散歩から戻り詩乃の家。
二人は上着を脱いで、詩乃はちゃぶ台の前に座った。
「ケーキ、食べる?」
「あぁ、うん、折角だからね」
詩乃は立ち上がって、二人分の平皿とフォークを出した。
「あ、でも水上君のババロアもあるんだっけ?」
「あるけど――」
「食べてもいい?」
「いいよ。じゃあ、自分はケーキをもらうよ」
「わかった。水上君は座っててよ」
詩乃は言われたとおりに、またちゃぶ台の前に座りなおした。柚子は詩乃の作ったババロアを切り分け、ケーキを詩乃の皿に置いた。ちゃぶ台に運んで、柚子も座る。
「じゃあ、歌おっか?」
「え、歌?」
「ハッピーバースデーの歌」
「え、なんで――」
言いかけて、詩乃は、自分の誕生日が昨日だったことを思い出した。
「水上君、もしかして、忘れてた?」
「……うん」
「えー、嘘でしょ。自分の誕生日なんだから」
「いや、何があるわけでもないからさ……」
「じゃあ、ババロアは……?」
「新見さんに、食べてもらおうと思って。そんなのでも、お礼になれば」
柚子は、詩乃の心遣いに感動してしまった。
「わざわざ作ってくれたんだ。ありがとう」
詩乃は柚子から視線を逸らして俯いた。
柚子は部屋を暗くして、カーテンを閉めた。それから、詩乃のショートケーキに真っ赤な蠟燭を立て、火を点ける。恥ずかしがる詩乃の反応を楽しむように、柚子は元気いっぱいに誕生日の歌を歌った。
「ほら、水上君、消して!」
柚子に急かされて、詩乃はふっと蝋燭の火を消した。
柚子は部屋の電気をつけ、そして、バックから詩乃へのプレゼントを取り出した。ラッピングされた小さな長方形。それを、詩乃に差し出す。
「これ、プレゼント」
「え? 自分に?」
「うん。どうかな……」
詩乃は、ラッピングを破って開けた。その豪快さに、柚子は思わず笑ってしまう。
紺色の箱――詩乃はそれを開けた。
中身は、万年筆だった。
「作家と言えばこれかなぁと思って」
柚子は、はにかみ笑いを浮かべながら言った。
美しい深碧のキャップと胴軸。クリップとキャップリングの煌めく金色。詩乃はその万年筆を取って持ち上げ、キャップをひねった。金色のペン体が、滑らかに、光を映している。
「プレゼント?」
「うん。どう?」
「一生大事に使うよ」
そんな長くは持たないよと思う柚子だったが、どうやら水上君は本気らしいと、その真剣な眼差しを見てわかった。
「新見さん、誕生日はいつ?」
「え?」
「いつ?」
「十二月三日だよ」
詩乃は、その日付を繰り返しながらスマホを探し、カレンダーに柚子の誕生日を登録した。誕生日はこの先何度訪れるかわからない。でも今日の日は、きっと一生忘れないだろうと詩乃は思った。
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