「お前……一体、何者だ?」
長身の男は顔を引きつらせながら尋ねてくる。
「これから死ぬ奴に名乗っても意味はないだろう?」
俺は鋭い眼光を長身の男に飛ばした。
長身の男の額から滝のような汗がにじみ出てくる。
内臓の奥から恐怖を感じているのだろう。
それでも長身の男は未だに意識を保っていた。
なるほど、リーダーと呼ばれているだけのことはあるな。
俺の殺意を込めた視線をまともに受け、正気でいられるとは大したものだ。
そう俺が思ったとき、長身の男は地面に唾を吐き捨てた。
「……どうやら普通のガキじゃないらしいな。いいだろう! 〈暗黒結社〉の幹部の一人である、このジーク・アシュタロトの力を見せてやる!」
長身の男は俺に両手を突き出すと、何やら呪文を唱え始めた。
すると長身の男の両手の先端に、熱風をともなう巨大な炎の塊が出現する。
火属性の上級魔法だ。
「消し炭になれ、〈火竜の焔〉!」
次の瞬間、巨大な炎の塊が俺に向かって勢いよく放たれた。
俺だけなら簡単に避けられるが、ここで俺が避けてしまえば後方にいる少女たちに被害が及んでしまう。
だったら、これに対抗する技はあれしかない。
俺は瞬時に腰を落とし、脇に引いた右拳に気力を集中させる。
続いて特殊な呼吸法でさらに気力の量を倍増させた。
そして――。
「〈神遠拳〉!」
俺はその場で右拳による正拳中段突きを繰り出した。
その正拳突きの衝撃破に気力が乗り、物理的な威力が生まれた光弾――〈神遠拳〉が弓矢のように飛んでいく。
ボボボボボボンッ!
〈神遠拳〉は向かってきた火の魔法を空中で撃ち消した。
それだけではない。
威力が衰えなかった〈神遠拳〉は、そのまま長身の男の身体に直撃する。
「ぐああああああああ――――ッ!」
長身の男は突風にあおられた紙くずのように吹き飛んだ。
そのまま長身の男は壁に激突し、ピクリとも動かなくなる。
やがて俺は元の姿勢に戻って二人の少女に視線を移した。
「もう、大丈夫だ」
俺がそう言うと、栗色の髪の少女が一目散に駆け寄ってきた。
「すごいすごい! あんな大勢相手に一人で勝っちゃうなんてすごすぎるよ! もしかして、お兄ちゃんは闘う神様なの?」
「それは大袈裟だ。さっきも言ったが、俺は追放された空手家さ。今はそれ以上でもそれ以下でもない……だが、それよりも君は俺が怖くないのか?」
「怖い? どうして?」
「どうしてって、俺は人を殺したんだぞ?」
普通なら恐怖で逃げ出してもおかしくないはずだ。
けれども、栗色の髪の少女に恐怖の色はなかった。
「でも、あいつらは私を攫おうとした悪者だった。それに、そんな私を助けようとしてくれたお姉ちゃんまでナイフで斬りつけたんだから……あんな奴ら死んで当然だよ」
そこで俺はようやく思い出す。
確かに金髪の少女は右肩に怪我をしていた。
このまま放っておくと破傷風になるかもしれない。
続いて俺は何気なく金髪の少女に顔を向けた。
直後、俺は視界に飛び込んできた光景にギョッとする。
「おいおい……それは何の真似なんだ?」
俺の視線の先には、地面に土下座している金髪の少女の姿があった。
「……してください」
金髪の少女は地面に接触するほど頭を下げながら、何やら小声で俺に話しかけてくる。
「すまん、もう一度だけ言ってくれ? 何だって?」
俺がおそるおそる尋ねると、金髪の少女はガバッと頭を上げて言った。
「私を弟子にしてください!」
…………ん?
さすがの俺もあまりの驚きに目が丸くなる。
栗色の髪の少女のように礼を言われるのなら分かるが、まさかヤマト国の土下座から弟子入りを志願されるとは思わなかった。
「唐突な申し出に困惑されているとは思いますが、それほどあなたの卓越した武術の腕前に心の底から感服してしまったのです」
金髪の少女は明星を仰ぎ見るように俺を見つめてくる。
「私の名前はエミリア。Cクラスの冒険者であり、未熟ながらも武の道を極めんと望む者の一人です……そして数年前に唯一の拳の師匠と別れてからというもの、これはと思った達人には巡り合えず独学で修練を積み重ねてきました」
ですが、と金髪の少女――エミリアは真剣な表情で言葉を続ける。
「今まさに私は人生を捧げるべき師匠に巡り合えたと確信いたしました。ケンシンさん……いえ、ケンシン先生……いいえ、ケンシン師匠! どうぞ、この私をあなたの弟子にしてください! お願いいたします!」
ああ、これは本気の目だな。
だが、今の俺は勇者パーティーから追放された身だ。
弟子を取るよりも、まずは今後の身の振り方を考えなければならない。
「悪いな。今の俺は弟子を取る気は……」
ないんだ、と断ろうとしたときだ。
突如、顔が真っ青になったエミリアはバタリとその場に倒れた。
それだけではない。
額からは大量の脂汗が流れ、続いて全身が小刻みに震え出す。
目の焦点も合っておらず、明らかな意識の混濁が表れ始めた。
間違いない。
何らかの毒による症状だ。
「ねえ、あ兄ちゃん! お姉ちゃんはどうしちゃったの!」
「おそらく、斬られたナイフに遅効性の毒が塗られてあったんだろう……まずいな、このままだと手遅れになるかもしれない」
俺が暗い表情でそう呟くと、栗色の髪の少女は「すぐに人を呼んでくる」と言って大通りのほうへ駆けていく。
しかし、俺は直感的に間に合わないと思った。
わずかに呼吸困難の症状も現れ始めたのだ。
やはりこうしている間にも、エミリアの症状はどんどん重くなっている。
「さすがに見殺すわけにはいかないよな……よし!」
俺は意を決すると、両足が「ハ」の字になるような立ち方を取った。
そして背筋はまっすぐに保ち、拳を握った状態の両手の肘を曲げて中段内受けの構えになる。
闘神流空手の基本――三戦の構えだ。
コオオオオオオオオオオオオ――――…………
俺は〝息吹〟と呼ばれる独特の呼吸法とともに、先ほどよりも強力な気力を下丹田で練り上げていく。
やがて心身が最高の状態に達したとき、俺は目の前の空間に向かって叫んだ。
「スキル発動――【神の武道場】!」
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