おいおい、どうなってんだ?
俺はなぜ連中から罵詈雑言が返ってくるのか分からなかった。
「見ろよ、みんな。あの野郎、どうして自分が馬鹿にされているか分からねえって面してるぞ」
「まったく哀れだよな」
さすがの俺も言われ放題なのを無視するわけにはいかない。
「て、てめえら……黙って聞いていればイキがりやがって! いい加減にその口を閉ざさねえとぶっ殺すぞ!」
「はあ? イキがるだぁ? 笑わせてくれるぜ。イキがってんのはどっちだよ。修道女1人にボロクソにやられたヘボ勇者のくせに」
「そうだそうだ。お前ら中央街の宿屋でクレスト教の修道女にコテンパンにされたらしいな。国から認められた勇者パーティーが、修道女1人にやられるってどれだけ弱えんだよ」
「ど、どうしてそれを……」
俺は全身をビクッと震わせて固まってしまった。
「え? 何それ? 本当に? 初耳なんですけど」
「マジだって。その修道女は宿屋の主人にそいつら勇者パーティーの後始末を頼んだらしいからな。そんで本当は宿屋の主人も客のことは秘密にするらしいんだが、そいつらは何かと宿屋の主人に文句をつけてたらしいんだわ。やれ俺らが泊まる部屋が汚えだの、やれ飯がマズイのだの、どこからか女を連れて来いなど散々だったらしいぜ」
「うっわ、最悪。それじゃあ宿屋の主人も周囲に愚痴りたくなるのも当然ね」
その言葉を皮切りに、冒険者ギルド全体が笑い声に包まれる。
俺はあまりの屈辱と恥ずかしさに顔を赤らめた。
カチョウとアリーゼも同様であり、2人も表情を歪めて顔を真っ赤にさせる。
「となると、こいつらにクビにされてパーティーを追放されたケンシンさんはやっぱり無能だからクビになったんじゃなかったんだな。もしかするとこいつらにクビにされたんじゃなく、本当はケンシンさんのほうがこいつらに見切りをつけて出て行ったんじゃないのか?」
「ああ、きっとそうだな。何せケンシンさんは〈魔の巣穴事件〉で活躍した本物の英雄なんだ。こいつらみたいな修道女1人にやられるようなカスどもと大違いなんだからよ」
は? ケンシンが英雄?
俺が頭上に疑問符を浮かべた直後、それまで黙っていたカチョウとアリーゼが口を開いた。
「ちょっと待って。どうしてそこでケンシンの名前が出てくんのよ」
「うむ、〈魔の巣穴事件〉とケンシンなど無関係だろうに」
2人の抗議に冒険者たちの笑い声は一層強くなる。
「おいおい、マジかよ。こいつら〈魔の巣穴事件〉のこと何にも知らねえのか?」
「ふざけんな!」
と、今度は俺が冒険者どもに食ってかかる。
「〈魔の巣穴事件〉のことぐらい知ってるに決まってんだろ! アリアナ大森林にSランクの魔の巣穴ができて、そこから出現した魔物どもを王国騎士団と商業街の冒険者たちが一丸となって闘って殲滅と駆除をしたことぐらいな」
俺がそう言うと、冒険者の一人が「そんなもんは建前さ」と言った。
「先兵隊を務めた一部の王国騎士団たちはほぼ全滅して、商業街の冒険者たちも1000の魔物に震え上がっていたところ、一番槍を自分から名乗り出たケンシン・オオガミが根こそぎ魔物たちを討伐したんだよ。冒険者たちと協力しながらじゃねえぜ。それこそたった1人でだ!」
俺たちは意味が分からず口が半開きになった。
ケンシンが1人で1000の魔物を倒しただと?
まさか、と思った。
そんなこと普通の人間にできるわけがない。
「凄えよな。しかもSランクのギガント・エイプとレッド・ドラゴンも1人で倒したってよ」
「ああ、マジのマジらしいぞ。俺の知り合いの滅多に他人を褒めない冒険者が、まるで自分のことのように熱く喋っていたからな。しかもどうやらSSランクの冒険者たちの間でもケンシンさんを仲間にしようって動きがあるらしいぜ」
「本物の英雄だな、ケンシンさんは……いや、英雄じゃなくて本物の勇者なんじゃないのか? どこぞの化けの皮が剥がれた勇者もどきの金髪野郎とは違って」
直後、冒険者ギルドを包んでいた笑い声が一気に消え去った。
代わりに俺たちへの侮蔑の視線が突き刺さってくる。
「くっ……」
俺はぎりりと奥歯を軋ませると、カチョウとアリーゼの2人に「行くぞ」とだけ告げて出入り口の扉へと歩き出した。
「え? 待ってよ、キース」
「まだサポーターを探してないぞ」
もうそんなことはどうでも良かった。
今はそれよりもここから一秒でも早く離れたい。
これ以上、あんな下位ランクの冒険者どもの笑い者にされるのは耐えられねえ。
俺は足早に出入り口の扉を抜けて外へと出た。
そのときである。
ドンッ!
と、誰かに勢いよくぶつかった。
俺は少しだけ体勢を崩しただけで済んだが、相手のほうは後方に倒れて尻もちをつく。
「おい、危ねえだろうが! どこ見て歩いてやがる!」
そう俺がぶつかってきた相手に怒声を発すると、相手は尻もちをついたまま「申し訳ないッス」と謝ってきた。
「ああん? お、お前は……」
俺はぶつかってきた相手の顔を見てハッとなった。
「あ、誰かと思ったら【神竜ノ翼】の方々じゃないッすか?」
ぶつかってきた相手は15、6歳の黒髪黒瞳の少女だった。
160センチのアリーゼよりも頭一つ分は背が低く、着ている衣服はカチョウと同じヤマト国の道衣と袴姿だ。
そして背中には自分よりも何倍もの大きさの荷物を平然と担いでいる。
知らない相手ではない。
この特徴的な言葉使いの少女――カガミ・ミヤモトは、以前に知り合ったヤマト人のサポーターだった。
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