「キースさんたちはゴブリンに品定めされていたッスよ」
カガミは臆面もなく俺たちに言い放った。
「キースさんたちは森の中で生息している亜人系の魔物を過小評価し過ぎているッス。これはケンシンさんに教えて貰ったことッスが、森の中で生息している亜人系の魔物は通常よりも1ランク上の存在だと思ったほうがいいとのことッス」
なぜなら、とカガミは森の中で生息している亜人系の魔物の知能の高さなどを語り始める。
一流の狩人のような狩りの技術を持っていることについてから始まり、斥候の技術や囮役を使ってまで獲物を仕留める用意周到さなどを得意げにだ。
そして、そこで終わっていたら俺もブチ切れずに済んだだろう。
しかしカガミは自分の正当性や知識を必要以上に披露したかったのか、俺たちがゴブリンどもに品定めされていたと思われることを再び説明しだした。
「まずはキースさんたちが使っていた虫よけの薬ッスね。キースさんたちは効き目の強いことと安価だったという理由で今の虫よけの薬を使っていたッスが、森の中で不自然な強い匂いは敵に気づかれる確率が高いッス。だから本来は高価でも匂いが薄い薬を買うべきだったッスよ」
……ピキッ。
俺のこめかみの奥で変な音が鳴る。
「それにキースさんたちは一直線に森の中を進んでいたッスが、それも悪手の悪手だったッス」
「え? どういうこと?」
疑問の声を上げたのはアリーゼだった。
「魔物がいる森の中を歩くときは一直線に進まず、慎重に足跡を探りながら遠回りをするのが良いとのことッス。それも敵に待ち伏せされていそうな場所や、罠が仕掛けられていそうな場所を歩査しながらだと不意打ちを受けなくなる確率がずっと上がるともケンシンさんに聞きました」
ふむ、とカチョウが両腕を組みながら頷く。
「ここ最近は森の中で活動することがなかったから忘れていたが……3ヶ月前にお主を雇っていたパーティーと緊急任務を行ったとき、確かにケンシンはそのようなことを言っていた気がする」
「あ、思い出した。そうそう、確かに私たちはケンシンに虫よけの薬や森の歩き方なんかを色々と注意されたわ。そうよね? キース」
「……覚えてねえよ」
実際のところは覚えていた。
あのとき、ケンシンはカガミが今言ったようなことを俺たちに話していた。
だが俺は達観したような態度のケンシンに怒りを感じていたため、ほぼガン無視して緊急任務を行った記憶がある。
そして、それ以降に森の中で活動しそうな依頼任務や緊急任務はすべてしないと心に決めた。
ケンシンの俺たちを馬鹿にしたような指示や意見を聞きたくなかったからだ。
そもそもケンシンは単なる雑用兼荷物持ちとして雇ったサポーターに過ぎない。
いつもCランクをうろうろとしていた俺たちパーティーに誰も近づいてこなくなったとき、ちょうど都合よく目の前に現れたのがケンシンだった。
そのときケンシンは自分が魔力0な魔抜けのことや特殊なスキルを持っていると言っていたが、正直なところ俺はそんなことはどうでもよかった。
俺たちに従順で都合よく働いてくれる人間ならば誰でもよかったのだ。
けれども、それは間違いだったと今では胸を張って言える。
あいつと……ケンシンと出会ったことがそもそもの間違いだったんだ。
などと俺が怒りに奥歯を軋ませたときだ。
「そして、もっとも致命的だったのは囮役のゴブリンを囮役だと気づけなかったことッスね。今回は運よくアタシが待ち伏せに気づいたからよかったッスが、下手をすればキースさんたちは毒矢の集中砲火を浴びて全滅していた可能性があったッスよ」
カガミは俺たちが倒したゴブリンたちを見て言った。
……ピキッピキッ。
俺は利き腕であった右手の拳を硬く握り締めた。
そんな俺の心情に気づかないカガミは、さらに自分の意見をごり押ししてくる。
「悪いことは言わないッス。ケンシンさん抜きで今回の緊急任務を続けるのは自殺行為ッス。ケンシンさんがどの程度の怪我を負ったのかは分からないッスが、治るまで待ってケンシンさんを連れて来ましょう。そうしたほうが絶対にいいッス」
などと言われた俺は、今度こそ我慢の限界だった。
その得意げになっている顔をぶん殴ろうとカガミに歩み寄る。
しかし――。
「待て、キース。落ち着け」
カチョウが俺の目の前に立ちはだかった。
「退け、カチョウ」
「いいや、退かん。それだけはダメだ。カガミに対してそれをしてはならん」
カチョウが俺を宥めると同時に、カチョウの意図を察したアリーゼがすぐさまカガミに近寄って色々と質問を始めた。
「私たちは最近、森の中で活動するような依頼任務を行っていないから、もっとケンシンから聞いたことを教えて欲しい」というような具合にだ。
だが、それはアリーゼの本心ではないことはすぐに理解した。
アリーゼは俺の怒気がカガミに伝わらないよう意識を逸らしているのだ。
「場の状況を考えろ、キース」
直後、カチョウは自分の口を俺の耳に近づけて囁くように言ってきた。
「お前がここで怒りに任せてカガミに暴力を振るってみろ。今度こそ拙者たちの評判は完全に地に落ちるぞ。それにカガミは珍しい〈怪力〉のスキルの持ち主だ。上手く今回の依頼任務を達成したとして、どうしても証拠品は持ち帰らなくてはならない。その証拠品が何なのか忘れたわけでないだろう?」
チッと俺は小さく舌打ちする。
「忘れてねえよ」
そして俺は自分に言い聞かせるように呟く。
「ジャイアント・エイプの首だろうが」
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