ヒカリは、巨大なクラーケンを撃破し、放心状態であった。
何故、自分にそのような力が出現したのかは、よく分からない。
「ば、化け物が、消えた…!?」
「わー」
「すごい…」
「嘘でしょう…」
「な、何者なんだ、あいつは…!?」
村中に、感声と拍手の渦が轟いた。
赤ずきんとシドは、瞠目しながらあんぐり口を大きく開けている。
「お前、何者なんだ…?怪しいとは、ずっと思ってはいたが…」
赤ずきんは、両手に銃を構えると、ヒカリに照準を合わせた。
ヒカリは、頭を悩ませた。
自分でも、この状況は理解し難い。
何と言えば良いのだろうかー?
『 ゲームオタク』、『 ゲーム廃人』は、恥ずかしくて、口が裂けても言えない…
プロゲーマーは、おこがましい…
最悪、それなりの能力を期待されかねない。
考えた挙句、ゲームマニアということにすることにした。
「わ、私は、ゲームマニアです。」
「…ゲームマニアだと…!?」
赤ずきんは、瞠目した。
「はい、私はゲームに関する攻略法は大体熟知してます。ある程度、経験も積んできました。」
「ゲームとは、何のことを言うのだ…?」
ヒカリは、口を詰まらせた。ゲーム界の住人は、ゲームの概念があまり分からないらしいー。
「ええと、所謂、電脳世界のことを言うのです…この世界も、複数から成る電脳世界の一部なのです…」
ヒカリは、しどろもどろになりながらも早口で説明した。
「ほぉ、それは、面白い。」
シドは、感心する。
「面白くなんかねーよ。けっ…」
赤ずきんは、不愉快そうにヒカリを睨みつけた。
「お嬢ちゃん、悪いね。赤ずきんは、過去に仲間を失ってな…その犯人が、お前さんの容貌に似てる部分があってな。」
シドが、優しくフォローした。
「そうなんですか…」
あの疑念に満ち溢れた表情は、その一件があってのことなのだろうかー?
彼女は気丈に振舞ってはいるが、本当悲しい気持ちをひた隠しにしているのだろうかー?
こうして、行動を共にしているのは、自分を監視する為なのだろうかー?
「それじゃあ、この中から好きなの選べ。コソコソするなよ。私が、買ってやる。」
赤ずきんは、ギロリとヒカリを睨みつけた。
ヒカリは、渋々入り口付近の通信機売り場まで移動した。
ドス黒い殺気あるオーラが、背後を付きまとう。
ヒカリは、背中中に冷や汗をかいた。
店内を見渡すと、デジタルウォッチや目覚まし時計もある。
そうかー。この世界は、ヒカリの前世の世界とリンクしている。反映されているのだ。
リマージュやゼルドの伝説の世界に、果物や野菜、農作物があり、景色や自然、建造物も、そっくりそのものに映し出されているから、プログラミングされているのだろう。
ヒカリは、赤ずきんと距離を置きながら、ガラス越しから恐る恐る中の商品を選ぶことにした。
その他、スマイルウォッチ、オレンジウォッチ、メロンウォッチ、スイカウォッチ、パインウォッチ、キウイウォッチなど、見慣れないネーミングの腕時計が沢山陳列されていた。
それらの説明を読んでみると、様々なスタイリッシュなデザインに、通話機能やゲーム機能、GPS機能や、アラーム機能、音楽機能、その他、アプリ機能まである。
ヒカリは、その中から、一番安そうな商品を選ぶ事にした。
ーえっ…!?3000ギニー…!?
3000ギニーって、幾らだろうー?
ヒカリは、赤ずきんの眼を盗んでスマホのアプリの換算表と、照らし合わせる。
3000ギニーは、前世の世界では30000円の価値があるらしい。
ーウゲー、一番安くて3万…!?
この世界では、これが普通なのだろうかー?
いや、色んな最先端機能が搭載されてあるからだろうか。
もしかしたら、この世界をプログラミングした人物が、電脳世界の住人に試練を与えているのかも知れたいー。
「これらは、だな…最近、入った新種なんだよ。」
シドは、飄々とガラスを開ける。
「シド…親しげに近付くな。」
赤ずきんは、ギロリとコチラを睨みつけている。
ヒカリは、中から一番安い3000ギニーの時計を選ぶ事にした。
シドが中から時計を取り出し、赤ずきんが代金を支払った。
「お金は借りるだけにします。働いて、返します。そこのパン屋で、働かせてください。」
ヒカリは、スマイルウォッチのバイト代としてここのパン屋で働くこととなった。
虹ケ丘 光。
苗字と総画が吉で、下の名前が大吉だ。
『 光』という名は、祖母が6画は縁起が良いし、明るく周りを照らして輝く子に育って欲しいとの願いを込めて付けたらしい。
そんな自分は、名前とは真逆な人生を送った。
性格は内気で卑屈で根暗な陰キャ、陰の気が身体の芯まで染み付いてしまっている。
35になって友達が出来たことも、恋愛経験もない。
父方一族の陰気な遺伝を、色濃く受け継いでしまっていた。
苗字だけでもこんなに嫌なのに、何で寄りによって下の名は『 光』なのだろうかー?と、己の名前を呪った時期があった。
祖母との仲は良く板挟みで葛藤した。
そんな自分は、モルガンに頼み込み住み込みで働くことになった。
内気で引っ込み思案だった自分が、何故、積極的になったのかは、分からない。
だが、ゲーマーとしてのプライドがそうさせているのか、何らかの奇妙なざわざわしたものが自分をそう駆り立てたのか、ヒカリはそのように感じた。
パンは、自家製の小麦畑を主原料としている。
農作物の作業もしなくてはならないらしい。
モルガンのやっているのを見学し、ヒカリは作業を手伝った。
小麦と水、塩、砂糖と、発酵バターを混ぜ、力強く混ぜ合わせる。
体力は使うが、やり甲斐を強く感じた。
事務職で裏方の雑用ばかり押し付けられてきたヒカリは、水を得た魚のようにイキイキしていた。
自分には、この世界があっているのだと、強く感じた。
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