こ、これは相手を痺れさせる状態異常の魔法か。
俺が内心で舌打ちすると、真上から「いい加減にするのはあんたのほうよ」という声が降ってきた。
「助けてもらっておいて上から目線なのもムカつくけど、それ以上にたかがオーク一匹にあたふたしていた奴が、私たち【火之迦具土】のリーダーであるアゼル・グリッドマンの胸ぐらをいつまで掴んでんのよ」
怒りを含んだ声を発した主はファムだった。
「大丈夫、キース!」
「おのれ、よくも拙者らのリーダーを!」
アリーゼとカチョウが憤慨したのも束の間、すぐさまファムは「〈痙攣〉!」と二人に対しても状態異常の魔法を放つ。
「きゃあ!」
「ぐぬっ!」
アリーゼとカチョウはあっさりと俺の二の舞になり、その場に倒れてビクビクと全身を痙攣させ始めた。
「く……くそ……て、てめえら……何しやがる」
身体全体は痺れて動けなかったが、顔にまでは痺れの効果はなかったようだ。
そのため、何とか声だけは普通に発することができた。
「何をするだぁ? それはこっちの台詞だ」
アゼルは両膝を折り曲げると、俺を睨みつけてくる。
「上位冒険者の定例会議なんかも全部ケンシンに押しつけていたばかりか、お前らをサポートするため色々と影ながら動いていたケンシンをクビにするとはな。そのクズっぷりだと、俺たちが誰なのか以上にケンシンが戦魔大戦の英雄だったことも知らないんだろう?」
「せ、戦魔大戦……え、英雄?」
俺の脳裏に戦魔大戦に関する記憶が浮かんでくる。
戦魔大戦。
半年前、とあるカルト魔法結社が隣国で行った魔法実験による大災害のことだ。
違法な魔法実験により一国を滅ぼしかねないほどの凶悪な魔物を生み出し、それこそリザイアル王国も含めた周辺諸国の魔法兵団や騎士団、他にも冒険者たちが多く駆り出されて鎮圧したことは知っている。
だが、それとケンシンに何の関係がある?
「やっぱり、あの噂は本当だったんだ。一時はSランクとSSランクの冒険者たちの間でもケンシンくんの話で持ちきりだったからね」
「ああ、俺たちSSの冒険者の間では他のパーティーに関することに口出しするのはマナー違反だから表立って言わなかったがな。ただ、正直なところ考えようによってはケンシンがクビになったのはラッキーだったかもしれない。こいつらのパーティーにいた以上は堂々と引き抜けなかったが、ケンシンがフリーになったというのなら話は別だ。それこそクビになったという噂を聞きつけた有名どころの上位ランカーがケンシンを獲得しようと動き出すだろう」
な、何だこいつら……一体、何の話をしてやがる。
と、俺がアゼルとファムの話を聞いて混乱したときだった。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!
どこからか身の毛がよだつほどの魔物の遠吠えが聞こえてきた。
それも1体や2体どころじゃない。
確実に10体、もしくはそれ以上の魔物の声が響いてくる。
「以外と見つかるのが早かったね」
落ち着いた声でファムがアゼルに話しかけた。
「まあ、これだけの光源魔法を使っているんだ。見つからないと思うほうがどうかしている」
「それもそうか……で、どうする? 闘う?」
「いや、ここは引くぞ。今日の俺たちはあくまでも訓練で来ているんだからな」
「そうね。あらかじめすぐそこの安全地帯に地上までの転移魔法も作っておいたから、今日はここまでにして仲間の元に帰りましょうか」
そんなやり取りをしたアゼルとファムは、落ち着いた様子で立ち去ろうとする。
「待て待て待て待て待てええええええ――――ッ! てめえら、逃げる前に俺らにかけている魔法も解いていけよ!」
アゼルは両足を止めると、顔だけを振り向かせた。
「寝ぼけたこと言うなよ、クズ。そんな魔法ぐらい自力で解くんだな。言っておくが、ケンシンなら〈痙攣〉の魔法なんて気合で掻き消せるぞ」
それだけ言うと、二人は洞窟の奥へと消えていった。
「いやあああああああ――――ッ! キース、あんた勇者なんでしょう! だったらこの状況を何とかしてよ! このままだと、私たちみんな魔物に殺されちゃうじゃない!」
「アリーゼの言う通りだ! キース、お主はリーダーで勇者なんだろ! だったら早くこの状況を何とかするべきだ……うわあああああああ――――ッ! 来たあああああああああああ――――ッ!」
アゼルとファムが消えた反対側の奥から、10体以上の魔物の姿が現れた。
ゴブリン、オーク、トロール、ゴーレム、キメラなどの魔物どもだ。
「アリーゼ、状態異常回復の魔法だ! 魔力なんて完全に尽きてもいい! だから早く俺たちの状態異常を解いてくれ!」
「でも、今の私の魔力残量だと一人も回復できないかもしれないよ!」
「そんなものやってみなければ分からんだろ! いいから拙者たちの誰でもいいから回復させろ! このままでは全滅だ!」
くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそおおおおおおおおおお――――ッ!
