「ふん……」
転がってきたボールを白虎が拾う。喜多川が尋ねる。
「あら? 今度はアンタが相手?」
「ああ」
「あーしに当てられるかしら?」
喜多川は再び人魚の姿に変化し、コートを泳ぎ回ってみせる。白虎は感心する。
「へえ……」
「なにがへえ……よ」
「いや、スイスイと見事に泳ぐもんだなと思ってよ」
「そりゃそうでしょうとも。なんてたって人魚ですもの」
「人魚? 半魚人かと思ったぜ」
「だ、誰が半魚人よ!」
喜多川がムッとして声を上げる。白虎が首を傾げる。
「え?」
「え?じゃないわよ!」
「だってそうだろう? 上半身が人間で下半身が魚なんだから。半魚人以外の何者でもないだろうが。違うのか?」
「そうかもしれないけど、こういう場合は人魚って呼ぶのよ、普通」
「普通じゃない状況で言われてもな……」
白虎が両手を広げて肩をすくめる。喜多川が声を上げる。
「うるさいわね!」
「まあ、一万歩譲って人魚だとしようか……」
「そこは百歩でしょう! 譲歩しないにも程があるわよ!」
「繰り返しになるが、本当に見事な泳ぎっぷりだと思うぜ」
「ふふっ、見惚れちゃったかしら?」
「ああ、マグロみてえだなって思って」
「はっ⁉ 言うに事欠いてマグロ⁉」
「泳ぎ続けないと死んじゃうんだろう?」
「だからマグロじゃないわよ!」
「マグロじゃないのか……」
「そうよ!」
「マグロは海面を時に飛び跳ねるようだが……そんな芸当は出来ないってことか?」
「出来るわよ、それくらい!」
「本当か?」
「本当よ! さっきもやってみせたでしょう!」
「半信半疑だな~半魚人だけに……」
「また半魚人って言ったわね、アンタ⁉」
「バレたか」
「バレるわよ! いいわ、半魚人でもマグロでも出来ない、優雅な海面ジャンプをとくと見せてあげるわ! それ!」
喜多川がコートから大きく飛び跳ねる。白虎がニヤリと笑う。
「待ってたぜ……」
「! しまっ……」
「おらあっ!」
「ぐっ!」
「B組、4ヒット!」
「ああっと、喜多川、優雅に飛び跳ねたところを扇原に狙い撃ちされた!」
「ああ……つまらない煽りに乗ってしまった……」
喜多川がコートに膝をつく。そこに内野に入ってきた茶色いマッシュルームカットの女性がボールを拾って呟く。
「奴の微能力は分かっていたはず……」
「秀美……」
「それなのにまんまと引っかかるとは……愚かですね」
「ぐっ……」
喜多川は悔しそうに唇を噛む。天武が近づいてきてマッシュルームカットに尋ねる。
「奴の『煽り』は分かっていてもなかなか厄介だ。大丈夫か?」
「ご心配なく、なんの問題もありません」
「頼もしいな。任せたぞ、茂庭秀美……」
「お任せ下さい」
茂庭と呼ばれた女性は天武に一礼した後、白虎の方に向き直る。白虎が笑う。
「これまたひょろっとした奴が出てきたな。キノコが喋っているのかと錯覚したぜ」
「……」
茂庭が鼻をつまむ。白虎が首を捻る。
「なんだよ?」
「……ああ、お馬さんのお尻がおならをしているのかと思ったら、人でしたか……」
「! これはポニーテールだ! 人の頭を馬のケツ扱いすんじゃねえ!」
「はっ!」
「うおっ⁉」
茂庭の投じた鋭いボールを白虎は面食らいながらキャッチする。茂庭が呟く。
「……惜しい」
「……はっ、なるほど、そういう狙いか……」
「は?」
茂庭は首を傾げる。白虎が笑みを浮かべながら語る。
「アタシの煽りを真似して、アタシの冷静さを失わせようっていう魂胆だろう? 残念ながら、そうは問屋が卸さねえよ」
白虎が右手の人差し指を立てて、左右に振る。茂庭はやや戸惑いを見せる。
「はあ……」
「狙いが分かればこっちのもんだ! お前さんみたいなヒョロい奴は煽るまでもねえ! さっさと終わらせるぜ!」
「!」
白虎が茂庭めがけて、思い切りボールを投げる。
「はっ!」
「なっ⁉」
「おっと、扇原の鋭いボールを茂庭、難なくキャッチした!」
「な、なんだと……」
実況の声が響く中、白虎は信じられないと言った表情を浮かべる。茂庭が細い声で呟く。
「貴女、なにか勘違いなされていますね……」
「なに?」
「いや、ただ単に無知なだけか……」
「な、なんなんだよ!」
「私の能力について……です!」
「‼」
茂庭のその細い体からは想像も出来ないほどの鋭く強烈なボールが投げ込まれ、不意を突かれた白虎は反応することが出来ず、キャッチし損ねてしまう。
「C組、5ヒット!」
「く、くそ……なんていうボールを投げやがる……」
膝をつく白虎を見下ろしながら、茂庭が告げる。
「私の持つ能力は『倍返し』……」
「ば、倍返しだと……⁉」
「貴女から受けた品のない煽りも、投げ込まれた強烈なボールも、倍にしてお返しして差し上げました……」
「くっ、そ、そんな超能力が……」
「ご存知なかったのですか……まあ、他の方と違って私はあまりひけらかしたりはしませんが……知らないということは全く愚かですね」
「ぐっ……」
「ああ、今のはお返しではなく、ただの煽りです」
茂庭はそう言ってにっこりと微笑む。
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