「ケンシン師匠！」

　意識を取り戻したエミリアは、肌が焼きつくほどの熱い視線を送ってくる。

「いや、頼むから師匠は止めてくれ」

　謙遜（けんそん）ではなく本音（ほんね）だった。

　やはり見ず知らずの少女から師匠と呼ばれるのは具合が悪い。

　まあ、それはさておき。

　俺はポリポリとこめかみを掻（か）くと、エミリアの体調を確認した。

　どうやら体内の毒は完全に消えているようだ。

　血色も見るからに良くなっており、心配していた呼吸にも異常は見当たらない。

　投与（とうよ）した薬が効いたこともあるだろうが、それ以上に俺が行った気力（アニマ）治療の効果が絶大だったのだろう。

　となると、エミリアは俺の気力（アニマ）治療を完全に受け入れるほどの、先天的な気力（アニマ）を使いこなす才能を持っていることを示している。

　その証拠の一つが俺の継承スキル――【神の武道場】にすんなりと受け入れられたことだ。

　俺の【神の武道場】は一般的に知られているスキルとはまったく異なる。

　常人には信じられないことだろうが、この【神の武道場】というスキルは自分の意志を持っていた。

　それこそ、資格のない者はたとえ神であろうとも絶対に入れない。

　逆を言えば、資格のある者ならば魔王ですら入れる。

　もちろん、現在の道場長である俺の入場許可が下りればの話だが。

　どちらにせよ、まずはエミリアが無事だったことに俺は安堵（あんど）した。

　あとはしばらく休んでいれば体力も回復してくるだろう。

　などと俺がエミリアを見つめながら思ったときだ。

「あのう、ケンシン師匠……それで、ここは一体どこなのでしょう？」

　エミリアは不安げな表情で周囲を見渡した。

　まあ普通はそうなるよな。

　俺は咳払（せきばら）いを一つすると、理解されるかどうか分からないが説明する。

「落ち着いて聞いてくれ。見ての通り、ここはさっきまで俺たちがいた商業街の路地裏じゃない。ここは俺の継承スキルである【神の武道場】の中なんだ。そして本来だったら正式な弟子以外の人間を入れることはあまりないんだが、毒に侵されていた君を助けるためにはここに連れて来るしかなかった。つまりはそういうことなんだが……理解してくれたか？」

　数秒後、エミリアは頭上に疑問符を浮かべながら小首を傾（かし）げた。

「え？　スキルの中？　か、【神の武道場】？　え？　え？」

　ああ……やっぱりな。

　エミリアが激しく混乱するのも当然だった。

　一般的に知られているスキルというのは、術者の性格や嗜好（しこう）に反映されて発動する特殊技能を指す。

　拳術（けんじゅつ）、剣術（けんじゅつ）、槍術（そうじゅつ）などに代表される戦闘武術系（せんとうぶじゅつけい）。

　縮地（しゅくち）、威圧（いあつ）、察知（さっち）などに代表される身体技能系（しんたいぎのうけい）。

　魔眼（まがん）、聖域（せいいき）、禁忌（きんき）などに代表される魔法神秘系（まほうしんぴけい）。

　これらはほんの一部だが、そのスキルにはどれも共通点があった。

　スキルというのは、あくまでも人間の身体を媒介（ばいかい）にして発動する。

　けれども俺の【神の武道場】のように、ス（・）キ（・）ル（・）の（・）中（・）に（・）人（・）間（・）が（・）入（・）れ（・）る（・）ス（・）キ（・）ル（・）というのは一般的にとても珍しいのだ。

　先代の道場長であった祖父の話によれば、このようなスキルを生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）というらしい。

　しかも世界中で顕現（けんげん）できる人間が10人いるかどうかの希少（レア）スキルなのだから、エミリアが心の底から驚くのも無理はなかった。

　むしろ生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）という名称で分類されている希少（レア）スキルが存在していることですら、一般人や普通の冒険者は知らないだろう。

