辺りは眩い虹色の光に包まれ、覚醒した赤ずきんに降り注いだ。
だが、赤ずきんの端正な顔面は、すっかり歪み化け物のようになっていたのだった。
ヒカリは、戦慄した。
ーダメだ…自分の力じゃ、まだ足りないんだ…!こんな弱い自分じゃ、ダメだ…!ダメなんだ…!
ヒカリは、ブンブン頭を強く振った。
「ヒカリちゃん、無理しなくていいから。」
モルガンは、額に汗を流しながら樹木の幹を操った。
幹がエメラルドグリーンに輝き、狂暴じみた赤ずきんの動きを封じようとしている。
ーもっと、強くなりたい…!
弱いままの自分なんて、嫌だ…!
もっと、力が欲しい…!
すると、虹色の閃光が、星のような光沢を帯びながら、バチバチ光り輝きながら赤ずきん目掛けて降り注ぐ。
赤ずきんは光のシャワーに包まれ、徐々に大人しくなり、眠りに落ちた。
ヒカリは放心状態で、その場で膝を着いた。
ゼェゼェ荒い息を上げている。
何か、ブラックホールのような強烈に重い物に引っ張られて内臓や骨が潰されていくような、そんな、強烈な感覚を覚えた。
「ヒカリちゃん…!」
モルガンは、いそいでヒカリに駆け寄ると抱き抱え介抱した。
「モルガンさん…私、どうなって…」
ヒカリは、わなわな震えながら顔を青ざめていた。
「あなたが、レティーを救ったのよ。レティー、もう二度と戻って来れなかったかも知れない。」
モルガンは、深く安堵していた。
「レティーさんは、どうなる所だったんですか?」
「レティーは、ウイルスに感染しかけていたの…彼女、攻撃は強いけどね…」
モルガンはそう言いかけると、複雑な表情をし言葉を詰まらせた。
「そうなんですね…」
矢張、あの『サジタリウス』 と何らかの関係性があるようにヒカリは思った。
「ヒカリちゃんのお陰よ。ヒカリちゃんの浄化魔法で、レティーが覚醒せずに済んだの。私一人だったら、難しかったから。さあ、ここを出ましょう。ヒカリちゃん、銃をお願い出来るかしら?」
モルガンは、赤ずきんを背負うと歩き始めた。
「あ、はい。」
自分は、初めて誰かの力になったような気がした。
こうして誰かの役に立ち褒められた事は、前世でほとんど全くなかった。
ヒカリは、すっかり元のサイズに戻ったサブマシンガンを片付けた。
「あー!!!」
遠くの方から、パックの黄色い声が反響してきた。
「どうかしたの?」
「箱です!箱です!もしかして、お宝かも知れませんよ?」
パックは、箱をゴソゴソ広げて見せた。
「あれ?お宝じゃないんですか?鍵と…何か、変な紙もありますよ?」
「何て、書いてあるのかしら?」
手紙には、こう書かれてあった。
『ここまで、たどり着いた選手諸君。健闘を讃えよう。10分以内に 、仲間の中から敵をあぶり出したらクリアだ。』
ーと、森の奥の暗がりの方から、続々とギルドのメンバーが姿を表した。
「え…?!」
ヒカリは、瞠目した。
かつて、書物やゲーム世界で見た事のある、神話や御伽噺を彷彿とする人達がぞろぞろと姿を現した。ヘンゼルとグレーテルに、神話に出てくるギルメガッシュ、物知り博士、キュクレインにギリー・ドゥーという面々だ。
「よぉ、元気してたか?」
ギルメガッシュは、爽やかな笑みで手を振った。
ーと、突然、赤ずきんが目を覚ました。
「ヒカリ、銃は?」
「え…?体調は、大丈夫ですか?」
「いいから、早く!」
赤ずきんは、ヒカリから無理矢理銃を奪い取った。
そして、両手に構えると素早く引き金を引いた。
バババババババババババババ
ババババ…
朱色の業火と烈風が、蛇のようにうねうねうねりながら1団を蹴散らした。
1団は、次々にバタリとその場に倒れた。
モルガンは、戸惑いながらも何かを悟ったかのようにじっと前を向いていた。
「な、何するんですか!?仲間ですよね…?」
ヒカリは、困惑しながらもハッとした。
倒れたメンバーは、次々とグラサンと黒手袋はめた黒スーツ姿の男に様変わりしていったのだ。
「いいか?コイツらは、皆、VXだ。私の体内にウィルスが入り、そして私は化け物になりかけた…」
赤ずきんは、額にどっと汗を流していた。余程、体力を消耗したようだ。
かなり、スリムになったようにも見えた。筋肉も落ちたように見えた。そういえば、あのオオカミ狩りの時にもそう見えた。もしかして、覚醒すると大分エネルギーを消費してしまうのだろうかー?
