「クソッ、どうなってんだ! どうして急に魔物どもが一斉に襲いかかってくるようになった!」
俺が吐き捨てるように叫ぶと、隣にいたアリーゼが食って掛かってきた。
「ちょっと止めてよ、キース! そんな大声を上げたら、また魔物たちに気づかれるじゃない!」
このアリーゼの言葉に俺の怒りはさらに跳ね上がる。
「またとは何だまたとは! それにお前こそ馬鹿みたいにデカい声を出してるじゃねえか! それともSランクになった女魔法使い様の声は魔物に届かないってか? ふざけんなよ――」
俺がアリーゼに詰め寄ろうとしたとき、すぐさまカチョウが「二人とも落ち着け」と間に割って入ってきた。
「少しは冷静になれ。こんなところで言い争っていても何も始まらん。まずは落ち着いて現状を把握しよう」
「冷静になって落ち着けだと?」
俺は一人だけ大人ぶるカチョウをぎろりと睨んだ。
「これが落ち着いていられるか! 勇者パーティーの俺たちがBランク程度のダンジョン攻略に手間取っているんだぞ! 大体、てめえのいい加減な道案内のせいでこんなことになったんじゃねえのか!」
「何だと……今の状況になったのは拙者のせいだと言いたいのか! それこそ見当違いだろう! そもそも魔物の群れから逃げなければならない羽目になったのはお主のせいだろうが! お主がアイテムを持たずにダンジョンに潜ろうと言い出さなければこんなことにはならなかったはずだ!」
この野郎、サムライのくせに勇者である俺に歯向かう気か。
俺とカチョウが一触即発の空気を醸し出すと、見かねたアリーゼが「もう本当に止めてよ」と仲裁してくる。
俺は怒りの矛先をカチョウからアリーゼへと移した。
「てめえもいい子ぶるなよ、アリーゼ。ダンジョンに潜る前は照明役や回復は任せろと散々でけえことを抜かしてたくせに、いざ潜ってみれば、あっという間に魔力切れ寸前になりやがって。そのせいで道に迷ったり魔物から逃げ出すことになったんだろうが」
「ちょっと待って。カチョウから私に責任転嫁するのは止めてよ。私だってみんなが余計なトラップや道に迷わないように必死に光源魔法を使ってたんだから。回復魔法だってそう……第一、あんたたちが魔物を倒すのに苦戦するから私が普段よりも回復魔法を多く使うようになって魔力切れを起こしかけたのよ。だったら原因は私じゃなくてあんたたちじゃん」
この女、役立たずになったくせに口だけは一人前に働かせやがって。
俺はアリーゼに平手打ちの一発でもかましてやろうかと思ったが、さすがにそれはマズイなと思って上げかけた右手を下ろした。
ただでさえ面倒くさい状況に陥っているのに、これ以上の仲間割れを起こしてはダンジョン攻略どころか引き返すのも困難になってしまう。
ちくしょう、一体どうしてこうなった!
俺は怒りに任せてその場で地団駄を踏んだ。
現在、俺たちは王都郊外のBランクダンジョン――【断罪の迷宮】の中にいる。
ケンシンという無能のサポーター兼空手家を追放してからの初めてのダンジョン攻略だった。
だが、この【断罪の迷宮】は初めて潜るダンジョンじゃない。
それこそ何度も潜っているダンジョンであり、そのためサポーターだったケンシン抜きでも簡単に攻略できると俺たちは高を括っていた。
ところが蓋を開けてみたらどうだ。
以前は余裕で最深部の50階層まで潜れたはずなのに、今は20階層まで潜るだけでも恐ろしく苦戦するようになっていた。
これまでは滅多にトラップの類には掛からなかったのに、今では少しでも気を抜くと命を奪いかねないトラップに嵌りそうになる。
魔物の襲撃にしてもそうだ。
何の苦もなく簡単に討伐できていた魔物の強さが急激に上がっていた。
剣どころか魔法の攻撃に対しても的確に対処してきやがる。
今まで俺たちを前にブルブルと身体を震わせて怯えていたのが嘘のようだ。
まったく理由が分からない。
どうして急に魔物が強くなった?
