空手家は勇者より最強だ!

~勇者たちから無能と罵られて追放された空手家の俺は、あいつらの没落など気にせず、可愛い弟子たちと武の頂点を目指す~
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)
岡崎 剛柔(おかざき・ごうじゅう)

道場訓 三十四   本当の武人の生き様

公開日時: 2022年3月28日(月) 20:07
文字数:4,308

 冒険者ギルドを出ること数分――。


 俺とエミリアは路地裏にあった、それなりの広さがある空地あきちへと辿たどり着いた。


 一足先に到着していたキキョウは、空地あきちの真ん中で仁王立におうだちしている。


「それで? こんなところに来てどうするんだ?」


 俺がキキョウにたずねると、キキョウは真剣な表情のまま口を開いた。


「ケンシン・オオガミ殿どの……拙者せっしゃ死合しあっていただきたい」


 一瞬、俺は何を言われているのか理解できなかった。


? それはここで俺といたいってことか?」


 いとは、武術用語で互いに一対一で勝負するという意味だ。


 キキョウは小さく首を左右に振った。


「ただのいではない。拙者せっしゃはお主と死合しあいたいともうしている」


「……一ついておきたいんだが、お前が言うというのは単純に技をきそためし合いのほうの試合しあいか? それとも互いに命をけて勝負するほうの死合しあいか? どっちだ?」


「むろん、後者のほうだ」


 ふむ、と俺は特に動じずに両腕を組んだ。


 どうやらキキョウは本気で俺と命のやり取りをしたいらしい。


 俺も物心ものごころついた頃から生死を彷徨さまようほどの修行をしてきた身だ。


 こと闘いにおいては、相手が嘘か本当かを言っているのかぐらい見抜ける。


 ただ、どうしてキキョウが俺と死合しあいたいのかが分からない。


 キキョウと出会ってから今までの記憶をざっと思い返してみても、死合しあいを申し込まれるほどの恨みを買った覚えは少なくとも俺にはなかった。


 だとすると、直接的な恨みを買っているのは俺ではなく……。


 ちらりと俺は隣にいたエミリアを見る。


 もしかすると、食事をする前にエミリアから相談されたキキョウのが関係しているのか?


 もしそうならば、エミリアもここに連れて来た理由に納得がいく。


「なぜ、拙者せっしゃがそなたに死合しあいを申し込んだのか分かるか?」


 俺はエミリアからキキョウへと顔を向けた。


 切羽詰せっぱつまった表情のキキョウからは、見るからにあせりと緊張の色がうかがい知れる。


「そうだな……正直なところ、俺には心当たりがない。だから理由を教えてくれないか?」


 俺は自分が発した言葉の中で、という部分を特に強調させてみたことでさぐりを入れてみる。


 当たっているのなら、何かしらの反応が返ってくるはずだ。


「なるほど……どうやらその口振くちぶりだと、そこの一番弟子から拙者せっしゃについて聞いているようだな」


 どうやら俺の予想は当たっていたらしい。


「お前が使っているかもしれない、非合法な魔薬まやくのことか?」


 ぴくり、とキキョウの目眉めまゆがあからさまに動いた。


 どうやら確実に使っているようだ。


「エミリアから聞いたときは少しだけ驚いた。まさか、俺に対して非合法の魔薬まやくを使っているとののしりながら、実際はその発言した本人が使用していたとはな」


 俺の言葉にキキョウは下唇をみ締めた。


 そして、ぼそりとつぶやく。


「……軽蔑けいべつしただろう?」


軽蔑けいべつ? 誰にだ?」


「とぼけるな!」


 突如とつじょ、キキョウは鬼気ききとした表情で声を荒げた。


「勇者パーティーに所属する偉大な兄を持ち、冒険者の中でも一目置いちもくおかれていたAランクの拙者せっしゃにだ!」


 キキョウは左腰に差されていた大刀のつかに右手をえる。


「今のお主からすれば拙者せっしゃなど、何度殺しても殺し足りないぐらい憎い相手だろうな……ふっ、当然だ。あれだけ大勢の前でののしった拙者せっしゃこそ、実は非合法な魔薬まやくを常習していた人間だったのだからな」


 直後、キキョウはすらりと大刀を抜き放った。


「そしてダンジョンの下層や裏闘技場だけならいざ知らず、平時においても日常的に非合法な魔薬まやくを使っている冒険者など害悪に過ぎん。たとえどのような理由があろうとも、そんなことをした時点でその冒険者は終わりだ」


