空手家は勇者より最強だ!

~勇者たちから無能と罵られて追放された空手家の俺は、あいつらの没落など気にせず、可愛い弟子たちと武の頂点を目指す~
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)

道場訓 二十七   前門の大猿、後門の巨竜

公開日時: 2022年3月25日(金) 19:08
文字数:3,265

「うわああああああああああ――――ッ!」


 阿鼻叫喚あびきょうかんとはまさにこのことだった。


 大草原の一角に冒険者たちの悲痛な叫びが響き渡る。


 無理もない、とエミリア・クランリーこと私は思った。


 圧倒的な恐怖とはこういうことを言うのだろう。


 Sランクのギガント・エイプと、同じくSランクのレッド・ドラゴン。


 この二つの絶望を絵に描いたような巨悪に囲まれ、正気を保てた者など200人の冒険者の中でも上位ランクの冒険者しかいない。


 事実、私の周囲にいた下位ランクの冒険者たちは突飛とっぴな行動を始めた。


 泣きながら何もかも捨てて逃げ出す者。


 その場にうずくまって神に祈り始める者。


 たましいが抜けたように呆然ぼうぜんと立ち尽くす者。


 ただし下位ランクの冒険者の中には、絶望の権化ごんげとも呼べるギガント・エイプに立ち向かう者たちもいた。


 勇敢ゆうかんさからではない。


 気が激しく動転どうてんしたことによる狂気の沙汰さただ。


 そして――。


「ウキャキャキャキャキャキャキャ――――ッ!」


 ギガント・エイプは狂気をふくんだ叫び声を上げながら、自分に向かってくる下位ランクの冒険者たちを一人残らず血祭りに上げていく。


 それは闘いではなく、一方的な殺戮さつりくだった。


 ギガント・エイプが腕をぎ払えば血の雨が降り注ぎ、蹴り上げれば冒険者たちの身体が天高く飛んで地面に落下する。


 当然ながら全員が全員とも即死だ。


 だが、そんな下位ランクに混じって上位ランクの冒険者たちが動いた。


 中距離用の長槍や薙刀なぎなたを持った上位ランクの冒険者たちは、何とかすきを見つけてギガント・エイプの肉体に攻撃したのだ。


 けれども長槍や薙刀なぎなたで肉体を突いたとしても、遠目からでもギガントエイプの肉体がみっちりと鋼の筋肉が詰まっていることは一目瞭然いちもくりょうぜんだった。


 しかも白と黒の斑模様まだらもようの毛もかなりの硬度こうどがあるのだろう。


 鋼鉄製の長槍や薙刀なぎなたの刃を受けてもギガント・エイプは平然としている。


 まったくギガント・エイプの肉体に刃がさっていないのだ。


「キャキャキャキャキャキャキャ――――ッ!」


 ギガント・エイプは高らかに笑いつつ、上位ランクの冒険者たちを返りちにしていく。


 5メートル以上ある巨体をフルに活用し、圧倒的な身体能力で死体の山をきずいていくギガント・エイプ。


 一方、反対側ではレッド・ドラゴンが冒険者たちに猛威もういを振るっていた。


 Aランク以上のダンジョンの最下層にいる竜種りゅうしゅの王――レッド・ドラゴン。


 尻尾まで合わせれば20メートルはあるだろうか。


 肉体は鋼のような硬いうろこおおわれ、全身は血をびたように真っ赤だ。


 口内の隙間すきまからのぞく牙は太く鋭い。


 四肢ししの先端にある爪も、人間はおろか巨木すら一撃でぎ倒すだろう。


 翼竜よくりゅうとも呼ばれていたワイバーンとは明らかに違う。


 まさに竜種りゅうしゅの王たる威厳いげんが全身からありありと感じられる。


 これが本物のドラゴンなんだ。


 私は気力アニマのおかげなのか、正気を失わずに冷静に場を見渡すことができた。


 その中でも私が一番目を引いたのはレッド・ドラゴンだ。


 ちまたで流行っている小説などにはドラゴンがよく登場している。


 私もそのような小説が好きだったのでよく読んでいた。


 虚構きょこうの世界では主人公たちの強さを引き立たせる役割のドラゴンたち。


 強大な相手として登場しても、最後には主人公たちに倒されるドラゴンたち。


 どんなに大きく、どんなに恐ろしく、どんなに強くても、小説の中に登場する主人公たちには倒される運命のドラゴンたち。


 そんな小説の中にはドラゴンが主人公たちと意思疎通いしそつうできたり、それこそ頼りになる仲間や友人として描かれることも多かった。


 そのため実際に本物のドラゴンを見たことのない人間は、もしかしたら現実でも意思疎通いしそつうができるかもという思いをいだいていた人間もいたかもしれない。


 私がそうだった。


 人間と同じくらいかそれ以上の知能があるというドラゴンの中には、人間を仲間として見てくれる個体もいるかもしれないというあわい幻想があったのだ。

 

