「一人になるのも久しぶりだな」
俺は誰に言うでもなく呟いた。
中央街にあった冒険者ギルドを後にした俺は、そのまま大通りを突き抜けて東にある商業街へと向かっている。
目的は商業街にあるもう一つの冒険者ギルドに行くためだ。
このリザイアル王国には各地区において冒険者ギルドが存在している。
先ほどキースたちといた冒険者ギルドは、この国の冒険者ギルドを統括する本部ギルドだった。
中でも冒険者ギルド本部は貴族や大商人たちからの依頼が多い。
それこそ依頼ランクもほぼBランクからという、初心者や中堅の冒険者たちには荷が重いクエストばかりなのだ。
そうなると必然的に、冒険者の本部ギルドには上位ランクの冒険者しか立ち寄らなくなる。
大金目当ての上位ランクの冒険者たちには使いやすいのだろうが、半端な腕前の冒険者が身の丈に合わないクエストを引き受けた場合は目も当てられない。
「あいつら……本当にこれから大丈夫なのか?」
今までクエスト内容の精査やアイテムの管理などは俺が引き受けており、特に魔物の討伐クエストで迷宮に潜るときほど入念に前準備を整えていた。
何をしていたのかなんて一つしかない。
キースたちでも上位の魔物を討伐できるように、俺は先に迷宮に潜って討伐対象の魔物たちを空手で弱らせていたのだ。
それでもキースたちが負けそうになったことなど一度や二度ではなかった。
魔物だって馬鹿じゃない。
単純な攻撃ばかりを繰り返していたら、パターンを読んで思いがけない攻撃をしてくるものだ。
そのときは俺も空手とは別な力を使うしかなかった。
確かに俺は魔力が0なので魔法の類は一切使えない。
だが、俺には魔力とは別に気力という力が使える。
そしてこの気力という絶対的に使い手が少ない特殊な力を使えることこそ、世界中で俺しか顕現させることができない希少な継承スキル――【神の武道場】の使用を可能にすることに繋がっているのだ。
しかしこの【神の武道場】という〈スキル〉は、魔力を持つ者の出入りを激しく拒む。
なぜかは俺も分からない。
何せ【神の武道場】は俺のご先祖さまが数百年前に闘神から空手の技とともに授かった特別な〈スキル〉なのだ。
おそらくご先祖さまはそのときに、魔力よりも気力を持つ者が最優先で【神の武道場】を使えるという条件を闘神と交わしたのではないか。
というのが俺の師匠であった祖父の見解だった。
まあ、それでも魔力を持つ者が【神の武道場】を使えるようになる条件がないこともない。
しかし、以前にその条件を常人よりも魔力残量が大きかったキースたちに話したところ、キースたちは激しく怒り狂い険悪なムードになってしまったものだ。
「あいつらも俺の【神の武道場】で修行すれば、半年も経たずにこの大陸で最強クラスの実力者になっていただろうにな。だが、今のあいつらの本当の実力だと俺のサポートなしでBランクの迷宮に潜るのすら危ういぞ……」
俺は独りごちると、すぐに頭を左右に振った。
いや、もうそんなことを考えるのも止めよう。
それにキースたちも決して間抜けじゃない。
俺のサポートがなくても、きっと三人で上手くやっていけるはずだ。
それこそ迷宮などに潜るさいには俺が今までしてきたように、きちんとマップの確認や予備も含めたアイテムを持って慎重に向かうはず……だよな?
などと俺が一抹の不安を覚えたときだ。
どこからか女の叫び声が聞こえてきた。
俺はすぐに全力で集中力を高めて声の発生源を探る。
どうやら叫び声はすぐそこの路地裏を抜けた先から聞こえてきたようだ。
物取りか? それとも強姦か?
