おいおい、誰だこの女は?
俺は銀髪の少女を食い入るように見つめた。
年齢はアリーゼと同じ16歳ほどだろうか。
しかし、顔立ちやプロポーションはアリーゼなどとは比較にならない。
アリーゼが雑草ならば、銀髪の少女は薔薇の花だ。
清潔感と気品が感じられる服装もそうだが、その服を着ている人間自身から高貴なオーラがありありとにじみ出ている。
ごくり、と俺は生唾を飲み込む。
正直なところ、俺の好みのタイプだ。
そしてクレスト教の聖服を着ているところを見ると、この街にやってきた遍歴の修道士一団の人間かもしれない。
おそらく、中央街の外れにあるクレスト教の修道院を訪ねてきたのだろう。
修道院は病院も兼ねているため、そこで働く修道女がよく来るのは知っている。
この銀髪の少女もその一人に違いない。
けれども、そんな修道女が一人で街中をウロウロすることなどあるだろうか?
答えは否だ。
基本的に修道院に関係する奴らは単独行動はしない。
街中で買い物をするときも常に2、3人で固まって動くのが普通だった。
だからこそ、こうして修道女が一人で誰かの部屋に訪ねてくることなど本来ならばありえない。
そう、本来ならだ。
くくくっ……そう言えば最近は修道女ともご無沙汰だったっけ。
俺は内心で舌なめずりをした。
きっと、この銀髪の少女は俺のファンなのだ。
そう考えれば部屋に入るなり口にした「わたくしの勇者さまはどこですか?」の台詞にも納得がいく。
街の外で勇者である俺の噂を聞きつけたものの、実際に俺がどこにいるのか分からなかったため、誰かに俺たちが泊まっている宿屋を教えてもらったのだろう。
そうして居ても立ってもいられず、こうして一人で訪ねてきたのだ。
何のために?
そんなものは決まっている。
国から正式な勇者として認められた、このキース・マクマホンに会うためだ。
などと俺が思っていると、ハッと我に返った銀髪の少女は「申し訳ありません」と頭を下げてきた。
「何の断りもなく部屋に入ったばかりか、自己紹介もせずにお尋ねしてしまって大変失礼致しました。わたくしはクレスト教会のリゼッタ・ハミルトンと申します。こちらの部屋にお泊りになられているのは、勇者パーティーの方々でよろしかったでしょうか?」
おお、やっぱり俺を目当てに来た修道女だったか。
俺は咳払いをして喉の調子を整えると、「ああ、そうだ。俺たちは本物の勇者パーティーさ」といつもより声を意識して答える。
「そして、俺が勇者のキース・マクマホンだ……君はリゼッタさんだったね? もしかして、勇者である俺にわざわざ会いに来てくれたのかな?」
もちろん、リゼッタがどう返事をするのかは分かっている。
頬を赤く染めながら、「はい、その通りです」と言うに違いない。
しかし――。
「いいえ、違います。わたくしはあなたに会いに来たのではありません。わたくしは〝わたくしの勇者さま〟に会いに来たのです」
と、俺の妄想は一瞬で打ち砕かれてしまった。
え? 待て待て、どういうことだ?
この女は自分の口からはっきりと「勇者はどこだ?」と言っていたはずだ。
それなのに勇者である俺を前にして、俺に会いに来たわけではないと言う。
「いやいやいや、待ってくれ。君は勇者に会いに来たんだろう? だったら、ここには俺以外に勇者はいないぞ。なぜなら、俺こそが本物の勇者である――」
キース・マクマホンだ、と言葉を続けようとしたときだ。
チッ、とリゼッタは表情を歪めながら舌打ちした。
「あー、うるさいのう。せやから、うちはお前なんぞに会いに来たわけちゃう言うとるやろが。人の話は最後まで聞けや、ボケが」
「はえ?」
俺は思わず馬鹿みたいに頓狂な声を発してしまった。
それもそのはず。
目の前の清楚を絵に描いたような少女の口から、一体どこの野蛮な国の言葉使いなのか分からない言葉が出てきたのだ。
面を食らった……いや、衝撃を受けたと言ったほうが正しい。
「え……あの……その……お、俺が……俺は……勇者……」
そして俺がしどろもどろしていると、リゼッタは俺を睨みながら嘆息する。
「お前が国から認められた正式な勇者なんは分かっとるわ」
リゼッタはそう答えると、部屋の隅から隅まで何度も見回す。
「それで? うちの勇者さまはどこにおられるんや? ここにおらんということは、もしかして買い出しにでも行かれてるんか? だとしたらタイミングが悪かったな」
まあええわ、とリゼッタは緩く両腕を組んだ。
「それならここで待たせてもらおうか……ああ、うちには別に構わんでええよ。こっちは何年間も待っていたんや。今さら少し待つぐらい屁でもないわ」
「屁って……」
何だ、この女?
まさか、見た目とは違ってかなりやばい奴なのか。
それにさっきから言っていることがよく分からない。
一体、この女が言っている勇者さまとは誰のことを指しているんだ?
