翌日、ヴァルの日になってもカースは目を覚まさない。ちなみにこのエルフの集落、フェアウェル村においてヴァルの日は『月の日』と呼ばれている。ローランド王国と国交などあるはずもないのに何の偶然か七曜だけは一致している。
カースとエリザベスは村長の屋敷の一室に寝かされており、マリーはそばに付きっ切りだ。
エリザベスの顔から黒い斑点が消え、わずかに赤みがかっている。どうやら峠は越えたらしい。
そして朝。日の出から数時間後、村長宅を訪ねる一人の女性がいた。
「マルガレータ……」
「お母さん……ただいま帰りました。」
「おかえり……耳を切られたのね……外になんか行くからよ……愚かな子……」
マリーの母親のようだ。耳の有無を除けば姉妹で通じる容姿だ。
「耳は自分で切り落としました。外では楽しく暮らしております。この子達は私の恩人の子です。」
「そう……じゃあ村には帰って来ないの?」
「はい。しかしこのカース坊ちゃんのお陰で頻繁な里帰りならばできそうです。」
「そうね……すごい魔力だったものね……長老衆どころか村長をも超えていたわ。」
「ええ。精霊にも愛されておいでです。こちらは外ではフォーチュンスネイクと呼ばれるコーネリアス様。コーちゃんと呼んであげてください。」
「ピュイピュイ」
「初めまして大地の精霊様。マルガレータバルバラの母、マルレッティーナベルタです。娘がお世話になっているようで感謝いたしております。」
「ピュイピュイ」
「コーちゃんは殊の外お酒がお好きです。特に坊ちゃんの魔力入りのお酒でしたらいくらでも飲まれます。」
コーネリアスは道中はエリザベスの傷口の上、カースが倒れてからはカースの腹の上から離れてない。心優しい精霊である。エリザベスが一命を取り止めたのはコーネリアスにも一因があるかも知れない。
「ところでお母さん。私が今回帰ってきたのは別の理由もあります。私は人間の男と結婚しました。カース坊ちゃんの兄君です。」
「なっ……じゃあ貴方まさか……」
「そうです。『人化の儀式』を受けるべく帰ってきたのです。今回の件がなくても近いうちに帰ってきたでしょう。」
「マルガレータ……貴方って子は……どこまで私達を……」
「先立つ不孝をお許しください。しかし私は主人との間に子が欲しいのです。親不孝な娘で申し訳ありません。」
「分かったわ……いつ受けるつもり? いきなりは無理よ……」
「分かっております、お互い準備が必要ですから。二、三年後で考えております。その時はもちろん主人も連れて挨拶に参ります。」
「本当にバカな子……後できちんとお父さんにも挨拶しておくのよ?」
「分かっております。お二人が目覚めたならば必ず帰ります。それまではここを動けません。お父さんにもよろしくお伝えください。」
人化の儀式とは?
先立つ不孝とは?
五十年ぶりの母子の会話にしては物悲しさが隠し切れない、そんなひと時だった。
カースとエリザベスはまだ目覚めない。
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