻撃をやめないとは……
くそ、立てない……立ち上がらないと……
トドメを刺さ……
『決ちゃぁぁあーく! 長かった戦いもついに決着いたしましたぁぁあーー! 優勝者はスティード・ド・メイヨールぅぅぅーー!! おめでとうございまぁぁーーす!』
『素晴らしい戦いだった。脱いだ服をあのように使うとは。それにスティード選手の左手を折った技、あのような戦い方があるとはな。さすがクタナツ者は違う。しかし折られても降参も怯みもせず、冷静にカース選手の機動力を奪い、落ち着いてトドメを刺したスティード選手が一枚上手だったようだ。』
『さあ、それでは両者の治療後に表彰式へと移ります! まだ帰らないでくださいね!』
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