魔法学校、試験当日の朝。ある話題で盛り上がっている貴族令嬢達がいた。
「ね、ねぇ、昨日貴族学校にね、あのカス貴族の姉が来たらしいわよ……」
「え? それってまさか……」
「虐殺エリザベス?」
「あのイカれた殺人鬼が?」
「私も聞いたわよ……首席のデブを応援に来たらしいわね……」
「あの人って王都に行ってるんじゃなかったの?」
「そのはずよね。まさか王都でやり過ぎて逃げて来たんじゃ?」
「ありえるわ。きっと公爵家とか片っ端から敵にまわしたのよ」
「そう言えば今回の優勝者はアジャーニ家らしいじゃない? 関係あるのかもね」
「それよりさぁ、あのクソ女が領都にいるってことは……」
「あのカスもいるってこと?」
「でもそれだったらあのカスが応援に行ってるんじゃない?」
「それもそうね。それよりあの高慢女よ。あいつ今日で何位に落ちるのかしらね?」
「私は六位に賭けてたわね」
「私は八位よ。楽しみよねー」
そして昼休み。
「どうだった? 魔法理論難しすぎじゃない?」
「だよねー。魔法なんて当たればいいのよね」
「一般教養はどうだった?」
「あれも難しかったわね。まあ私達には関係ないわよね」
「そうよねー。いい男を捕まえるには教養なんて必要ないわよねー」
「そうそう。頭でっかちな女って嫌われるわよね」
「頭でっかちと言えばさ、ソルダーヌ様の取り巻きにいたわよね?」
「あー、いたわね。何て子だったかしら?」
「思い出せないわ。でも結局一回もクタナツ代表に勝てなかったバカよね?」
「頭しか取り柄がないくせに負けてどうするって話よねー」
「結局ソルダーヌ様とセットで王都の貴族学校に行ったんだっけ?」
「そうそう。それにエイミーの奴も一緒のはずよ」
「あー、いたわね。あの堅物女。何が面白くて生きてるのかしらね?」
「さあ? あいつ役に立つのかしら?」
「いないよりマシなんじゃない? やっぱりソルダーヌ様には私達がいないとダメよねー」
そして実技のテスト前。
「あ、あれ……」
「え、あいつまさか……」
「ちょっとマジで……」
カースを見た三人は慌てて学校内へと駆け戻った。黒いトラウザーズに黒いウエストコート。そこから垣間見える高そうな白いシャツに凡庸な顔。見間違えようもなかった。
「……あのカス貴族、来てるわ……」
「嘘!? じゃあ別にあの女は捨てられてなかったってこと?」
「聞いてみれば? 私は嫌よ」
「見てれば分かるんじゃない?」
「そ、それもそうね……」
そしてテスト開始。
「あの女どころかアイリーンまであのカスと仲良さそうね……」
「しかもあの女……アイリーンに勝ったわね……」
「しかも全勝……」
「さすがに教官には勝てないわよね……」
「そうよね、ね?」
「嘘……教官に勝ったの?」
「何よそれ……」
「ホントに実力で準優勝してきたっての?」
「許せないわ……あんな何もかも持ってる女なんて……」
「でもあれだけの髪を失ってるわ……」
「なによ! 髪と引き換えに勝ったってわけ?」
「さあ? ざまーみろって言いたいんでしょ?」
「あんな髪のくせに愛想を尽かされてないのね」
「そんなのアリなの? そんな理不尽なことが……私達がどれだけ身嗜みに手間暇を……」
「私達……みじめね……」
アレクサンドリーネの知らないところではいつもこのような会話が繰り広げられている。いつもはアレクサンドリーネを散々こき下ろして終わりなのだが、今回は珍しい終わり方をしたようだ。
テストの翌日、サラスヴァの日。今日が各学校の最後の授業だ。順位発表もするらしい。せっかくだから夕食は我が家で食べようとセルジュ君もスティード君も誘っている。みんなの順位が楽しみだ。
いつもの放課後の時間にアレクを迎えに行くのだが、それまでは暇だ。庭で型の稽古でもしてよう。これからは汗をかいても気軽にきれいにできないもんな。風呂がありがたい。
そして昼食。姉上もいる。
「結局姉上は何しに貴族学校に行ったの? ホントに応援だけ?」
「あー、大した用じゃないわ。あそこの教師で兄上に手を出そうとした奴がいたからどうしてるかと思っただけよ。」
「意外だね。その人無事なの?」
「当たり前でしょ。誰でも彼でも殺すわけないわよ。」
ホントかぁ? たまたま決闘の予定が合わなかったとか下らない理由で生かしておいたんじゃないのかぁ? だから今回はプレッシャーかけに行ったとかじゃないのぉ?
