ケルニャの日。実家の自室で目を覚ました私は朝食後、ギルドに行ってみた。楽園の情報がどの程度知られているか、気になったからだ。
そこまで早朝でもないので、人は多くない。誰か知ってる顔はいないかな?
いない。依頼の掲示板でも見てみよう。
見たところ、楽園に関する依頼はない。調査依頼なんか出てたらどうしようかと思ったぞ。
「おいおーい、ボウズにここのギルドはまだ早いんじゃないかぁ? んん?」
「ここは天下のクタナツギルドだぜぇ? 憧れるのは分かるけどよぅ!」
「怪我しないうちに帰った帰った! それとも稽古つけて欲しいか?」
おおっ! クタナツで絡まれるなんてかなり久々だ。どうしよう? 今更金貨十枚程度の模擬戦なんてやる気もしないし。
「おじさん達はどこから来たの? 何等星? 僕は十等星だよ。」
「俺達は六等星だ。アレクサンドル公爵領からはるばるやって来たんだぜぇ」
「クタナツ者がどんだけやんのか見に来たのよ!」
「見たところ大した奴ぁいねーけどなぁ!」
それならもっと早く来てゴレライアスさんとかに挑戦すればいいのに。
「おじさん達が六等星ならここの五等星に挑戦してみたらどう? 皆さん凄腕だよ。」
「ほほぉ、面白そうじゃねーか! 誰でも連れて来いやぁ!」
「天下のクタナツギルドだろぉ? 強えー奴はいくらでもいんだろうなぁ?」
「俺達ゃしばらくクタナツに居るからよぉ。楽しみにしてるぜ!」
私に言われても知らないな。連れて来いって言われても無理だし。頑張って欲しいものだ。
楽園については受付にでも伝えておくか。
「おはようございます。ノワールフォレストの森南端部東の建造物についての情報提供です。ここで話してもいいですか?」
「承りましょう。ここで結構ですよ」
「それでは……今日の時点であそこの構造は外側から、山、堀、平地、城壁。そして中心部には建物用の基礎となっております。四隅には巨大な要石がありマーティン家やローランド王国の紋章が刻んであります。」
「は? それは一体?」
「まあ最後まで聞いてください。つまりそこは私の庭、領地です。別に入ってもいいんですが、ゴミを捨てられることが許せないんです。そこについての問い合わせがあった場合は、ゴミについてだけお知らせいただけると助かります。」
「え、ええ……」
「ついでに現在は白い狼とフォーチュンスネイクが警備をしております。ゴミを捨てない限り好意的に接してくれる奴らです。二ヶ月以内に中心部に家も建ちますので、ギルドからもご注意いただけると幸いです。」
「わ、分かりました……」
「ああ、ついでに。あの辺一帯は楽園と名付けました。よろしければこの名称をお使いください。さらに今更ですがヘルデザ砂漠の中心部あたりに湖ができてますよね? あれの名前はスティクス湖です。スパラッシュさんが命名しましたのでお伝えしておきます。」
よし。伝えるべきことは伝えた。後はお任せだ。
カースが帰った後、受付の男は頭を抱えていた。カースとは知らない仲ではないし、時々大物を納品してくれる優良な冒険者だと認識している。あちこちから大量の入金があり怪しい面もあるが、ギルドに利益をもたらすことに違いはない。
しかし今回聞いた話は理解を超えていた。聞いたままを組合長に報告するしかないだろう。それを聞いた組合長が何と言うのか……男は気が重かった。
さてと……どこまで効果があるか分からないが、一応釘だけは刺しておいた。それじゃあ昼までは訓練場で素振りでもしてようかな。昼は母上の手料理をお願いしている、楽しみだ。
水壁に向かって素振りをすること四十分、近付く者が現れた。おっ、この人か。
「よぉカース、頑張ってんじゃねーか。」
「バーンズさん、お疲れ様です。この前は情報をありがとうございました。」
バーンズさんは五等星。アステロイドさんやゴレライアスさんと並ぶクタナツギルドのエース格だ。先日、楽園について少し話したお人だ。
「おお。で、例の件だけどよ、ありゃ魔女の仕業か?」
あ、そりゃそうか。普通母上がやったと思うよな。よし、ここは乗っておこう。
「そうみたいです。ちょっと別荘が欲しくなったみたいですよ。ついさっきギルドにもあれこれ伝えておいたところです。」
「そうか……俺からも言っとくわ。邪魔したな。」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます! あれから入りにくくなりましたけど、ゴミを捨てずにキレイに使ってくれれば立ち入りは自由みたいです。」
我ながらいいアイデアだ。母上の別荘ならみんな恐れて迂闊にゴミなんか捨てないだろう。母上の名で警告文とかも彫っておこうか。『魔女の楽園を汚したる者に禍いあれ』とか?
「と言う訳で、あそこの領地は母上の別荘ってことになったよ。建物ができたら招待するからね!」
「本当にもう……カースは。アランが上級貴族になっちゃうわよ? 退役したいのに怒るわよー?」
「ええ!? 父上怒るかな? ど、どど、どうしよ!?」
「ふふ、冗談よ。別荘として使わせてもらうわ。カースなしで移動できる方法を考えておかないとね。」
「よ、よかった。魔女の仕業かって聞かれたもんだから。つい、そうだって答えちゃったんだよね。そしたらゴミを捨てる奴が減るかと思ってさ。」
「あんな遠く離れた土地だから何の問題もないわ。これが例えばグリードグラス草原東部だったら他の上級貴族達はさぞ面白くないでしょうね。さあお昼にしましょうか。」
母上の手料理はやはり格別だった。こんな勝手をしても笑って許してくれる母上。父上共々親孝行しなければ!
その日、ギルドでは噂話が巡り巡っていた。
「聞いたかよ? ノワールフォレストの魔王の件、ありゃあ魔女の仕業らしいぜ?」
「何だってそんなことを?」
「ただの別荘だとよ?」
「はぁー!? あれが別荘だぁー?」
「マジかよ! ヤバイな!」
「白い塀が出来てるらしいじゃねーか!」
「この前は岩だったって話だったよな?」
「それが塀になってるってのか?」
「おお、つるっつるで登るのに往生したって聞いたぜ!」
「しかもお前ら、あそこはよ。なんと立入自由だってよ! ゴミを捨てるとか汚さなければ構わんってよ!」
「マジかバーンズ!? 魔女の別荘だろ? いいのかよ?」
「おお、カースから聞いたから間違いねーぜ。キレイに使えってよ?」
「ギルドからも聞いたぜ。蛇と狼が番をしてるらしいぜ。せいぜい魔女の怒りに触れないように大人しく使おうぜ」
「まあ、あんな所だ。滅多に行くもんでもねーしな」
「おい! 狼って魔女の召喚獣じゃねーのか? ぜってーまともな魔物じゃねーよな?」
「マジかよ! ヤバイな!」
「あー、噂で聞いたことがある……ノワール狼だろ? 触らぬ魔物に祟りなしだな……」
カースの狙いはひとまず成功したと言えそうである。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!