「ちょっと、あんたね。クレスト教の修道女か何か知らないけど、いきなり部屋に入って来るなり変なこと言ったりして失礼なんじゃないの?」
俺の心の声を代弁してくれたのか、上半身を起こしたアリーゼがリゼッタに対して言い放つ。
「うむ、アリーゼの言う通りだ。いくら何でも無礼すぎる。それに先ほどから意味不明なことばかり言っているのも気に食わん。拙者らは本物の勇者パーティーであり、そこにいるキースは間違いなく本物の勇者だ。他に勇者などおらん」
カチョウもリゼッタに対して思うことがあったのだろう。
真剣な表情でリゼッタを見つめながら断言した。
普通の修道女ならば、二人の威圧に気圧されて青ざめたに違いない。
だが、リゼッタはどこ吹く風だった。
切れ長の眉一つ動かさず、代わりに大きなため息を吐く。
「ホンマにごちゃごちゃとやかましい奴らやで。どうしてこんな奴らをサポートしてたんかは分からんが、さぞ苦労があったことやろうな」
「俺たちをサポートだと?」
その言葉に俺は嫌な予感を覚えた。
同時に俺の脳裏に一人の人間の姿が浮かんでくる。
無能と判断してパーティーから追放したサポーター兼空手家の姿が。
「おい、まさかとは思うが……お前が言っている勇者さまというのはケンシンのことじゃねえだろうな?」
「はあ? 当たり前やろうが。うちにとって勇者さま言うんはケンシン・オオガミさま一人だけや」
このとき、俺の中からこのリゼッタという修道女に抱いた劣情が消え失せた。
「出ていけ!」
俺はリゼッタに怒声を浴びせる。
「これ以上、てめえみたいな頭のおかしい女に関わっていられるか。あの無能のサポーターのケンシンが勇者だと? せっかくクビにしてパーティーから追放した、闘えもしない空手家のケンシンが勇者だと? ふざけるなよ!」
俺が怒りの感情を爆発させると、今度こそリゼッタは恐怖に青ざめると思った。
けれども、リゼッタの顔には恐怖とは別の感情の色が浮かんでくる。
「おい、ちょい待てや」
怒りと殺意だ。
リゼッタは俺たちが後退りするほど表情を険しくさせる。
「もういっぺん言うてみい。ケンシンさまが無能のサポーターやと? 闘えもしない空手家やと?」
ざわッとリゼッタの髪が揺らめく。
部屋の窓は開けておらず、風などが入ってくるはずがない。
それでも、リゼッタの銀髪は確かに揺らめいてる。
「そんでクビにしてパーティーから追放したやと!」
次の瞬間、リゼッタの全身から何か〝見えない力〟が放射された。
その〝見えない力〟は突風のように俺たちの身体に叩き込まれる。
何だこの力は? 魔法? それともスキルか?
違う、とすぐに俺は心中で頭を左右に振った。
これは魔法の力でもなく、ましてやスキルの力でもない。
紛れもなく、俺の予備知識にはない意味不明な力だった。
「おい、ボンクラども。これからうちが質問することに正直に答えろや。もしも一つでも嘘を言うたら地獄を見せたるからな」
すべてを一変させたリゼッタに対して、まずはアリーゼが動いた。
魔法使いの本能が、リゼッタを〝敵〟と判断したのだろう。
リゼッタに左手を突き出して呪文を詠唱しようとする。
しかし、リゼッタはまったく動じない。
それどころかリゼッタは自分の服に取り付けられていたボタンの一つを引きちぎると、そのボタンを右手の親指で弾き飛ばした。
パアンッ!
部屋の中に乾いた音が鳴った。
リゼッタの放ったボタンによる指弾が、アリーゼの眉間に命中したのだ。
アリーゼはそのまま気を失ってベッドに倒れる。
次の動いたのはカチョウだった。
帯刀はしていなかったものの、それでも修道女の一人ぐらい素手で軽々と制圧できると思ったのだろう。
カチョウはリゼッタを拘束しようと両手を突き出した状態で飛びかかる。
しかしリゼッタは掴みかかってきた両手の下を掻いくぐると、カチョウの襟元を掴んで一気に投げ放った。
「ごはッ!」
背中から勢いよく床に叩きつけられたカチョウは、ついでに後頭部も激しく打ちつけたのか白目を剥いて気絶してしまう。
「な……なな……何だと……」
俺がパニックになっていると、リゼッタはゴミでも見るような目を向けてくる。
「よ~く、分かった。おどれらにSランクの価値なんてない。ましてや、勇者パーティーなんぞと呼ばれるほどの実力もこれっぽっちもないわ。それでも周囲からの評価が高かったのは、ケンシンさまがお前らのために人知れず尽力していたからなんやろうな」
次の瞬間、リゼッタの姿が俺の前から一瞬にして消えた――ように見えたのも束の間、気がつくとリゼッタは互いに息がかかるほどの距離に立っていた。
しかもリゼッタは右拳を俺の腹部に軽く押しつけた状態で立っていたのだ。
「お前と話すのはもうやめるわ。ケンシンさまの居場所はうちが自力で探す。せやけど、その前にケンシンさまの無念を少しでも返しておくわ」
まったく動けなかった俺を前に、リゼッタは凛とした声で「〈当破・正拳突き〉」と呟いた。
次の瞬間、俺の体内で何かが爆発したような衝撃が走る。
リゼッタが零距離から攻撃を放ってきたのだ。
「うげッ!」
俺は大量の吐瀉物を吐き出し、そのまま前のめりに倒れた。
視界がぐちゃぐちゃになり、自分が吐き出した吐瀉物に顔が埋まる。
やがて俺の意識が途切れる直前、リゼッタの声が真上から降り注いできた。
「本当の無能はお前じゃ、このクソ勇者もどきが」
そして、俺の意識は屈辱とともに深い暗闇へと落ちていった――。
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