俺は「ジャイアント・エイプの首だろうが」と呟くと、カチョウから地面で死んでいるゴブリンどもに顔を向ける。
魔物討伐の依頼任務を請け負った場合、冒険者ギルドから報酬を貰うには条件があった。
それは討伐した魔物の肉体の一部を切り取って提出することだ。
ゴブリンやオークならば特徴的な耳や鼻という具合にだった。
けれども、俺たちに今回の依頼任務を指示してきたのは王宮である。
その王宮からは討伐した証拠として耳や鼻などの身体の一部ではなく、ジャイアント・エイプの首を丸ごと証拠品として提出するように言われた。
おそらく、身体の一部の提出だけでは小細工をされる可能性があると思われたのだろう。
冒険者の中には自分で魔物の討伐を行わず、他の冒険者に頼んで討伐した魔物の一部と自分たちのアイテムを交換するといったことがある。
それはそれで別に冒険者ギルドの規定を破る行為ではない。
たまに物好きなベテラン冒険者が、金のない新人のために行ったりすることもあったからだ。
けれども神剣を没収した王宮としては、神剣を返す条件として俺たちにそのような行為でジャイアント・エイプを討伐して欲しくはなかったのだろう。
そこで王宮が提案してきたのはジャイアント・エイプの生首だった。
さすがに近年の冒険者で魔物の生首を冒険者ギルドに持ち込む奴はいない。
手間が掛かる上に運搬する時間も掛かるからだ。
だからこそ、王宮は神剣を返す条件として生首を持ち帰ることを出してきたのだろう。
生首を持ち帰ることを条件にすれば、さすがの俺たちに不正は出来ないと思ったに違いない。
ただ、やはりそうなると問題なのは首尾よくジャイアント・エイプを倒した後の処置と運搬だった。
ジャイアント・エイプは3メートルもある猿型の魔物だ。
身体もそうだが頭もそれなりにデカい。
上手く倒して首を斬り落としたとしても、その首を王宮まで持ち帰るのは中々に骨が折れる。
しかも魔物は人間よりも死ぬと腐るのが早いため、首を持ち帰ろうとしたら塩漬けなどをして防腐処理をしなくてはならない。
どちらにせよ普通の魔物討伐よりも手間が掛かり、なおかつ箱の中に塩漬けをしたジャイアント・エイプの首を持ち帰るのは非常に面倒臭かった。
しかし、それも〈怪力〉のスキルを持つカガミがいれば安心だ。
持ち運びが面倒で、かつ重いジャイアント・エイプの首を1人で持たせればいいのだから。
もちろん、それはカガミも了承した上で今回の依頼任務に参加している。
だが、ここで俺が暴力を振るえばカガミはすぐに俺たちから逃げ出すだろう。
それがカチョウとアリーゼにも分かったから、俺のカガミに対する暴力行動を戒めるようなことをしたのだ。
「お前の気持ちも痛いほど分かるが、ここは少しばかり我慢しようではないか。俺たちは国から認められた勇者パーティーであり、お前は神剣を賜った勇者なのだ。たった一時の間違いで神剣は没収されたものの、今回の依頼任務を成功させればすべて元に戻る」
しかし、とカチョウは真剣な顔で言葉を続ける。
「ここでお前が感情に任せて動けばそれも水泡に帰すかもしれん。さすがに俺たちだけでジャイアント・エイプの首を持ち帰るのリスクが高すぎる。特にこのような森の中ではな」
カチョウの言いたいこともよく分かる。
〈怪力〉のスキルを持っているカガミがいれば話は別だが、そうでないのならジャイアント・エイプの首を持ち帰るのに戦力が1人分欠いた状態になってしまう。
その状態で他の魔物に襲われでもしたら、それこそ手酷いダメージを負う可能性もあった。
「……分かったよ。あいつに手を上げるようなことはしねえ」
俺は身体の底から込み上げてきた怒りをぐっと堪えた。
「うむ、それでこそ勇者だ……よし、それでは気を取り直して進もうぞ」
俺は渋々と首を縦に振った。
その後――。
俺たちはカガミにはケンシンの言われたことを守りながら進むということを条件に納得してもらい、慎重に周囲を警戒しながら森の奥へと進んだ。
出発して30分ほど経っただろうか。
やがて俺たちは森の中でも開けた場所へと辿り着いた。
どうやら職人街の職人たちが重宝している鉱物の採掘場のようだ。
そこは人間の手で木々を伐採して無理やり開けさせた形跡や、魔法ではなく道具を使って地面を掘り起こしたような痕跡が多く見受けられた。
だが、俺たちが見つけたのはそれだけではない。
「……俺たちは運がいいな。ちょうどいやがった。しかも1体だけみたいだぜ」
木々の隙間から様子を窺っていた先に、標的のジャイアント・エイプの姿を見つけた。
間違いない。
黒と白の斑模様の猿に似た体格はジャイアント・エイプだ。
しかもジャイアント・エイプは地面に寝そべって昼寝をしていた。
これは千載一遇の好機だ。
標的が寝ている隙に3人で取り囲んで一気に倒してやる。
「カチョウ、アリーゼ。いいか? 相手は都合よく爆睡中でしかも1体のみだ。余計な作戦など立てずに一気にぶっ倒すぞ」
「承知した」
「OK、任せて」
そう言って俺たちがジャイアント・エイプに近づこうとしたときだ。
「待ってくださいッス」
またしてもカガミが邪魔をしてきた。
「相手はBランクの魔物のジャイアント・エイプッスよ。賢さだけならゴブリンの比じゃないッス。ここはもっと様子を見た上で作戦を立てるべきッス。少なくともケンシンさんならそうしたはずッス」
……ピキピキピキ。
この発言にはさすがの俺も本当に我慢の限界を迎えた。
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