まるで別のダンジョンを攻略しているような気分だ。
などと思いながら俺が舌打ちした直後、アリーゼがぼそりと呟いた。
「ねえ……ふと思ったんだけどさ。私たちが今までダンジョン攻略に苦戦しなかったのはケンシンがいたからじゃないの?」
「はあ? どうしてそこでケンシンの名前が出てくるんだよ」
「だっておかしいじゃん。ケンシンをパーティーから追放したすぐのダンジョン攻略でこんなに苦戦するなんてさ……それに今思い返してみると、私たちが分かれ道なんかに差し掛かったときは必ずケンシンが先頭に立って色々と説明して道を決めてくれていたじゃない」
それは胸糞が悪くなるほど今でも覚えている。
地形の法則性がどうのこうのや、漂ってくる匂いがどうのこうのやら、よく分からないことをべらべらと喋りながら指示してきやがったな。
「それでケンシンが決めた道を進んだときは、下層に向かう階段やアイテムがある部屋ばかりで少なくともハズレを引いた記憶がないわ」
アリーゼの言葉にカチョウは大きく頷いた。
「ふむ、言われてみれば確かにそうだ。それどころかケンシンの意見を無視してキースが決めた道を選んだときは、必ずと言っていいほど凶悪な魔物やトラップ部屋などのハズレを引いていたな。そしてキースは毎回ケンシンの荷物の量が多いと文句を言っていたが、もしかするとケンシンはアリーゼが魔力切れを起こさないよう多めにダンジョン用の照明器具や回復アイテムなどを計算して持って来ていたのかもしれん」
何だ、こいつら……急にケンシンを持ち上げるようなことを言い始めやがって。
このとき、俺は直感的にヤバいと思った。
この二人から俺への信頼が徐々に薄まっていくのを肌で感じたからだ。
本当だったら二人ともぶん殴って目を覚ましてやりたかったが、そんなことをすればパーティーに致命的な亀裂が走ってしまうだろう。
そうなれば命を失う危険性が爆発的に上がる。
ここは安全な地上じゃない。
なぜか強さが上がった魔物たちがひしめくダンジョンの中なのだ。
落ち着け、落ち着くんだ。
俺は国から《神剣・デュランダル》を賜った勇者で、俺が創った【神竜ノ翼】は今や国中に知れ渡ったSランクの勇者パーティーなんだぞ。
だったらこんなところで全滅するわけにはいかない。
本物の勇者パーティーがBランク程度のダンジョンで全滅するなんて絶対にあってはならないんだ。
そう俺が改めてダンジョン攻略の意欲を高めたとき、アリーゼは「ねえ、キース。今回はもうダンジョン攻略は諦めない?」と言ってきた。
「このままだと私たちは本当に全滅しかねないよ。こうなったら一度引き返して、装備やアイテムなんかを充実させてから戻ってこようよ。ねえ、そうしよう?」
「異議なしだ。何事も命あっての物種。ここは大人しく引き返そう」
おい、ちょっと待て……このまま引き返すだと?
そんなことをすれば冒険者たちの間で笑い者になるのは目に見えている。
ただでさえ俺たちはサポーターとアイテムなしでダンジョンを攻略して見せると啖呵を切ってしまったんだ。
それなのにBランク程度のダンジョンで逃げ出すようなことがあれば、冒険者どころか国王にも失望されかねない。
「いや、それはあまりにも短絡的すぎねえか?」
俺は弱気になっていた二人に告げた。
「今、俺たちがいるのは18階層だ。このまま一つずつ上に戻っていくよりも、安全地帯がある20階層まで何とか潜ろうぜ。そこで休めばアリーゼの魔力も戻るだろうし、別の冒険者パーティーに付いてきた行商人もいるかもしれないだろ? そうすれば戻らなくてもアイテムを手に入れることができるじゃねえか」
俺は必死に二人を説得すると、やがて二人は分かってくれて20階層まで潜ることになった。
ふう、これでひとまず安心だ。
そうさ……今はケンシンがいなくなって勝手が違っているだけで、安全地帯がある20階層で体調も魔力も回復させれば再び下層に潜ろうという意欲が湧いてくるはずだ。
俺は《神剣・デュランダル》の柄を強く握り締めた。
こんなBランク程度のダンジョン攻略に苦戦するわけにはいかない。
俺はいずれ世界中に名を馳せる本物の勇者――キース・マクマホンなんだ。
そう自分に喝を入れた俺は、二人を引き連れて下層を目指して歩き出す。
だが、このときの俺は知る由もなかった。
これがすべての悪夢の始まりだったということを――。
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