同じ頃、アラン達警備班はグラスクリーク入江とグリードグラス草原の中間辺りで戦っていた。魔物達に囲まれながら……
数時間前。
警備が必要な範囲はかなり広いため二十班ぐらいに分かれて警戒をしていたところ、北東側からの魔物の接近に気付いた班があった。
ここから北東。つまりグリードグラス草原よりだいぶ北……ヘルデザ砂漠から来ていることになる。あまりの魔物の数にその班員は一も二もなく行動を開始した。他の班に知らせる者、最寄りの街ソルサルエに知らせる者、港湾工事の最重要拠点グラスクリークに走る者。見事に役割分担がなされた。
その中にあって連絡を受けた警備班の一つにアランはいた。無尽流の門弟を数人引き連れて警備をしていたのだ。
知らせを聞いたアランの判断は早かった。まず門弟達をグラスクリークへと走らせた。名目は伝令だが実際は厄介払いだ。次に他の警備班と連絡を取り合いグラスクリークに近寄りつつ班を統合していった。冒険者の班、騎士団の班、腕自慢の平民の班、と様々な班を。
そして、どうにか集合することはできた。ここから周囲を警戒しながらグラスクリークに戻りたいところだが……
「ちっ、もう来やがったか……ここでやるしかねえか……」
「マーティンさん! 指揮をお願いできますか!?」
「ああ!? 俺ぁ平民だぞ? お前がやれよ!」
「無茶言わんでください! こんな状況ですよ! 実力順に決まってんでしょお! そうだろお前ら! マーティンさんがいいよな!?」
「そうだそうだ!」
「どこが平民だー!」
「魔王のオヤジー!」
「魔女の夫ぉー!」
「あんたが大将ぉー!」
「後で文句言うんじゃねぇぞ! とりあえずお前ら走れ! 少しでもグラスクリークに近付いておくぜ!」
アランの判断に間違いはない。いくら同じ警備班と言えども優劣はある。戦闘力なら騎士、継戦能力なら冒険者。瞬間最大風速しかないのが腕自慢の平民である。
アランの指示通りに行動する騎士。それに続く冒険者。そして、すぐに息があがり走れなくなる平民。
「十五分休憩するぞ! 騎士団は周囲の警戒! 冒険者は装備の確認だ!」
「押忍!」
「押忍!」
「押忍!」
「押忍!」
騎士も冒険者もアランの言葉通りキビキビと動く。平民達は力なく座り込んでいる。
そもそも魔境において集団の生死を分ける重要な警備の仕事になぜ平民の腕自慢ごときが振り分けられているのか?
簡単である。人手不足だからだ。本来ならば足りないなりに警備網を敷くところだが、地道な仕事を嫌う平民の立候補があったため任せてみてダメなら切り捨てればいいという判断があったためだ。
つまりこのようなケースでは足手纏いは放置して走れる人間だけがグラスクリークへと帰り着くのが辺境における正解なのだ。しかし、アランにはそれができない。明確に敵意を示したのなら即座に殺しもするが、役立たずで足を引っ張るだけの味方を切り捨てることができない男なのだ。イザベルの言にマーティン家においてはアランとカースだけが甘いから心配とあるのも当然だろう。
「よーし! お前ら準備はいいか! 無事にグラスクリークに辿り着くぜ! 走れ!」
騎士団、冒険者達は一斉に走り出す。しかし平民達は立ち上がりもしてない。
「お、おい、お前らどうした? まだ疲れてんのか?」
「あんだけの休憩で動けるわけねーだろ!」
「なに自分らだけ逃げてんだよ!」
「俺ら平民を守るんが騎士の仕事だろうが!」
「だいたい今の時期に港湾工事って何考えてんだよ!」
「お前ら……今の状況考えて文句言えよな……」
ほんの二ヶ月前。アランは門弟の勝手な行動のせいで大怪我をして生死の境を彷徨った。普通ならば死んでいただろう。その時の状況をありありと思い出していた。
「だいたい魔境を開発だなんて無茶する方が悪りぃんだぁ!」
「そうだそうだ! クタナツの城壁ぁ無敵なんだからよぉ!」
「税を払ってんだから守れや!」
「俺ぁ知ってんぞ? 奴隷上がりのクセに大物ヅラしてんじゃねぇぞ!」
「あのなぁ……俺の出生と今の状況、関係ないだろ? 時間がねぇってのが分からないか? 十秒だけ待ってやる。立った奴だけ連れて帰ってやるぜ?」
立ち上がった平民は二人だった。
「よし、行くぞ。ケビンとエリック、この二人をロープで引っ張ってやれ。」
「押忍!」
「押忍!」
騎士はアランの指示に素直に従っている。
「まっ、待てよ! 俺らぁどうなるんだ!」
「見殺しにするってのかぁ! もう走れねぇんだぞ!」
「魔女の夫だからってあんまりだろぉが!」
「残念だったな。もう時間切れだ。ここで戦うしかなくなった。お前らはせいぜい邪魔にならんように歩いてでもいいからあっちに移動しとけ。」
アランが指差した方向はグラスクリーク入江方面だった。そして逃げ遅れた者達は、津波のように進軍する魔物の波にたちまち巻き込まれてしまった。魔力庫や初級魔法ぐらいしか使えないアランである。近くに寄るまで魔物に気付けるはずもなかった。フェルナンドから心眼が下手と言われることがこのような時にも祟ったようだ。
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