「赤ずきん、大人しくして…あなたは、一瞬で、1万キロもカロリーを消費したのよ。筋肉も落ちちゃったし。」
モルガンは、困惑しながら赤ずきんの方を振り返った。
「え…!?1万キロも…!?」
ヒカリは、瞠目した。
「うるさい、下ろせ。」
モルガンは仕方なく赤ずきんを下ろし、彼女の肩を担いだ。
赤ずきんは、ゼェゼェ荒い息を吐き出し前進した。
空間が、急に歪み奥の方から黄金の扉が出現した。
ヒカリは、めいいっぱいその扉を前に押した。
会場内に、どっと歓声が湧き上がった。
「チーム、スコーピオン、クリア、時間は、45分05秒44です。」
女性司会者は、電光掲示板を確認しながら話した。
「いやーお見事!」
観客席の裏口の方から、長身で体格の良い若い男が、姿を現しやってきた。
「『いやー、お見事…』じゃないだろ!?今すぐ、中止しろ!どうなるのか、お前らだって、分かってる筈だよな?」
赤ずきんは、荒い息を整えながら彼の方まで歩み寄る。
「はて…?」
男は、困惑しながらもとぼけたフリをして見せた。明らかに、何かを隠しているようだ。
「とぼけるな、今すぐ中止だ!どんどん感染が広がっていくだろ!」
赤ずきんは、その様を見て苛立ちを募らせている。
ーと、ハッとし辺りをキョロキョロ確認する。
「キグナスは…?キグナスの連中は、まだ来てないのか…!?」
「もう、ゲームオーバーですね…」
男は、観客席中央の巨大電光掲示板の方に手を向けた。そこには、VXに感染しバタバタ倒れているキグナスのメンバーの姿があった。
ヒカリら四人は、戦慄し苦々しい顔をした。
「ふざけるなよ、解毒剤はあるんだろうな…!?」
赤ずきんは、鬼のような形相で彼に詰め寄る。
「な、何なんですか?!クリアを取り消しますよ…?!」
男は、驚いた反動で仰け反りそして尻もちをついた。
「いいから、早く、解毒剤を用意し救助隊を寄越すんだ!!!」
赤ずきんは、鋭い剣幕で捲したてる。
「お願い…早くして…感染しちゃうわ。」
「私からも、お願いします!」
「じゃあ…私も…!」
モルガンとヒカリとパックも、必死になって彼に願い入れる。
男は、急に表情を濁らせ赤ずきんの方を向くとブツブツ呟いた。
「ふん、殺す事しか存在意義のない、野蛮な人種の癖に…」
赤ずきんは、彼の方を向くと大きく目を見開いた。そして、瞳孔を小刻みに収縮させると俯き静止した。
「今、何て言った?」
赤ずきんは、顔を渋らせ眉を釣り上げた。
「戦う事しか脳のない、人を殺す事しか脳のない下劣で下賎な人種の癖に…」
男は、歯軋りしながら赤ずきんをギっと睨みつけた。
赤ずきんは、再び俯き何やら思い詰めたかのように、ギロリと彼を睨みつけた。
玲瓏とした顔面が、急に怒りで歪んでいった。
彼女は、眉間に皺を寄せ、声を一語も出さずに動きを止めた。
そして、呼吸を止めメラメラと燃える炎の塊のように、じっと彼を睨みつけている。
ドライアイスのように凍てつくような、鋭い眼光が彼をじっと捉えて離さない。
静かな恐怖が、辺りを流れた。
会場内は、ざわめき立ち緊迫した空気が流れた。
重苦しい空気に包まれる。
また、彼女が覚醒し出すのではないかと、ヒカリの胃はキリキリ傷んだ。
「あのー、御二方…?」
女性司会者は、困惑している。
「そうか、お前らはそんなにあたしに殺されたいのか?あたしに、何か仕掛けたかったのかも知れないが…これも、きっとボスの命令だろう?」
赤ずきんは、照準を彼の額に合わせた。
「この私を、誰だと思ってるんだ?」
男は、額に汗を流しながら渋い顔をし負けじと反撃した。
ーと、次の瞬間、赤ずきんは、丸ぶち眼鏡の男の額に銃口をくっつけた。
「が…」
彼は、言葉を詰まらせ戦慄した。
辺りは、騒然とする。
銃口が、メリメリと彼の額を抉ってくる。
赤ずきんの顔面が、彼に近付いてくる。
男は、赤ずきんの右頬の痣を見てハッとした。 そして、青ざめ目に涙を浮かべている。
「さぁ、お前らのご主人様は、誰なんだ?」
それでも、赤ずきんは止めようとはしない。
「ま…」
男は、顎をガクガクし言葉を詰まらせた。
「やめましょう。こうしていても、埒が明かないわよ。今は、感染を抑えるのが先でしょう?」
モルガンが、慌てて仲裁に入る。
「だから、誰なんだよ?」
赤ずきんは、彼女に目をやらず丸ぶち眼鏡の男を睨み続けている。
彼は、今だに青ざめ目から涙を流していた。
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