まさか、悪のパーマン一味が銃まで出してくるなんてね。本物ですよ、本物。びびるっての。難易度かなり上がった。あたしが運転してるわけじゃないから、弾を避けるとかそういうのはジャスミンにやってもらうしかないんだけど、実際、無理だよね。だからあたしは、撃たれにくい道を選んでナビする。それしかない。
「由紀奈、伏せろ!」
「ういっす!」
淳ちゃんは後ろの視界のサポートだ。声と同時に加速Gと横Gを感じる。ジャスミンは車体を揺らして、なんとか抵抗しようとしてくれてる――大丈夫だ、当たってないっぽい。つまり、真っ直ぐな道で距離詰められると、撃ってくる。だから、スピードの出せる道を、あんまり混んでない道を、そして、赤信号にブチ当たりにくいルートを、選ぶ。場合によってはブッちぎる。
「ジャスミン、あそこ、見える? 左! 曲がって!」
「ええ何?! どこよ!」
「あのローソンの前だよ!」
「いやーん!」
ギャギャギャとタイヤを軋ませて、信号の無い丁字路に入る。ジャスミン運転うまいじゃん。
「ウインカーを出すべきか、出さざるべきか。それが問題ね」
「彰子さん、それよりパトランプみたいなの無いの? 空いてる道選んでるったって限度があるよ。事故るって!」
「あったら良かったのにね。これが本当のMINIパト。なあんちゃって」
「無いのかよ」
「来るぞ、伏せろ!」
「ひー!」
ガスンと、どっかボディに当たったみたいな音がした。
「Noooooo!」
後で見たら悲惨なんだろうな。全部終わってからの話だけど!
「彰子、お巡りさんは呼んだのか」
「私がお巡りさんだけど?」
「ああ、そうだったな」
「じゃねーだろ、機動隊とかそういうやつのことだよ!」
「そっちのことね。そうね、呼んでみる。ちょっと待ってて?」
「今さらかよ」
これ絶対忘れてたやつだ。彰子さん、いそいそとスマホを取り出していじり始めた。
「スマホかよ」
「だって今日は非番なんだもの。ええと、110番でいいのかしら」
「しらねーよ」
しっかりしてくれー、って思った。
「警察無線を積んでるわけじゃあないんだな」
「だってこれ、ジャスミンの車だもの……あ、もしもし。私だけど。え、どこの私って? 柏木だけど! ――ええ、あけましておめでとう。今年もよろしくね。って、そんな呑気なこと言ってる場合じゃないのよ。今ね、実は――」
どっちが呑気なんだか。彰子さんが警察に電話してる間もやっぱり当然、何度も伏せながらのナビを続けた。
「うひー!」
「もう、いやあー!」
ここで大事なのが、距離を詰められたらもちろんまずいけど、離し過ぎてもダメだってことだ。あんまりブッちぎっちゃうと、やつら、逆に諦めてとんずらこいちゃう可能性がある。
「映画館は今頃、もぬけの殻だろうしな」
そういうことだ。だから、後ろについてきてるあいつらを、現行犯で逮捕しないとなんだ。そのためのこの、つかず離れずカーチェイスだ。って淳ちゃん、あたしの心を読むなっての。
「それで由紀奈ちゃん、あとどれくらい? 何分くらいでいけそう?」
彰子さんが、スマホを耳から離してあたしに訊く。
「んー、もう五分かかんないよ。何個か候補あったけど、そん中で一番いいやつだよ」
なんも考え無しに闇雲に走ってたわけじゃあ、ない。このドライブには、ちゃんと目的地があった。スマホの画面を彰子さんに向ける。口で言うより見せたほうが早いからね。
「――そう、そっちも五分ね、了解。よろしくね」
その場所を伝えて、彰子さんも電話を切った。
「さあて! 私も準備しなくちゃね! 由紀奈ちゃん、悪いけど、そのバレッタ貸してくれる?」
彰子さん、気合いだ。ずっと着てたショートダウンを、ババッと脱いだ。例のタイトめ大人ニットワンピの上に、肩掛けのゴツいホルスターを装着してた。びっくりだよね。あたしがバレッタを外して手渡すと、髪の毛を手早くアップに纏める。
「よーしジャスミン、川越街道に出るからさ。混んでると思うけどスピード落とさないでね。あとぶつかんないでね」