　それこそ知っているのは【火之迦具土（ひのかぐつち）】や【白銀の夜明け団】などのSS（ダブルエス）ランク以上の冒険者かギルドマスターだろうか。

　他にも知っているとすると、特殊な魔法やスキルに詳しい一部の貴族や王族だけかもしれない。

　そう俺が考えていると、エミリアは何かに気づいたように声を上げた。

「ケンシン師匠……ここがスキルの中ということは、もしかしてケンシン師匠のスキルというのは生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）のスキルなのですか！」

　エミリアの言葉を聞いて俺は驚いた。

「ちょっと待て、エミリア。どうしてCランクの冒険者である君が生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）のスキルの存在を知っている？」

　 戦闘武術系（せんとうぶじゅつけい）、身体技能系（しんたいぎのうけい）、魔法神秘系（まほうしんぴけい）の名称はCランク以下の冒険者でも知っている者は大勢いる。

　だが、自分のことをCランクの冒険者と名乗ったエミリアが生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）のスキルを知っているはずがない。

　まさか、こう見えてエミリアはSS（ダブルエス）ランクの冒険者なのだろうか。

　いや、と俺は心中で頭を左右に振った。

　どう見てもエミリアはSS（ダブルエス）ランクの冒険者には見えない。

　それに本物のSS（ダブルエス）ランクの冒険者ならば、路地裏で遭遇（そうぐう）した〈暗黒結社（あんこくけっしゃ）〉の連中に遅れを取ることなどあり得なかった。

　だとすると余計に分からない。

　なぜエミリアは一部の選ばれた人間しか知らない、生物（せいぶつ）収納系（しゅうのうけい）のスキルの存在を知っていたのか。

　俺は真剣な顔でエミリアを見つめた。

　念のため確認してみるか。

「すまん、エミリア……少し覗（のぞ）かせてもらうぞ」

　俺は悪いと思いながらも、エミリアの了承（りょうしょう）を取らずに闘神流（とうしんりゅう）空手（からて）の目付（めつけ）の一つ――〈闘神（とうしん）の真眼（しんがん）〉を使った。

　俺の両目に気力（アニマ）が集中し、その両目で対象者であるエミリアを凝視する。

　直後、エミリアの顔の横に文字が浮かんできた。

　俺にしか見えないエミリアの真の個人情報だ。

　―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

　名前:クラリア・リザイアル

　年齢:16歳

　職業:リザイアル王国 第二王女

　称号:Cランク冒険者

　技能（スキル）:拳術（けんじゅつ）

　特技：徒手（としゅ）格闘術

　備考:気力（アニマ）解放により〈拳姫（けんき）〉へのランクアップの素質あり

　―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

　エミリアの個人情報を確認した俺は、その内容に驚愕（きょうがく）した。

「エミリア……君はリザイアル王家の人間なのか？」

　俺の質問にエミリアは大きく目を見張った。

「ど、どうしてそれを？」

　俺はエミリアに謝罪しつつ、相手の個人情報を読み取れる〈闘神（とうしん）の真眼（しんがん）〉を使ったことを話した。

「聞いたことがあります。この世には相手の情報を正確に読み取れる能力があると……そんな能力まで兼ね備えているなんて、まさかケンシン師匠は噂に聞く王宮に認められた勇者さまなのですか？」

　どうやらエミリアは勇者についての予備知識に薄いらしい。

「俺は勇者じゃない。ただ、勇者とまったく無関係だったかと言われれば違うな。出会ったときも言ったが、俺は追放された空手家（からてか）だ。勇者パーティーから魔抜（まぬ）けの無能と呼ばれてな」

「む、無能？　ケンシン師匠がですか？」

　ああ、と俺は小さく頷（うなず）いた。

「俺はあいつらをどうにか一人前の冒険者にしたくて裏方に徹（てっ）していたんだが、晴れて勇者パーティーになったあいつらにとって、戦闘に参加せず裏でサポートしていた俺は何の役にも立たない無能の空手家（からてか）に見えていたんだろうな」

　俺は久しぶりに【神の武道場】に他人を入れたこともあって、自分が思っているよりも普段以上に口が軽くなっていたようだ。

　ふと気がつけば、俺は赤の他人であるエミリアに事情を話していた。

　キースたちとの出会いから、誤解（ごかい）されて追放されるまでの経緯を――。

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