俺はAランクの魔物どもを瞬殺すると、急いでエミリアの元へ向かった。
そして遠目からでもエミリアが危険に晒されていた姿を確認すると、俺は二発の〈神遠拳〉を放って二つの巨悪の足を止めた。
それだけではない。
俺は〈虎足〉という長距離を一気に駆け抜ける運足を使って、急いでエミリアの元へ駆けつけたのだ。
「悪いな、エミリア。来るのが少し遅れた」
俺はエミリアの盾になるような形で二つの巨悪と対峙した。
顔だけを振り向かせながら、キキョウと一緒にいたエミリアに声をかける。
エミリアは「そんなことありません」と軽く首を左右に振る。
「私は絶対にケンシン師匠が来てくれると信じていましたから」
本当にエミリアがそう思っていたことは目を見れば分かる。
その瞳には、俺を疑う曇りの色がまったくなかったのだ。
「エミリア……」
俺は自分を信じているエミリアに思わず目頭が熱くなる。
心が通い合った弟子というのは、やはり愛おしいものなんだな。
などと思った一方、俺はエミリアを置いて単独行動した自分を悔いた。
一番槍を申し出たのだから一時的にエミリアから離れることは当たり前だ、などという言い訳はなしだ。
最初にギガント・エイプの姿が見えなかった時点で、もっと頭を働かせておくべきだった。
Sランクの魔物の中でもトップクラスに知能が高いギガント・エイプのことだ。
遠くから俺の強さをじっくりと観察していたに違いない。
そうして他の雑魚どもに俺が集中している頃合いを見計らい、まずは俺以外の標的を根絶やしにしようと考えたのだろう。
まさかレッド・ドラゴンとともに現れることまでは予想できなかったが、少なくともそれに近い打開策を講じておくべきだったのは間違いない。
いや、絶対にそうしないといけなかったのだ。
俺はぎりりと奥歯を噛み締めた。
気力を解放させたのだから、エミリアだけは死ぬことはないだろう。
そんな浅はかな考えが招いたのがこの現状だ。
……ドクン……
幸いなことにエミリアは無事だったものの、下手をすれば俺が到着する前に死体になっていた可能性だって大いにあった。
……ドクン……ドクン……
周囲に惨たらしく散らばっている死体と同じように――。
……ドクン、ドクン……ドクン、ドクン……
考えれば考えるほど、怒りの感情が怒涛の如く込み上げてくる。
……ドクン、ドクン、ドクン……ドクン、ドクン、ドクン……
ギガント・エイプやレッド・ドラゴンにではない。
……ドクンッ!
この俺自身にだ!
俺は二つの巨悪どもを睨みつけながら気息を整えると、両足が「ハ」の字になるような独特な立ち方を取った。
そして背筋はまっすぐに保ちつつ、拳を握った状態の両手の肘を曲げて中段内受けの形――三戦《さんちん》の構えを取る。
コオオオオオオオオオオオオ――――…………
続いて俺は息吹の呼吸法とともに、下丹田を中心に全身をより強く気力《アニマ》が覆っていくイメージを強めた。
すると俺の全身に包まれていた気力に変化が起こる。
ゆっくりと螺旋を描くように俺の全身を覆っていた気力――黄金色の光が暴風のような勢いで渦を巻いていく。
そんな俺を見てギガント・エイプとレッド・ドラゴンは明らかに動揺し始めた。
しかし、今の俺には何の関係もなことだ。
むしろ馬鹿みたいに立ち尽くしてくれていたほうがいい。
余計な手間をかけずにお前らを地獄へと送れるからだ。
次の瞬間、俺はギガント・エイプに向かって疾走した。
ギガント・エイプの戦法は見なくても手に取るように分かる。
猿の特徴とも呼ぶべき長い手のリーチと握力を生かし、標的を捕らえて仕留めるのだろう。
それゆえに俺は簡単に捕まらないように低い態勢のまま間合いに入り、ギガント・エイプの両腕を掻いくぐって懐へと一気に飛び込んだ。
慌てふためくギガント・エイプ。
俺はそんなギガント・エイプの無防備だった腹部に必殺の一撃を放った。
〈波状・掌底打ち〉。
どんなに強固な肉体でも貫通し、内部へと深く衝撃波が浸透する極技だ。
「ウキャアアアアアアアアアアアアアアア――――ッ!」
ギガント・エイプは落雷の直撃を浴びたような悲鳴を上げた。
やがて全身の穴という穴から大量の血を噴出させると、全身を痙攣させながらその場へと崩れ落ちる。
〈波状・掌底打ち〉の衝撃波が、ギガント・エイプの内臓をグチャグチャに破壊したのだ。
次はお前だ!
俺は振り返ると、レッド・ドラゴンに渾身の殺意を飛ばした。
ビクッと一度だけ巨体を震わせるレッド・ドラゴン。
だが、レッド・ドラゴンはすぐに我に返って次の行動に移る。
大地を鳴動させるほどの声を上げ、巨大な翼を広げながら天高く飛翔した。
逃げるつもりか!
俺はアリアナ大森林へと飛行していくレッド・ドラゴンを睨みながら、両足を開いて腰を深く落とした。
右拳を脇にまで引き、空いていた左手で右拳を包むような形を取る。
直後、俺は再び息吹の呼吸法を行った。
それだけではない。
全身を包んでいた気力を右拳に集中させるイメージを高める。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――――…………。
俺が気力を練り上げていくごとに、悲鳴を上げるように地響きが鳴っていく。
やがて俺の右拳が朝日のように眩く光り輝き出す。
そして俺は練り上げた気力とともに、レッド・ドラゴンに向かってその場での右正拳突きを繰り出した。
「〈天覇・神遠拳〉!」
俺の右拳からは黄金色の巨大な奔流が噴き上がり、上空にいたレッド・ドラゴンへと向かって飛んでいく。
大勢の生き残った冒険者たちが見つめる中、俺の〈天覇・神遠拳〉はレッド・ドラゴンに直撃した。
巨大な爆発とともに木っ端微塵になったレッド・ドラゴンを見つめると、俺は全身を覆い尽くしていた気力を静かに解く。
「ふうー」
最後に残心をして呼吸を整える。
これでひとまず脅威はすべて去ったはずだ。
そう俺が思った直後、いきなりエミリアが抱きついてきた。
「おい、何だ?」
俺はわけが分からず混乱していると、エミリアは涙で顔をクシャクシャにさせながら「ケンシン師匠! ケンシン師匠!」と俺の名前を連呼してくる。
ふと気がつくと、周囲にいた冒険者たちも歓喜の声を上げていた。
「すげえ! あいつ、すげえよ!」
「これは奇跡なのか? 本当の奇跡が起こったのか?」
「英雄だ! ケンシン・オオガミは英雄だったんだ!」
などという声もちらほらと聞こえてくる。
しかし喜びに浸っている冒険者たちの中に、一人だけ苦虫を嚙み潰したような顔をしていた人間がいたことに俺は気づかなかった。
数時間後――。
魔の巣穴から出てきた魔物はアリアナ大草原ですべて倒され、魔の巣穴自体もケンシンと生き残った冒険者たちによって残らず駆除された。
その後、街中の人々を恐怖に陥れた〈魔の巣穴事件〉が勝利という形になったことは瞬く間に国中に広まった。
けれども、このときは誰も知らなかった。
この事件はこれから起こる、本当の大事件の幕開けにすぎなかったことに――。
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