こんなところで全滅してたまるか!
俺はいずれ全世界に名を轟かせる本物の勇者になるんだ!
だからこんなところで死んでたまるか!
などと俺が心の底から生き延びたいと強く願ったときだ。
右手に持っていた《神剣・デュランダル》が強い光を放ち始めた。
「うおっ!」
直後、俺は信じられないとばかりに自分の身体を確認する。
「し……痺れが取れた!」
今ほどまで全身を蝕んでいた強烈な痺れがまったく消えたのだ。
俺は機敏な動きで立ち上がると、右手に持っていた《神剣・デュランダル》を見つめた。
そう言えば国王から《神剣・デュランダル》を渡されたあと、大臣がこの《神剣・デュランダル》が持つ特殊な効果について色々と話していた気がする。
神剣を手に入れた嬉しさで詳しく聞いていなかったが、強い意志の力に反応して持ち主のみの状態異常などを回復することもできると言っていたような……。
「まあ、この際どうだっていい。こうして痺れの効果が無くなったのは確かなんだからな」
だったらあとはやることは一つだ。
俺はアゼルとファムが消えたほうに向かって走り出そうとする。
「ちょっと待ってよ、キース! あんた一人だけでどこに行く気なのよ!」
「まさか、自分一人だけで逃げるつもりか!」
ぎくり、と俺は慌てて立ち止まった。
「に、逃げるんじゃねえよ……え~と……あ、そうだ! た、助けを呼びに行くだけだ。きっとあの二人が向かった先に安全地帯があるに違いない」
俺はとっさに思いついた言葉をまくし立てる。
「それにあいつらは安全地帯に地上への転移魔法を作っていると言ってやがった。だったら、その転移魔法で地上に助けを呼びに行くことができるだろうが」
すると俺の言葉にアリーゼとカチョウは顔を蒼白にさせた。
「嘘でしょう! そんな暇があるくらいなら、あんたが私たち二人を背負ってでも安全地帯に連れて行ってよ! そのほうが確実に全員とも助かるでしょうが!」
「アリーゼの言う通りだ! それぐらい勇者ならばするべきだろうに!」
うるせえな……お前らの命より勇者の俺のほうが何百倍も価値があるんだ。
その勇者がこんな中級ダンジョンで死ぬなんて国が許さねえんだよ。
そうさ、もしもアリーゼとカチョウがここで死んでもそれは仕方がない。
この勇者であるキース・マクマホンのための尊い犠牲になるんならな。
などという結論に至った俺は、
「馬鹿野郎ども! 俺一人でお前ら二人を連れて安全地帯まで行けるわけねえだろ! 常識で考えろ!」
と、二人に対してこの部分だけ本音を言った。
「それに見捨てるわけじゃない。助けを呼びに行くだけだ。いいか、俺が帰ってくるまで持ち堪えろよ」
そう言うと俺は、今度こそ安全地帯に向かって駆け出す。
後方から「裏切者!」という声が聞こえてきたが、今の俺にはまったくこれっぽっちも響かない。
そして――。
俺は自分の命を最優先にして、この場から逃げ去ったのだった。
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