パラパラと霧雨が降り出した。
辺りは、霧がかっていてよく見えない。
ヒカリは、霧の向こう側へとひたすら歩き続けた。
どれくらい、時間が経過しただろうかー?
感覚が麻痺してくる。
身体が冷えてきたり
森の奥の方からら、
艶やかな女の唄声が、響き渡る。
何かを囁いているかのようだ。
清廉にして妖艶な雰囲気を纏った女だ。
何処と無く不安を掻き立てるような、そんな雰囲気があった。
深い霧の向こうから、ゆらゆら人影が姿を現す。
それが近づき、ヒカリはハッとした。
上半身は裸の女で、下半身は、大木に固定されている。
ー幼樹だ!
ヒカリは、咄嗟に身構えた。
転生して始めて見た、妖魔だ。
レティーにしごかれて、何とか強くはなってきた。
護身用の銃を両手に構えて、照準を合わせる。
ーと、パラパラ雨が降り始めた。
雨だ。
雨は、大分強くなり横殴りの風も吹くようになった。
どうして、この日のこんな時に限って…と、ヒカリはため息がもれた。
妖樹は、ゆらゆら揺れ歌いながらやって来た。
ヒカリは、銃口から弾丸を発砲した。
が、それはみるみる妖樹の体内に吸収されてしまった。
ヒカリは、次々と弾丸を発砲した。
だが、それは虚しく妖樹の体内へ吸収していく。
四方八方から、わらわら妖樹が襲いかかってくる。
ーあの技を使おうか…?
だが、ヒカリは熱が出ていた。
力は残されてない。
その時だった。
妖樹の頭部に、弓矢が突き刺さる。
清廉な仮面を被った醜悪な怪物が、浄化されていく。妖樹は絶叫し、鬼のような形相をし牙を剥き出しにし咆哮する。妖樹は、眩いカナリア色の光に飲み込まれ、粉々になった。
遠くの方から、妖艶な女性の唄い声が聴こえてくる。
ここは、楽園だろうかー?
川のように済んだ鮮やかで柔和な唄声、硝子のようにクリアで繊細な唄声、深く妖艶な唄声が、三重になって響いてくる。
なだらかで優雅な弦の音やフルートの音も、反響してくる。
その音楽につられ、ヒカリの身体は磁石のように引き寄せられていった。
カナリア色の明かりが見えてきた。
ヒカリは、それを目指してひたすら歩き続けた。
世界が霞んで見えていく。
全てが、ぼんやり濁って見え、ホワイトアウトする視界。雨の音だけは、ハッキリ聞こえている。だが、そのノイズも次第に聞こえなくなっていく。新鮮な木々の香りもしなくなっていく。五感が弱くなっているようだ。ここが何処であるのか認識の地平が遠ざかり、すべてがぐにゃりと歪んで見え、まだら模様のようにぐじゃりと混じりあって感じた。
世界がぐにゃりと歪み、そして激しく回転していった。
奇妙な夢を見た。
赤ずきんと共にコンビを組み、巨大なクモ形の化け物と戦っていた。奴は、VXという世界を脅かす存在だ。
ヒカリは、ゲーム知識を駆使して敵の弱点を読みながら、赤ずきんの攻撃のサポートをした。
赤ずきんは、豪快ににサブマシンガンを打ち鳴らして敵を粉々に粉砕した。
彼女に褒めて貰い、頭をポンと叩かれた。嬉しい気持ちで満たされた。
他のギルドメンバーも褒めてくれた。
ヒカリは、幸せで一杯になった。
目が覚めると、自分は知らないロッジの中にいたのに気が付いた。
天井は高く、星座を象ったような奇妙な模様があり、プラネタリウムを彷彿とした。部屋の中央には年季の入った大木が貫いていた。
部屋は広く、20畳以上はありそうだ。
奥の方から、女の話し声と笑い声が聞こえてくる。
ヒカリは、何て、奇妙な夢を見てしまったのだろうと、眉をしかめた。
それにしても、ここは何処なのだろう?