 しかし、そんな馬鹿げた妄想もうそうは本物を目の前に一瞬にして崩れ去った。


 ヴォオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 大気を震わせる咆哮ほうこうとともに、レッド・ドラゴンは巨大な鉤爪かぎづめ縦横無尽じゅゆおうむじんに振るわせる。


 大地に降り注ぐ冒険者たちの鮮血や臓腑ぞうふ


 周囲からは耳をふさぎたくなるほどの悲鳴がとどろき、鼻が曲がりそうな臓物臭ぞうもつしゅうが立ち込める。


 そんな地獄絵図じごくえずと化した戦場の中、私と同じように呆然ぼうぜんと立ち尽くしていたキキョウさんに動きがあった。


「ああああああああああ――――ッ!」


 キキョウさんは気が狂ったように大声を上げ、刀を構えたままレッド・ドラゴンに突進していく。


 今、向かったらダメ!


 私はハッと我に返ると、すぐさま地面を蹴ってキキョウさんの後を追った。


 気力アニマで強化された私の肉体は瞬時にキキョウさんに追いつき、背中からがっしりとキキョウさんを抱き締めて動きを静止させる。


 そして私はキキョウさんを抱き締めたまま真横に大きく飛び、地面に倒れたあとはキキョウさんも一緒に伏せるような態勢を取った。


「お主、一体何を――」


 と、キキョウさんが私をにらみつけた直後だった。


 レッド・ドラゴンは私とキキョウさんが数秒前にいた場所に火炎を吐いたのだ。


 ボオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 熱風とともに巨大な火炎が冒険者たちを焼き尽くす。


 その威力は凄まじいの一言だった。


 触れなくても肌を焼きがすほどの火炎は、冒険者だけではらず地面すらも沸騰ふっとうさせてドロドロにかしていく。


 間一髪とはこのことだった。


 もしも私が少しでも動くかどうか逡巡しゅんじゅんしていれば、キキョウさんと私は火だるまになりながら死んでいただろう。


「キキョウさん、大丈夫ですか?」


 私がそうたずねると、キキョウさんは再び私をにらみつけてくる。


「よ、余計な真似をするな。あれぐらい、拙者せっしゃならば容易たやすけられた」 


 こんなときに強がりなんて言わなくてもいいのに。


 いくら私でもキキョウさんが意地を張っていることぐらい分かった。


 だが、今はそんな強がりや見栄を張っている場合じゃない。


 何とか全員の力を合わせて時間をかせぐべきだ。


 などと思ったとき、私はキキョウさんの胸元からこぼれ落ちたに気づいた。


 ガラス製の小瓶こびんだ。


 え? これって……。


 最初は回復薬ポーション魔力回復薬マジック・ポーションのどちらかと思ったが、中身の液体の色からしてどちらでもない。


 回復薬ポーションは青色で魔力回復薬マジック・ポーションは赤色をしているのに、キキョウさんが持っていた小瓶こびんの中身の液体は乳白色だったのだ。


「やめろ! 見るな!」


 キキョウさんは大慌てで小瓶こびんかすめ取ると、すぐさま自分のふところに仕舞い直す。


「キキョウさん。あなた、まさか非合法の……」


 私が真相をいただそうとしたのもつか、ふと気がつくとレッド・ドラゴンの狂暴な双眸そうぼうがこちらに向けられていた。


 それだけではない。


 反対側からもギガント・エイプが凶悪な笑みを浮かべながら近づいてくる。


 このとき、私の脳裏に今までの記憶が走馬灯そうまとうのようによぎった。


 魔抜まぬけと分かった途端とたんに、私とのえんを簡単に切った王家の一族。


 箱庭で魔抜まぬけの私にも武術を教えてくれた最初の師匠。


 私に優しく接してくれた冒険者ギルドの人たち。


 そして――。


 ケンシン師匠……。


 私は二人目の師匠と決めた空手家からてかの姿を思い浮かべた。


 そのときだ。


「〈神遠拳しんとうけん〉!」


 腹の底にまで響くような声が聞こえてきた。


 同時に二つの黄金色の光のかたまりがどこからか凄まじい速度で飛んで来る。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 その二つの光のかたまりはギガント・エイプとレッド・ドラゴンの腹部に直撃した。


 大草原にとどろくギガント・エイプとレッド・ドラゴンの悲痛な叫び。


 致命傷ちめいしょうにはならなかったようだが、確実にギガント・エイプとレッド・ドラゴンにダメージを与えたようだった。


 ギガント・エイプとレッド・ドラゴンは苦痛に顔を大きくゆがめている。


 私はその光のかたまりが飛んで来たほうに顔を向けた。


 キキョウさんも他の冒険者も、自然と私と同じ方向に視線を移す。


「あ……ああ……」


 私は歓喜かんきに打ち震えた。


 今ほどまで全身をむしばんでいた、恐怖というくさりが音を立てて千切ちぎれていく。


「エミリア、無事か!」


 そこには二人目の師匠と決めた空手家からてか――ケンシン師匠の姿があった。


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