「せっかくだから昼から少し稽古つけてよ。この間の『魔力感誘』だっけ? 魔力が無いなりにやってみたいからさ。」
「いいわよ。ついでに私の稽古にも良さそうね。」
こうして私達は北の城門を出てさらに北へ少々。適当に人のいないエリアで稽古を行うことにした。
「まずは遅〜く氷弾を撃ってもらえる?」
「いいわよ。」『氷弾』
速い! 遅くってお願いしたのに!
今日のテーマは魔力感誘。あの時の姉上のように魔法が私を避けるかのように動きたい。
無理。どうしても自分が避けてしまう。しかも段々速くなってるし。避けるなら避けるでフェルナンド先生のように目をつぶってても避けられるようにならなければ……
両者のいいとこ取りってできないか?
あの時の姉上は魔力の流れが見えるって言ってたけど、実際は見えてるってより感じてるはずなんだ。つまり心眼に近い?
なんてこった。一流の剣客は一流の魔法使いになり得るのか!? ならばその逆も?
だったら母上対先生だと一体どんな勝負になると言うんだ!?
「グハッ……」
「何ボケーっとしてんのよ。」
いかんいかん。集中しよう。
「ちょっと待ってね。」
オディ兄に貰った鉢金で目隠しをする。
「お待たせ。氷弾じゃなくて氷球でお願い。小さいやつね。」
「いくわよ……」
だめだ。さっぱり分からん。しかも体に当たってもダメージがない。こんなんじゃだめだ。
「ごめん、また待って。」
上半身ぐらいは脱がないとな。
「いいよ。お願い。」
「まったく……」
くっ痛いぞ! だが、これでないと稽古にならない。心なしか氷球を感じられるぞ。先生から貰った剣は魔力庫の中だし、今日のところは避けるのみだ。
くそ、姉上め。また速くしてやがるな。ゆっくりって言っても聞いてくれないな。
げっ、数まで増やしやがった! 無茶しやがる。痛いなもう。かすかに感じるぐらいじゃ上手く避けられるはずがない。
ぬおっ、姉上め。魔法以外にも石を投げてきやがった。バリエーションが豊富だな。稽古慣れしてるな? あぁ兄上の稽古に付き合ってたからか。兄上と比べないでくれよ。それは無茶だ。
「ここまでよ。」
「もう?」
「交代よ。今度はアンタが私に石を投げなさい。速さは適当に変えてね。」
「分かった。いくよ。」
姉上は姉上で、あの時の感覚を忘れないうちにみっちり稽古しておきたいんだろうな。アレクが見た姉上ってどれだけ凄かったんだろう。見たかったな。
本当は魔法をガンガン撃ち込んで欲しいだろうに、申し訳ないな。
まあいいや。投擲の練習だ。当ててやる。
さっぱり当たらない。私の投げる石が姉上を避けていく。ちゃんと狙ってるんだぞ?
少し悔しいな。ならば……くらえ! 虎徹ぶん投げ!
おおっ! 惜しい! しゃがんで避けやがった。やるな……
「ここまでね。最後のはよかったわよ。アンタも強くなったのね。」
「いや、まあ、頑張るよ。ところで兄上の心眼ってどうなの?」
「すごいと思うわよ? それはまあフェルナンド先生とじゃ比べられないとは思うけど。」
「そっか。王都で会えたらいいね。じゃあ僕はアレクを迎えに行くよ。」
「私はもう少しここにいるわ。夕食までには戻るわ。」
「分かった。今日はありがとね。」
心眼を使える人間は少ないと聞いたが、どこまで出来たら『使える』と判断されるのだろうか? やっぱり例の大木を斬り裂けるレベルか……
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