ファンタジー世界さながらの、メルヘンで不思議な小物も、所々に置かれてある。
書架が壁の殆どを敷き詰めてある。
すぐ横の螺旋階段も、お洒落である。
「目覚めましたか?」
声のする方を向くと、螺旋階段の上にそこには長身で色白の女が立っていたのが見えた。
いつの間に、居たのだろう?気配は、全く感じられなかった。
「貴女は、随分と熱にうなされて居ましたよ?」
長身の女は階段から降りてくると、ヒカリに微笑んだ。
「あなたは…?」
「私は、ラプラスのシーラです。この区域で暮らしているエルフ族を束ねています。困った時は、何なりと。」
シーラは、ニッコリ微笑んだ。
彼女の肌は白く、耳はとんがっており髪は銀髪で長いストレートヘアだ。碧眼の瞳は深く澄んでいる。緑色の上品なローブを身に纏っている。
「ここは、何処ですか?私、どのくらい、眠って居たのですか?」
「ここは、星の森です。貴女が眠っていたのは、かれこれ、五時間くらいですかね?熱は引きましたか?」
シーラは、ヒカリの額に手を当てる。暖かく優しい手の感触がした。
「あ、はい。もう、大丈夫だと思います。」
「そろそろお昼の時間ですので、しばらくしたら食べましょう。」
シーラはそう言うと、お茶を入れてやって来た。
「美味しい…」
そのお茶を飲んだら、ヒカリは全身が熱くあった。
ヒカリは、シーラに案内され食卓についた。
長テーブルには、エルフ族が集まっていた。
全員色白で背が高く、上品な振る舞いである。
「お姉様、そう言えばこのあたりの妖樹、また急に増えだしましたね。しかも、凶暴ですし。」
「そうですね。また、ウィルスも増殖したみたいですし、他の世界と融合したのかも知れません。」
「えー、また、融合ですか?最近、物騒な者達がわらわら増えだしたじゃかいですか?」
「メイビス、この話はまた今度にしましょう。客人が来てるのですよ?」
「あ、そうでしたね。すみません。」
「では、頂きましょ…」
シーラがそう言い終えるな否や、玄関口の方から激しくドンドンドアを叩く音が聞こえてきた。
「ヒカリ、ヒカリ、居るんだろう!何処だよ!」
ヒカリは、その声にビクッとした。レティーだ。
彼女の魔力感知能力は、それなりに高い。半年間共にすごしてきたから、よく分かる。一人一人の魔力を嗅ぎ分け、また、魔力の残り香から行方を辿る事が出来る。
シーラは、眉を顰め扉を開けた。
「ヒカリを返して貰おうか?」
レティーが、中へと足を割り入れた。
見つかったら、無理矢理引き摺り出されて罵倒されるかも知れない。
今まで彼女の横暴な振る舞いを見てきたから、想像はつく。
だが、嬉しい気持ちもあった。
自分の事を心配してくれたのだと、思っているのだと思った。
「貴女は、いきなり何なのですか?」
シーラは、眉をしかめながらレティーのつま先を制止した。
「ヒカリは、ここに居るだろう?ほら、あのエルフ族でこういう者だ。」
レティーは、ヒカリの似顔絵をシーラに見せた。
「そんな人、知りません。ここは、貴女のような人が来ていい場所では御座いません。お引き取り下さいませ。」
シーラは、それを見るも冷静さを保つ。
「お前、ホントに打つぞ。お前らの事は、とっくに調べが付いてんだよ?」
赤ずきんは、シーラ目掛けてサブマシンガンを構えた。
「流石、貴女って人は…」
シーラは、眉毛を寄せながらレティーを軽く睨みつけた。
「人のモノに手を出したら、どうなると思ってんのか?これで、三回目だろ?」
赤ずきんは、静かに睨み返す。
「人は誰の物でもありません、どうか、お引き取りを…」
シーラは、踵を返した。
静かな沈黙が、流れた。
ヒカリは物陰から伺うも、心臓が大きくバクバク動く。
まるで、それは鬼から逃れ隠れているかのようである。
強固なバリケード張ってあり、赤ずきんには自分の姿は見えず近付くことも出来ない。
「おい、いい加減にしな。」
レティーは低い声を出し、カチッと銃を回し両手で構えた。
「流石は、有名な戦闘狂と名高いだけあって、攻撃的な言動ですね?」
「そういう、お前らこそ、詐欺まがいの怪しい事しやがって…私は、お前らのような、ラプラスっていう奴らが一番嫌いなんだよ。過去にあったこと、街中にばらまいてやろうか?」
「我々、預言者は、迷える人に寄り添い、苦しみを浄化させ導く為に存在しているのです。運命は、因果律によって変わることもありますし、見方次第で違って見えるのですよ?」
「お前らのくっどい御託は、もううんざりなんだよ?お前らなんかに、運命決められてたまるかって話だ。運命なんて、ぶっ壊すモンだ。」
「貴女の言ってる意味が、イマイチよく理解できないのですがね。」
シーラは、困惑したような顔をした。
「お前なんかが、分からなくていいよ。」
レティーは、苛立ち銃を下げた。
もしかして、赤ずきんは自分が誘拐されたのではと勘違いをしているのではないか?と、思ってしまった。
自分は、自主的に店を出て、そして倒れていた所を介抱されたのだ。
「だから、彼女はここには居ません。」
「だから、こんなとこにずっと居たら、あいつは成長しないだろ?お前ら、どうせ甘やかせるだけだろ?」
今も、2人は激しい言い合いになっている。
ヒカリは、どうしようか悩んだ。
「私は、ただのイチ預言者に過ぎません。」
「お前らの、昔の事は、知ってんだよ。」
「知っていたら、貴女、私は誰にも危害は与えない事をご存じですよね?」
シーラの穏やかな口調は、段々とキツくなってきた。
辺りに、静かな静寂が流れる。
「ヒカリは、繊細で過敏なんだ。お前らのような怪しいヤツらと居て良いような人間じゃないんだよ。」
「こここそが、あなたのような蛮人な来る所ではありません。どうか、お引き取りを。」
シーラも、ぎっと睨みつける。
暫く、微妙な沈黙が流れる。
レティーは、痺れを切らし舌打ちした。
「また、来る。この辺りは、ヒカリにはまだ危ないから絶対にひとりにするなよ?」
と、言い残しその場を去った。
ヒカリは、ホッと胸を撫で下ろした。
「どうも、お騒がせいたしました。」
ヒカリは、深々と頭を下げた。
「貴女、ヒカリさんって言うのですね?彼女とは、過去に色々あったから、気になさらず。」
シーラは、再び温厚な雰囲気に戻った。
「そうなんですね…」
ヒカリは、すっかり拍子抜けし胸を撫で下ろした。
レティーが、自分の事を心配してくれていたとは、知らなかった。
彼女は今まで、ヤンキーの雰囲気を醸し出して怖いオーラがあった。
だからと言って、また、ここに来るのは困る…
でも、彼女の事だから、またこうして来るのだろうかー?
ヒカリは、胃がキリキリ仕出し苦虫を噛み潰したような顔になった。
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