 キキョウは両手で持った大刀を顔の横に立てるように構えた。


 八相はっそうと呼ばれる、ヤマト国の剣術の構えだ。


 それでも俺は構えず、平然へいぜんとした態度でキキョウを見つめる。


「お前が日頃から非合法な魔薬まやくを使っているのは分かった。だが、それでお前が俺に死合しあいをいどんでくる意味が分からん」


 キッ、とキキョウは俺を鋭くにらんでくる。


「隠さなくてもよい。どうせお主は拙者せっしゃののしられた腹いせに、もう他の冒険者たちに言いらしているのだろう? ケンシン・オオガミにえらそうなことを言っていたキキョウ・フウゲツこそ、日常的に非合法な魔薬まやくを使っていた恥知らずであり、しかも〈魔の巣穴すあな事件〉では何も力を発揮はっきできなかった臆病者おくびょうものだと……」


 俺はキキョウの目に薄っすらと涙が浮かんでいたことに気づいた。


「ならば、もう拙者せっしゃは冒険者として終わりだ。そのうわさは立ちどころに広まり、やがて兄上の耳にも届くだろう。そうなれば兄上にも多大な迷惑がかかる。妹として責任は取らなくてはならん。この命をもってしてな」


 そのとき、俺の武術家としてのかんが最大限に働いた。


 こいつ、まさか……。


 俺が目眉めまゆを強く寄せた直後、キキョウはふところから小さな小瓶こびんを取り出した。


 親指一本で上蓋うわぶたを開けて、一気に中身を飲み干す。


 すると、キキョウの身体から凄まじいほどの魔力マナき上がった。


 その魔力マナは燃え盛る業火ごうかのようにキキョウの全身をおおい尽くしていく。


「だが、拙者せっしゃにもサムライとして……武人としての矜持プライドがある。どうせ死ぬなら英雄にいどんで死にたい。さあ、ケンシン・オオガミ殿どの。そなたを大衆の面前めんぜんののしった、この馬鹿な女の剣を受けてくれ」


 そして――。


神威かむい一刀流いっとうりゅう、キキョウ・フウゲツ――死して参る!」


 次の瞬間、キキョウは放たれた弓矢のように突進とっしんしてきた。


「せやあああああああ――――ッ!」


 キキョウは裂帛れっぱくの気合とともに、疾風しっぷうのような斬撃を繰り出してきた。


 その斬撃は空中に銀色の閃光をほとばしらせながら、吸い込むように俺の急所へと立て続けに飛んでくる。


 しかし、俺はキキョウの斬撃をことごとく回避かいひした。


 袈裟掛けさがけの斬撃には、後方にぶことでけ――。


 真っ直ぐ飛んで来た突きには、身体をひねってかわし――。


 横一文字よこいちもんじの斬撃には、大きく身体をしずみ込ませるなどして回避かいひしていく。


「な、なぜだ!」


 どれぐらいキキョウの攻撃をけ続けただろう。


 さすがのキキョウも俺から距離を取り、荒ぶる呼吸を必死に整え始めた。


「なぜ、反撃してこない! お主なら、いつでも拙者せっしゃからせん(カウンター)を取れるだろうに!」


 まあな、と俺は毅然きぜんとした態度で答える。


「人間の身体の構造は例外をのぞいて皆同みなおなじだ。そして、そんな人間が手にした剣での太刀筋たちすじなんて9つしかない。上中下、真ん中、左右、斜めのな。それに俺はお前のみ込みの位置や手首の動きを見て、ほぼ100パーセントの確率で斬撃の軌道きどうを読める」


「だったら――」


 なぜだ、とキキョウが言う前に俺は言葉を発した。


「もういい加減に刀をおさめろ。今のお前に俺は斬れないし、俺は自暴自棄じぼうじきになっている奴の望むようなことは絶対にしないぞ」


 キキョウもそこでようやく気づいたのだろう。


 自分の狙いを俺がすでに見透みすかしていることに。


 しかし、キキョウはあきらめなかった。


 キキョウは再びふところからもう一本の小瓶こびんを取り出すと、ふたを開けて中身を飲み干したのだ。


 この馬鹿野郎!