「無茶なこと言ってるの自分でわかって言ってるの?!」
「だいじょーぶだよ、ちょっとだから。すぐ外れるから。それに車線多いし。うまくよけてね」
「ふふっ、由紀奈ちゃん何だか私みたい」
「そ、そう?」
ちょっと嬉しいかも。ふふ。
「平気で無茶振り、だな。たしかにな」
「あー、そーいう。ふふ、ふふ」
「笑いごとじゃないって言うのよー!」
そう叫びながら、ジャスミンはなんだかんだ、うまいことスピード落とさないで川越街道を抜けてった。後ろを振り返ったら、ロールズが他の車捌ききれないで、ちょっともたもたしてるのが見えた。
「あ、ジャスミン、あそこだよ。あの信号んとこ、左」
「あれね! やっと地獄を抜けれるわ!」
「ほーん。こんな道、あったのか?」
「ナビには載ってないみたいね」
ふふ、ふふ。
「そーなんです。これ、新しくできた道らしいんです。こっちだと最新情報が入るからね。由紀奈ちゃん情報網の力なのだー。あ、ウインカー出してロールズ呼び込んでね」
そこらのカーナビには載ってない道。だから、あんまり知ってる人いないから、通る車もまだ少ない。街道から曲がって入ってみたら、ほんと無人だった。
「狙い通りだ。あたしの予測は当たった」
「ユキナちゃん! これ、ド真っ直ぐじゃないの! 見通し良すぎよ!」
そう、見通しがいい。路側帯も歩道も広々としてて、ついでに歩行者も全然いない。絶好じゃん。
「狙われ放題だな。おっと、ロールズもこっちに来たぞ」
よし、ほんといい感じだね。
「ジャスミン、スピード上げて」
そう言ったのは彰子さんだ。あたしと彰子さんは、ちゃんとわかってる。ちゃんと通じ合ってる。
「狙われ放題ってことは、狙い放題ってことでもあるの! ジャスミン、オープンセサミ~!」
「え? え、ええ」
ジャスミンがスイッチを操作して、電動のサンルーフが開いていった。
「後ろ、来てるぞ!」
ロールズが、こっち以上にスピード出してぐんぐん迫ってくる。彰子さんはいよいよ、銃を抜いた。右脇からもマガジンを出して、ジャキンと本体に挿し込む。そして片手でヒールを脱いだ。
「由紀奈、伏せろ!」
先にロールズが撃ってきた。リアガラスが割れた。
「うひーっ!」
「Noooooo! もう本当、ボロボロじゃないのー!」
「いいじゃないの、ジャスミン」
彰子さんはそこで、シートの上に立ってサンルーフから上体を出した。
「何がいいって言うのよ!」
「喉元過ぎれば、熱さなんて忘れちゃうんだから」
ガチャっと銃を操作する。半笑いになってる顔があたしからも見えた。
「ルガーP08とはな。なんでそんなもんを持ってるんだ」
頭上に一発。そして、両手で構えて、ロールズに狙いを定める。
「決まってるでしょう? ここがチャイナタウンだからよ!」
そして撃った。
銃弾はもちろん見えない。
けど、次の瞬間、すぐそこまで来てたロールズの車体が、大きく右に傾いた。タイヤに当たったんだ。んで、車自体右にスピンして歩道との間の植え込みに突っ込んで、めちゃくちゃになってた。ひっくり返りはしなかったけど。
「やったわ! ざまあ見なさいっての!」
彰子さんのはしゃいだ声が、頭の上から響く。
「ジャスミン、もういーよ、大丈夫みたい。停めていーよ」
「ふうう……やっと終わったのね……」
見上げたら、彰子さん、なんかえらい勝ち誇った顔してた。そりゃあね。
「なんて美しいんだ……ふぐっ!」
淳ちゃんには思いっきり肘を入れてやった。
「で、チャイナタウンって何」
気づいたら、曇ってた空がすっかり晴れて、お正月らしさが戻ってた。パトカーがどっか遠くからやってくる、そのサイレンが聴こえてきた。
「チャイナタウンはチャイナタウンよ。知らないの?」
知らんけど。
「だいぶ違うけどな」
「そーなの」
ま、知らんけど。
とまあ、そんな感じで、あたしたちは勝利した。ここはチャイナタウンだ。知らんけど。
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