俺は噴水の前に立ち、目を閉じて、周辺の音を聴きながら精神を集中している。
公園に訪れている人々の声、流れ落ちる水の音、風の音、風に揺られる木々の音。
これら全てを五感で感じとる。
十刻後。
やがて、全ての音が聞こえなると、俺は目を開く。
十二の刻限。依頼決行。
俺は、魔法の詠唱を開始する。
【詠唱準備。魔力装填、開始】
直後。 自身の体内にある魔力弾倉に、魔力が装填される。
【装填完了。詠唱準備、終了】
魔力弾倉、残り六。
【魔力解放。消失魔法、詠唱開始】
装填魔力、一つ使用。
【透過し、見るもの全てを幻惑せよ】
【幻影。完全消失】
消失魔法の効果により、使用者の姿、気配、魔力の感知は人々の視界から認知されなくなる。
ほら、早速おいでなすった。平和ボケしてるとは言え、魔力感知は一級品だな。
直ちに俺はその場から移動をして、相手の様子を伺う。魔法警備隊は、俺が最初に魔法を使用した場所で探索を行い、周囲を警戒し、近くにいた住民に避難するように指示を出していた。
相手は三人一組。こちらにはまだ気付いていない。住民には悪いが、犠牲になってもらおうか。
【魔力解放。広範囲氷結魔法、詠唱開始】
装填魔力、二つ使用。
【溢れる水は清流の川。後を追うのは凍てつく寒風。流れる川は大地を凍らし、四肢が浸かれば汝は凍る】
【凍結。一水四見】
氷結魔法の効果により、現在いる区画全域が清流の如く水で覆われ川となり、その水に触れた者はみな凍っていく。
これにより、区画内の建物内に居たものを除き、地上にいた人々はみな、四肢が凍り身動きが取れなくなる。
やはり、応援に駆けつけた警備隊は、俺よりも住民の安全を最優先に行動をしているな。
一、二、十、三十。ざっと数えて、約六十名ってところか。おおよそ、一部隊ぐらいの人数を呼び寄せられたか。それに、魔法の効果を知らずに水に触れ、凍っていくやつらもいるな。
これで牽制にはなるだろう。さてと、次の段階では部隊長らが出動してくるはず。あの眼を開眼しなければ、こっちが不利。たちまち身柄を拘束され収監させられる。ここから先は、さらに気を引き締めなければ。
俺は再び行方をくらまし、次の段階へと移行する。
魔力弾倉、残り三。
同刻限。魔法警備隊、第十本部。司令室。
各区画を巡回している隊員から、一件の応援要請が入った。
「こちら第十魔法警備隊、第十本部、第十部隊。第十娯楽区。第十区域、第十区画にて魔力の感知を確認。至急、応援を頼む」
「了解した。各部隊員に伝達。近くを巡回している部隊は、直ちに現場へと急げ。繰り返す――」
司令室は現場からの指示を受けると、すぐに各部隊へと伝達をする。
「ほう。この区画で魔力反応とは珍しいな。けど、住民同士のくだらん揉め事だろ。とっ捕まえて、お灸を据えてやる」
続けざまに、現場から状況確認の報告が来た。
「こちら第十部隊。現地に到着。ですが、周辺に怪しいものはいません。住民は無事です。って、何だ? この水は? な、人が凍っ――――――!」
音声が途中でとぎれ、現場の状況に異変を感じた司令室に、緊張が走る。
「おい! どうした! 水がどうした! 応答をしろ!」
「第十本部長! 第十区画全域に大規模な魔力を感知! 現地に向かっている隊員からも、第十区画全域が大量の水で覆われ、住民が次々に凍っていく被害の報告が相次いでいます! ご指示を!」
「全域に……だと! バカな! 第二避難勧告、発令! 大至急、住民の安全を最優先に行動しろ! 各部隊は、第十区の各区域、各区画に各々配置につけ! 各部隊長は連携を取り合い、容疑者の確保に専念しろ!」
都市内全域に、第二避難勧告が発令され、警鐘を鳴らす。
これにより、第十区に住まう全住民は、警備隊の指示のもと第十警備区へと避難誘導される。
だが、その誘導は容易ではなかった。
素直に 指示に従う者。家に閉じこもる者。自分勝手に行動する者。大袈裟だと思い、平然としている者。
長きに渡り、平穏の中で暮らしてきた住民にとっては、事の重大さに気付かない者の方が多く存在していた。
十二の刻限、十五の刻。第十警備区。第一区域、第一区画。
次なる段階へと移行した俺は、警備区に避難する住民に紛れて移動をしている。
だけど、魔法の効果により、俺の姿は周りに認知されていないがな。
都市内では警鐘が鳴り続け、上空を見上げると、魔法警備隊の部隊が隊列を組み、次々とその姿を現す。
誘導に従い歩を進め、避難場所でもある建物内に入っていく。
