やたら接近戦を挑んでくるアイリーンちゃんに対して私は見に徹していた。いや、まあ防戦一方とも言うが……
だいたい私の素人まるだしパンチなんか当たるかよ。でも負けるのは悔しい。どうしよう……
「さすがだな。装備の力もあるが堅牢な防御を見せてくれるじゃないか。だが、そろそろ終わりにしよう。カース君、君の腹を殴る。せいぜい防いでみるんだな。」
「へえ? 挑発? いいよ。受けて立とう。」
こっちは腹なんか殴られても効かないんだから相打ち狙いでその顔をぶん殴ってやろう。
アイリーンちゃんはスタスタと歩み寄り、空手の突きに近いスタイルで殴ってきた。空手と違うのは手の甲が回転せず、右外を向いたままってとこか。
思わぬ速さに相打ちにならなかったが、一瞬遅れて無防備の鼻面を殴ることには成功した。さすがにこれぐらいでは倒れないだろうな。しかし鼻血はかなり出ている。呼吸を半分封じたのだ。この戦いは私の勝ちだ……なっ!?
くっ、腹が痛い……この感覚はまるで……組合長に殴られた時みたいだ……
アイリーンちゃんは手鼻で鼻血を飛ばし、なおも襲いかかってきた。吐くほどのダメージではない私は両腕でガードを堅める。両手両足を駆使して攻撃をしてくるが、時折胴体にくらっても先ほどのような衝撃は来ない。連発はできないってことか。つまり、覚えたて?
よし、反撃しっ、ようとガードを緩めたら横顔を殴られた。くそ、痛いじゃないか。口の中が切れたぞ。よし……
「意外に丈夫だな。だが、今度こそ終わりにしよう。」
返事はしない。
アイリーンちゃんは先程とは違い、身軽なフットワークで体を左右に揺らしながら間合いを詰めてくる。今度も防がない。打ってきやがれ。
「くらえ!」
先程より力強い一撃だ。しかし「ブウゥッ!」
「くあっ!」
ほーら隙あり! もらった!
「ぐうっ!」
渾身のハイキックがアイリーンちゃんの頭部をとらえた。勢いよく転がるではないか。あの分なら頭蓋骨が折れたってこともないだろう。さすがの身のこなしだわ。でも、起き上がれないだろう。ドラゴンブーツだもんな。安全靴で蹴るようなもんだ。
いやー、よく勝てたもんだ。血で目潰しするアイデアを思いついてよかった。
「カース、見てたわよ。お見事だったわね。」
「アレク。いつから見てたの?」
アレクが見てると分かっていれば、もっと張り切ったのに。
「カースが頬を殴られたあたりからね。あれで口の中に溜まった血で目潰しをしたのね。鮮やかだったわ!」
「アイリーンちゃんもよくあのタイミングで側頭部を蹴られたのに反応できたよね。」
つい思いっきり蹴ってしまったが、もしアイリーンちゃんの反応が悪かったら大変なことになってたかな。武器なしとは言ったものの、私のブーツは危なすぎるな。少し気をつけよう。
アレクはアイリーンちゃんに近寄りポーションを飲ませている。面倒見がいいね。さすがアレク。私も飲もう。あちこち痛いんだよ。はあ……
「うう、う……やはりカース君は強いな……」
お、目を覚ましたかな。
「調子はどうだい? 素手でも強くなってたね。」
「ああ……ゴモリさんに色々と教えてもらった……人は無手でも、強くなれるのだと……」
ゴモリエールさんに? てっきりあの技は組合長のアレかと思ったが……あのオッさんはもうクタナツに帰ったのかな?
「それよりアイリーン! あなた何やってるのよ! 久しぶりに姿を見せたと思ったら! バラデュール君の葬儀にも顔を見せないで!」
「すまんな……私はあいつに合わせる顔がなくて……ついに出席できなかった……」
そうだったのか……それにしてはあの宿で快楽に耽っていたような……
「アイリーン……じゃあ今日は、どうしたの?」
「ようやくな、決心がついたんだ。私は学校を辞める。今日はその手続きに来たのだが、さっきそこでカース君に出会ってしまったもので。ついな……」
「なっ! アイリーン! あなた何を考えてるのよ! 後二ヶ月もすれば卒業なのよ!? それを待てないって言うの!?」
「ゴモリさんからもそう言われた。しかし、私の決意は変わらない。そもそも私が魔法学校に入学した目的は強くなるため、ただそれだけだ。首席を取って任官や進学を有利にするためではない。それはお前も同じはずだ。違うかアレックス?」
「そうね……アイリーンの言う通りだわ……」
なるほど。退学届を出しに来たのか。
「じゃあアイリーンちゃんはこれから当分はゴモリエールさん達と行動を共にするんだよね? やがて始まる大きな動きに注意してよね。」
「大きな動き? 確かにゴモリさんも何か大きな仕事があると言っていたが。カース君も知っているんだな。まあいい、今日はありがとう。時間を使わせてしまった。」
「いいよ。いい運動になったし。元気でね。」
ムリーマ山脈にトンネルなんか通したらどんな魔物が出てくることやら。サウザンドミヅチの群れが出てきたりしないよな? それも成体の……
「エロイーズさんがな……カース君のことをやたら気にしていた。今さらだが理由が分かるような気がした。君は弱い、なのにとてつもなく強いんだな。アレックスが羨ましい……」
エロイーズさんが! それは嬉しいな。まあ、しょっちゅう宿に来いとか言われているしな。
「当たり前よ! カースなんだから。それよりアイリーン、あなたまで死なないでよ……」
「ああ。お前と過ごした日々は忘れない。私はバラドに顔向けできるよう……強くなる。ではな。」
そう言ってアイリーンちゃんは校舎に入っていった。あの子も辛いよな……
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