いきなり倒れてしまったカースを目の前にしてスペチアーレ男爵は動きが取れなかった。
それと言うのも、介抱しようと近づけば白い狼が立ち塞がり威嚇してくるのだ。フォーチュンスネイクも同様に近寄ることを許してくれなかった。
しかし、スペチアーレ男爵は何より酒の出来が気になっていた。あの瞬間、カースから放出された魔力は理解を超えていた。数万倍どころではない、完全に理解を超えたレベルだったのだから。一体酒がどのように変質しているのか。カースの話によると、かなり臭いらしいが、一向に匂ってこない。
未だ栓がしてあるため当然かも知れないが、男爵は気になって仕方がない。カースの容体などよりも?ずっと。
「彼には触らない。だからそこの樽に近寄ることを許してくれないか?」
「ガウ」
「ピュイ」
どうやら通じたらしい。二匹とも首を縦に振った。
男爵はゆっくりと樽に近寄り、魔法を使い浮かせてカースから離れていった。
「よし、セリグロウ。開けてみてくれ。」
「かしこまりました!」
樽の栓を抜く執事。そこから漂う香りは……
「何も匂わないな……」
「ええ……何の匂いもしません……まるで水です……」
「よし、飲んでみるか。」
「お待ちください旦那様! まずは私が!」
毒見を買って出る執事。
執事はショットグラスよりも小さな容器に酒をくみ、ゆっくりと口に含んだ。
「だ、旦那様……こ、これは……」
「これは?」
「ウオボオロロロロオォオゲォーーーー」
口から激しく嘔吐する執事。
「セ、セリグロウ!? 大丈夫なのか! しっかりしろ!」
「グボオオーーーーオゲェ…………」
胃液すらも吐き出す勢いでえずく執事。
十数分後、ようやく呼吸が落ち着いた執事。どうにか意識は保っている。
「セ、セリグロウ、大丈夫なのか?」
「はぁ、はぁ……旦那様……こ、この酒……確かにドルベンの五年でした……はずです……」
「そ、それはそうだろう。お前にそう指示をしたのだから。」
「ところが、私が飲んだのは、全くの別物です……例えるならば劇薬……もしも、半端な魔力を持つ者が飲んだら……危険なほどの……」
「別物? お前はこれを何だと判断したのだ?」
「全く分かりません……ただ、分かることは現在、私の魔力はこの上なく充実しておりますし、腰痛だって少しも感じません……」
「ん? それなら何か? お前は元気なのか?」
「わ、分かりません……吐き気は未だにおさまりません……でも体のどこにも痛みがないんです……」
「意味が分からんな……まあいい、お前は寝ておけ。」
「申し訳ありません……旦那……さま……」
その場に横たわる執事。長年苦しんできた腰痛がもう痛くないとは、どうしたことだろうか?
男爵は自分も飲んでみたくなったが、執事とカースが起きてからでも遅くないと考え、ひとまずは執事を屋敷内に運び込むことにした。
男爵が屋敷に入った五分後、カースは目を覚ました。目は覚ましたものの身動きは取れないようだ。
「カムイ、ありがとな。コーちゃんも。」
「ガウガウ」
「ピュイピュイ」
さすがにやりすぎたかな。実験がてら限界まで振り絞ってみたが。あー頭が痛い。カムイを召喚した時みたいだ。ただあの時と違うのは、汚れ銀のバングルから魔力の回復ができるってことだ。そして少しでも回復できたなら、魔力庫から魔力ポーションを取り出すことができる。
ふう。落ち着いた。市販の魔力ポーションでは一本丸々飲んでも一割も回復しない。でも一割未満でもあれば十分だ。さて、男爵はどこに行った? 空の感じからすると、そこまで長いこと気を失ってたわけではなさそうだが。
よし、ならば酒がどう変質したかチェックといくかね。栓を抜いて……
『水操』
およそ半口分ぐらいの酒を球状にしてみる。匂いはしないが……まあ、飲んでみるか……
味もしない……水じゃんこれ……
でも、魔力は二割近く回復した。これであのクソ不味いポーションを飲まなくていいな。カムイも飲んでみるか? 酒は嫌いでもこれなら飲めるだろ?
「ガウガウ」
では『水操』
カムイの口に合わせて酒球を作る。はい、あーん。
「ガウガウ!」
おお、私の魔力が濃厚に感じられて旨いのか。
「ピュイピュイ」
コーちゃんも飲みたいのね。いいとも。
『水操』
「ビュピュピュイー!」
おいしくてドラゴンになる? どこかで聞いたような言葉だね。
それにしても、私からすれば水なのにコーちゃん達にとっては美味しいのか。意味が分からんが、これで当分の間ポーションに困ることはないな。やはり来てよかった。ところで男爵はどこに行ったんだ?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!