「住民のみなさん! この建物から、決して出ないようにして下さい! 外は大変危険です。繰り返します! 絶対に、この建物から出ないように!」
そう言い残すと、誘導をしていた隊員らは、すぐに現場へと戻っていく。
故にこの建物内には、避難してきた住民だけがいる状況。俺は少し刻限を空け、やつらがいなくなった頃合いをはかり、魔法を詠唱した。
【魔力解放。広範囲氷結魔法、詠唱開始】
装填魔力、二つ使用。
【大気は雫。雫は結晶。大気に混じるは氷の源。一度吸えば汝は凍り、一度触れれば汝は凍る。枷となりて自由を奪い、氷像となりて姿を現す】
【凍結。空間氷牢】
氷結魔法の効果により、現在いる区画全域に立ち入ると、身体が凍ってしまう空間となる。
これにより、建物内及び、区画内にいる全ての人々がみな凍り、氷像へと姿が変わる。
俺はすかさず、魔法を詠唱した。
【詠唱準備。魔力装填、開始】
直後。 自身の体内にある魔力弾倉に、魔力が装填される。
【装填完了。詠唱準備、終了】
魔法弾倉、残り六。
【全魔力解放。流動眼、発動】
装填魔力、六つ使用。
流動眼の効果により、魔力の流れが常に可視化される。
全魔力を解放したため、魔力弾倉の最大値が六から五に減少する。
俺は開眼させた流動眼で周囲を警戒し、やつらの動きを把握する。
よし。この区画に向かって来るが、氷を警戒し、思うように近づけないでいるな。だが、いかんせん数が想定を上回り、少々厳しいか。けど、この区画に集まってくれるのはありがたい。それに、こっちに集結するのは、ほぼ下っ端か。となれば、単独で動いているのはおそらく部隊長か本部長。
しかし、下っ端を片付けられれば、残すは隊長格だけ。ここの区を制圧し、一気に押し切る。……赦せ、名を知らぬ者たちよ。
俺は再び、魔法を詠唱する。
【詠唱準備。魔力装填、開始】
直後。 自身の体内にある魔力弾倉に、魔力が装填される。
【装填完了。詠唱準備、終了】
魔力弾倉、残り五。
【魔力解放。全方位空間火炎幻惑魔法。複合詠唱、開始】
装填魔力、五つ使用。
【空気は焦熱。風は火刑。大地は猛炎。上空は紅炎。大気の炎は業火の如く、存在自体を滅却する。映るは地獄、触れるは地獄。吸うのも地獄、動くも地獄。業火は地獄へ汝を誘い、汝の末路は八大地獄。実態あれど、全ては幻。誘う先は、空虚の世界。汝の精神を蝕む空間。汝の精神を侵す領域。されど実態は虚空にあらず】
【業火幻惑。輪廻転生。幻想の理】
火炎幻惑魔法の効果により、第十警備区全域が業火の如く、立ち入る者全てを滅却する地獄とかす。
だが、その光景はあくまで幻。
しかし、いくら幻と言えど、犠牲となった人々の精神を破壊するのには、十分。
これにより、第十警備区全域は、誰も立ち入ることが出来ない幻惑の地獄となる。
魔法を発動させた俺は、次の準備に移行するも、身体全身の力が急に抜けてしまい、膝から崩れ落ちて、両手両膝を床についてしまう。
「はぁ、はぁ。くっ、流石に魔力を使い過ぎたか。は、早くしないと追ってがくる。この区を制圧したとしても、都市全体からすればほんの一部。急がねば。せめて、魔力装填だけでも――――」
俺は息を整え、力を振り絞り詠唱を開始すると同時に、流動眼で警備隊の魔力の流れを視た。
【詠唱準備。魔力装填、開始】
直後。 自身の体内にある魔力弾倉に、魔力が装填される。
【装填完了。詠唱準備、終了】
魔力弾倉、残り三。
今の体力じゃ全弾装填、出来なかったか。
まぁ、いい。だが、やつらに完全に包囲されている。それにこの魔力反応……さては、無効化魔法か。となれば、俺の魔法が無効化されるのも刻限の問題。
万事休す。
やはり、シュミレーション通りには上手く行かないな。……便利屋のままだと、ここまでが限界か。
けれど やつらは 、この魔法が発動している限り、下手に動けない。かと言って、悠長にしていられない。
あいつは、何が目的でこの依頼を持ちかけたのかは不明だが、引き受けたからには必ず成功させてやる。
さてと、昔の俺に戻るとしよう。
俺は自身にかけた、制限魔法の封印を解いた。
【封印解除。魔力上限、解放。呼び覚ませ。我が名は、ザイウス】
これにより、魔力の上限が本来の保有量に戻り、魔力弾倉の上限も五から六へと戻り、魔力弾倉に魔力が全弾装填される。
だが、消失魔法の効果を失い、自身の姿、気配、魔力の感知が、他者に認識されるようになる。
さてと、全てを敵に回す覚悟は出来ている。
後は、この都市を制圧するだけだ。
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