どちらにせよ、早く行かないと手遅れになってしまうかもしれない。
俺は地面を蹴って目的の場所へ駆け出した。
本気で疾走した俺は一陣の風となり、瞬く間に目的地へと到着する。
路地裏の中の開けた場所には、数人の黒ずくめの男たちに囲まれていた二人の少女たちがいた。
「クソッ、この外道どもが!」
少女の一人が黒ずくめの男たちに向かって荒げた声を上げる。
年の頃は16歳ほどだろうか。
一本一本が価値のありそうな金色の髪をしており、透き通るようなきめ細やかな肌をしている。
顔立ちも恐ろしく整っていた。
高級娼館の女たちと同等なほどの美貌の持ち主だ。
ただ、何というか高級娼婦たちとは別種の美と威厳がひしひしと感じられる。
まるで貴族か王族を彷彿させる存在感だ。
けれども、弱々しい感じはあまりなかった。
それなりに肉体は鍛えられ、何かしらの武術の心得があるに違いない。
そして動きやすそうな服の上から革鎧を着ているところを見ると、金髪の少女は十中八九だが冒険者なのだろう。
一方、もう一人の少女は10歳にも満たないただの子供だった。
姉妹だろうか? いや、髪の色や顔立ちからして違うな。
10歳にも満たない少女の髪の色は栗色で、金髪の少女に比べると全体的に町娘感が明らかに強い。
なるほど、そういうことか。
おそらく、最初に狙われたのは子供のほうなのだろう。
そこを金髪の少女が通りかかり、冒険者の正義感を発揮して助けたに違いない。
だが、明らかに多勢に無勢だ。
これでは金髪の少女は子供を連れて逃げることもできない。
しかもよく見ると、金髪の少女の右肩には大きな切り傷があった。
血のにじみ具合からしてナイフの類で斬られたのだろう。
俺がおおよその事情を飲み込めたとき、少女たちを囲んでいた黒ずくめの男たちに動きがあった。
「おい、さっさとそのガキを渡せ。それとも痛い目に遭いたいか?」
「ひひひ、いいじゃねえか。どっちとも攫っちまおうぜ」
「俺も賛成だ。なあ、リーダー。この際だから二人とも連れて行こうや」
黒ずくめの男たちは、リーダー格と思しき頭までフードを被った長身の男に話しかける。
「ガキのほうは魔力残量が多いから絶好の実験体になるだろうが、そこの金髪の小娘からは魔力がまるで感じられん……おそらく、そいつは〝魔抜け〟だ」
魔抜け。
その言葉を聞いた俺は眉間に強くしわを寄せた。
間に抜けるで間抜けではなく、魔が抜けるで魔抜け。
それはこのリザイアル王国で魔法が使えない――すなわち魔力が0な人間に対する最大級の侮蔑の言葉だった。
「ええー、マジですか! あの女が魔力0の魔抜けってのは!」
「ああ、間違いない。俺の〈魔眼〉で見ても魔力が感じられないからな」
長身の男は吐き捨てるように答える。
「じゃあ、さっき言ったことは撤回しますぜ。魔抜けなんざ抱いた日には俺のモノが腐っちまう」
「ひひひ、案外と楽しめるかもしれないぜ。おい、お前が試してみろよ」
「はあ? そんなもん嫌に決まってんだろ。魔抜けの小娘を抱くくらいなら、場末の下級娼婦を抱いたほうが百倍マシだぜ」
おいおい、そこまで言うか。
この瞬間、俺は黒ずくめの男たちに対する罪悪感がすべて消えた。
最初は軽く脅してやり過ごそうとしたが、よく考えれば性根が腐りきっている犯罪者をそのまま返していいはずがない。
そう判断した俺は、おもむろに足元に転がっていた小石を拾った。
続いてへそから約9センチ下の下丹田と呼ばれる場所に意識と力を込める。
次の瞬間、下丹田で練り上げられた気力が全身へと駆け巡っていく。
すかさず俺は全身に満ちた気力をある一点――小石を握る右手に集中させる。
直後、俺は黒ずくめの男の一人に小石を思いっきり投げつけた。
空気を切り裂いて飛んだ小石が、一人の黒ずくめの男の頭部に直撃する。
バガァンッ!
頭部に小石を食らった黒ずくめの男は、鮮血と脳漿をまき散らして棒のように倒れた。
「うおっ!」
「な、何だ!」
黒ずくめの男たちは慌てふためき、そして俺のほうに顔を向けて怒声を上げた。
「て、てめえがやりやがったのか!」
「よくも俺たちの仲間を……何の魔法を使ったんだ!」
俺は黒ずくめの男たちの言葉を無視して少女たちに歩み寄った。
「大体の事情は把握した。こうして会ったのも何かの縁だ。あとは俺に任せろ」
俺の言葉に金髪の少女は唖然とする。
「あ、あなたは一体……」
「俺か? 俺の名前はケンシン――ケンシン・オオガミ」
そして俺は羽織っていた外套を脱ぎ捨てた。
「追放された空手家だ」
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