そうして俺は、何も考えずにひと通りタンスやらクローゼットやらを探った訳だが、彰子ブラは見当たらなかった。じいさんのタンスなんてのは、開けてもちっとも面白くないもんだ。
『無いねー』
「無いねー」
『真似すんな』
「どうする由紀奈ちゃん。これは困ったぞ」
『ちょっと頭使おっか』
「俺ちょっとそういうの苦手かもー」
『おい探偵。探偵だろお前。頭使えよ探偵』
ううむ、今はだいぶ体を動かしたせいか、どうにも頭が興奮気味だ。正直、由紀奈に丸投げしたい。
『ねー思ったんだけど』
「よしきた」
『は?』
「ああいや、どうぞどうぞ」
『……思ったんだけど、タンスとかクローゼットって、普段使うからそこにしまうんじゃん?』
「はいはい」
『でもさ、兵頭ってじーさんなんでしょ? ブラなんて普通使うわけないよね』
「いいぞいいぞ」
『タンスにブラしまっても邪魔なだけじゃん』
「おう」
『うん……』
「ん?」
『……』
「どした?」
『……だから、どーすんのかなーって! 以上!』
そうかそうか、以上、か。よくやったぞ、由紀奈。頑張った頑張った。かわいいかわいい。よし、ならここは、頑張ったかわいい由紀奈ちゃんの顔を立てるためにも、ひとつ、この俺がその先を考えてやらないとな!
「――わかったぞ」
『ん?』
「由紀奈は女だよな」
『たりめーじゃん。何言ってんの』
「男だったらどうするか、考えてみな? というか考えたんだけどな、」
『うん』
「男だったらなー、しまうんじゃなくて、飾るんじゃないか?」
『はー……それ淳ちゃんだけじゃないの?』
「いいや、違うな。別に俺は下着フェチじゃあない。下着フェチだったら、もっとコレクションするだろ。バーッと。だが俺はそうじゃない。兵頭のじいさんもそうじゃない。そういうコレクションは見当たらんからな。だからわかるんだ。わかるからこそ、わかるんだ。わかるか?」
『わかんねーよ』
「まあとにかくだな、兵頭は、彰子ちゃんブラをどこかに飾ってるに違いない!」
『はー……いーけど。つか、どこかってどこよ』
「ああそうだな、じいさんだから、仏壇……は、無いな、兵頭の死んだかみさんに失礼だ」
『何言ってんだか』
「となれば、考えられるのはあとひとつ! それは、神棚だ!」
ババーン! 決まった! と半分は思った。が、もう半分はそうでもなかった。自分で言っておいてなんだが、半信半疑だった。
『ほんとかよ。そっちだって罰当たりすぎでしょ』
「神様だって好きなんじゃないのか?」
『あたしに訊くなって。はー……じゃー見てみなよ、神棚』
「あった」
『まじかよ。ほんとだ。あった』
兵頭の寝室は洋間だったが、ぐるりと天井際の壁を見回してみると、はたして神棚が一つ設けてあり、そこには彰子ブラと思しき黒い物体が置いてあった。いや、神秘的なあの形、男には畏れ多いあの質感。それは間違いなく、彰子のブラジャーだった。
「本当に神棚に祀ってるとはな……」
『男ってバカなの?』
「言ったろ? わかるって。俺にはわかってた」
『ほんとーにバカだね』
「よし、いただくとするか」
『早くしてー』
一応、二拝二拍手してから、彰子のブラをいただいた。最後の一拝も忘れなかった。いざ手にしてみると、意外な厚みがあった。なるほど、これが噂の極盛りの秘密か。俺はまず匂いを嗅いだ。
「んー……ふー……」
『何してん』
「うん、毛糸洗いに自信が持てそうなこの匂い、間違いなく彰子のものだ」
『変態』
続いて俺はリュックを下ろし、彰子ブラに袖を通して(袖だと?)みる。
『何してん』
「極盛りぐあいの確認だ。盛れないブラなら、彰子のものではない。そこも確認する必要がある」
自分でも何を言っているのかわからないが、カップ部分をまずあてがう。背面でホックを留めようとするも、全然届かない。それもそうか。自慢になるが、俺は身長のわりに胸囲がかなりあるんだ。
『もーいーから早くしてー。ALS○K来ちゃう』
「ううむ、こう暗いままじゃよくわからないな……」
パチッ。
そう思ったちょうどその瞬間、部屋がパッと明るくなった。誰かが明かりのスイッチを入れてくれたようだ。いいタイミングだ。
「おっ、サンキュー」
「おい誰だお前! 何をしてやがる!」
ようやく用心棒のお出ましだ。
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