ハードボイルド探偵・篤藩次郎(淳ちゃん)

ハードボイルド?な淳ちゃんと相棒の由紀奈ちゃんが大活躍。ハートフル探偵活劇。
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新年早々、焼肉だ

公開日時: 2021年2月27日(土) 19:03
文字数:2,130

 正月、元日。十八時。高円寺。

 昼間、初詣の人の往き来で賑わってた商店街も駅前のロータリーも、日が沈んじゃうと嘘みたいに静かになってた。やっぱ元日から開いてる店って少ないんだね。馴染んだ場所なのに、よそよそしい。車も通らないけど信号は動いてる、そんな街を、三人で歩いた。

『ハードボイルド探偵事務所』……うちの事務所だ。

 どっか灯りのついてる良さそうな店無いかなー、ってキョロキョロしてるうちに着いちゃった。風が冷たかった。一月の北風は、木枯し紋次郎だ。淳ちゃんは篤藩次郎だけど、関係あんのかな。どうせ訊いたって、「あっしにゃあ関わりのねえことで」とか言うだけだろうな。腹立つ。

 事務所の出入口の前まで来て、しめ飾りのこと思い出した。というかすっかり忘れてたんだけど、どうせ売ってなかったよね。神社の周り、おしることか甘酒とかのお店は出てたけど。淳ちゃんが鍵はどこだとモタモタしてる。どんくさい。あたしが自分の鍵出して開けた。さっさと中に入ろうか。

「ついでに着替えちゃってもいい? このままじゃ、焼肉なんて食べられないし」

「焼肉。いーねー」

 新年早々、縁起がいい。

「それならいい店を知ってるぞ。バカ高いわけじゃないんだが肉は極上だ。七輪で焼くんだがな。脂がすごいから煙もすごい。真っ白だ。振り袖なんかじゃいられない」

「いーねー」

「さすが探偵さん。何でも知ってるのね」

「君の秘密も教えてくれ……」

「焦らないの。あとでゆっくり……ね?」

「はいはいはいはい、コントとかいらないから彰子さんはさっさと着替える! プライベートスペース住居部に行った行った。淳ちゃんは、その店今日もやってんのか電話して確認な。あたしも家に連絡しとく。今日泊まるから、って」

 まったく、アホかっての。

「あ、そーだ。彰子さん、あたしなんか着替え手伝う?」

「うん、大丈夫。ありがと、由紀奈ちゃん」

 スーツケースと一緒に、彰子さんは奥に入ってった。あたしはドアを閉める。ここに立ってれば、淳ちゃんは悪さできまい。彰子さんは――さすがに淳ちゃんのパンツとか漁ったりしないよね? 可能性は否めないな。

「すったもんだがありまして。泊まることになった……いや、ちがうし。そんなんじゃねーし。てか何言ってんだよ。はいはい、はいはーい。がちゃん」

 家に連絡入れた。淳ちゃんは残念なことに、言ってた焼肉屋、やってなかったらしい。探偵椅子にへたり込んで、ものすごいうなだれてる。残念なやつめ。

「しゃーないなー」

 あたしの出番だ。由紀奈ちゃん情報網ネットを駆使して、元日でもやってる焼肉屋が無いか調べてみる。無かった。

「二人ともどうしたの? そんながっくりしちゃって、うなだれて」

「すまん、彰子……」

「あたしたちは無力だ……」

「そんな、いいのに、焼肉じゃなくても。それに焼肉って言い出したの、私なんだし……ねえ、『イプセン』にしない? ここの真下。開いてるっぽかったし」

「え、そんなんでいーの?」

「え、そんなのでいいんですか?」

 意外な提案に顔を上げると、大人カジュアルにお着替えした彰子さんの姿が目に入った。

「私、たくさん歩いて疲れちゃった」

 たしかに、ずーっと草履だったもんね。疲れそう。って、いやしかし、その彰子さんの着替えたその格好。明るい色のショートダウンの中の、グレーのタイトめニットワンピがね、もうね。しかも極盛ってるし。ちょっと体の線がさ……さっきまでの振り袖とは、また違う大人っぽさだ……。

「おぶってやろうか?」

「いや淳ちゃん」

「抱っこがいいか」

「いーかげんにしろ」

 彰子さんを見た途端に復活しやがって。

「まあ、ママ(マスター)なら言えば何でも作ってくれるからな。いい考えだ」

「それもそーだね」

 こうして、あたしたちは『イプセン』へと階段を降りたのであった。


「あっけまーしてートゥーユー♪」

 事務所の入ってるビルの地下一階のバー、『イプセン』に入ると、この店のマスターの箕浦みのうら美智雄みちおさんがそんなハイテンションで迎えてくれた。店はかなり混んでた。普段はこんなお客さんいっぱいいることなんて絶対に無い。「なんで?」って淳ちゃんに訊いたら、「正月だからだろう」って答えた。正月だから飲みたいってのと、元日やってる店が少ないから、ってことらしい。ふうん。ボックス席がいっこ、ちょうど空いてた。

「今日は三人なのね。淳ちゃん、いいの? そんなんで」

 マスターがコースターを持ってきて言う。

「どういう意味だ」

虻蜂あぶはち取らず、って言うじゃな~い?」

「妬いてるのか。安心しろ、俺はママ(マスター)ひとすじだ」

「なんだその謎リップサービスは。ややこしいこと言うなって」

「やだ~。本気にしちゃうわよ?」

「ちょっと。聞き捨てならないんだけど」

「ほらややこしくなった」

 なんて言ってたけど、やっぱりマスターは忙しいみたいで、いつものゆるゆるオーダーを頼める空気じゃなかった。淳ちゃんはいつもの烏龍茶ロックで、あたしは普通の烏龍茶だ。彰子さんはウォッカマティーニを頼んで、「正月おまかせコース」とか言って出てきた「おせちライス」を三人でつっついた。餅じゃないのな。ま、餅焼くのって面倒だしね。んで、その「おせちライス」からだんだん、話題は彰子さんが追い出されたケンカのことに移ってった。






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