 俺が心中で叫んだのも束の間、キキョウは胸を押さえて苦しみ出した。


 非合法な魔薬まやく過剰摂取かじょうせっしゅによる副作用だ。


「ああああああああああああ――――ッ!」


 断末魔だんまつまの叫びを上げたキキョウは、そのまま前のめりに倒れ込む。


 それだけではない。


 キキョウは乳白色の吐瀉物としゃぶつを吐き出しながら、全身を小刻みに震わせ始めた。


 そんなキキョウに俺とエミリアは一目散いちもくさんに駆けつける。


 俺はすぐにキキョウの身体を仰向あおむけにすると、上半身だけを抱き起した。


「この馬鹿野郎が。どうして自殺なんて選んだ」


 俺が小さく叫ぶと、エミリアが驚いたように目を丸くさせる。


「え? ケンシン師匠、どういうことですか?」


「どうもこうもない。こいつは自分の悪評あくひょうが兄のカチョウに行くのを恐れて、悩んだ末に自殺を選んだんだ。俺に命をけた死合しあいを申し込み、俺に殺されるなんていう馬鹿な自殺をな」


「そ、そんなことで簡単に死を……」


「ヤマト国のサムライの性質さがってやつさ。良くも悪くも死生観しせいかんが狂ってるんだ……何て言っている場合じゃないな」


 さて、どうする。


 このままだとキキョウの命はあまり長くない。


 全身に強力な魔力マナあふれているものの、自分自身で制御できていないためその強力な魔力マナみずからの肉体にダメージを与えてしまっている。


 それは魔力マナの暴走とも言えた。


 しかもその暴走の仕方が普通よりもおかしい。


 まるで体内で疑似的ぎじてき魔力マナを作り出しているような感じさえある。


 おいおい、まさか。


 最初に会ったときにも感じたが、キキョウは俺たちと同じかもしれない。


 生まれつき魔法が使えない魔抜まぬ……。


 そこまで考えたとき、キキョウは俺の腕の中で暴れ出した。


 顔は真っ青になり、ひたいからは大量の汗がにじみ出ている。


 呼吸は荒くなる一方で、全身の震えもどんどん強さが増していく。


「こ……して……」


 キキョウは朦朧もうろうとしていた意識の中で、俺の空手着からてぎ襟元えりもとつかんでくる。


「た……頼む……殺し……殺してくれ……」


 このとき、俺の脳裏のうりに半年前の――戦魔大戦せんまたいせんでの記憶の一部がまざまざとよみがえってきた。



 ……お願い、ケンシンさん……わたしを……わたしを殺して……


 

 嫌だ、と俺は強く頭を左右に振った。


 あんな思いをするのはこりごりだ。


 もう、俺の手の中で女を死なせたくない。


 俺はキキョウに対して「ふざけるなよ」と一喝いっかつした。


「そんな気概きがいがあるのなら、自殺なんて選ばず死んだつもりになって生きてみろ! はじも何もかもすべて受け入れ、生まれ変わったつもりで生きてみろ! それが本当の武人の生きざまってもんだろが! 安易あんいな死を選んで勝手に責任を取ったつもりになるな!」


「け……ケン……シン殿どの……」


 俺の名前を口にしたあと、キキョウは意識を失った。


 死んだわけではない。


 だが、明らかにその一歩手前まで来ている。


「ケンシン師匠、どうしましょう! このままじゃ、キキョウさんが……」


 分かっている。


 だが、ここでは対処できない。


「そうだ、ケンシン師匠。私のときのように、ケンシン師匠のスキルの中なら治療ができるのでは?」


「俺もそれは考えた。ただ、今の魔力マナが暴走している状態のキキョウでは【神の武道場】の中には入れない。万が一、上手く入れたとしてもすぐに強制排除になる」


 だとするとやはり医者にせるのが妥当だとうだろうが、非合法な魔薬まやくの副作用の処置ができる専門医を今から探す時間なんてあるだろうか。


 くそッ、どうすれば。


 そう思いながら俺が奥歯をきしませたときだ。


「みーつけた」


 空き地の入り口から凛然りんぜんとした声が聞こえてきた。


 俺は声が聞こえてきたほうへ顔を向ける。


「ようやく見つけたで。うちの勇者さま」


 そこにはクレスト教の聖服せいふくを着た、見知らぬ銀髪の少女が立っていた。


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