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「なるほど、相談事があるのが君だね?」
「あ、は、はい……」
校舎裏に呼び出された玄武が尋ね、相手も答える。
「相談の内容も大体だけど、予想がつくよ……」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、ピンときたよ」
玄武は右手の人差し指で自身の側頭部をトントンとさせる。
「さ、さすが、頼もしいです……」
「ずばり愛の告白っしょ?」
「え、ええっ⁉ ち、違います!」
「冗談だよ」
「も、もう……」
「生意気な俺を〆ようってことっしょ?」
「そ、そんなことしません!」
「冗談だって」
「あ、あの……」
「いや、本当に分かっているよ、性格をなんとかしたいんでしょ、本荘ちゃん?」
「!」
「当たりでいいかな?」
「は、はい。大正解です……」
聡乃が頷く。玄武が笑みを浮かべる。
「それは良かった」
「そ、それで相談に乗って下さいますか?」
「いや、それは全然良いんだけどさ……」
「だけど……?」
「もうちょっと距離を詰めてくれないかな?」
「え?」
「いまどきなかなか見ないよ、糸電話って……」
玄武は糸電話を持ちながら、校舎の端から顔を覗かせる聡乃を見る。
「き、聞こえづらいですか?」
「いや、通信状況の問題じゃなくてね……」
「は、はあ……」
「こういうのはもう少し近い距離で話すことだと思うんだよね」
「で、では、五、六歩ほど……」
「五、六十歩ほどこっちきて」
「え、ええっ⁉」
聡乃が戸惑う。玄武が苦笑気味に伝える。
「問題解決には必要なことだからさ」
「わ、分かりました……」
聡乃がゆっくりと一歩歩み出し、二歩目に入ろうとする。玄武が声をかける。
「そんなに嫌? 俺の近くに来るの?」
「い、いえ! け、けっしてそのようなことはありません! ただ……」
「ただ?」
「か、笠井さんの放つ、その眩いまでのパリピオーラには、私のようなものは容易に近づくことが出来ないもので……」
「そんなオーラ、放っているおぼえないんだけどな……」
玄武が後頭部をかく。やや時間をおいて、聡乃が六歩目を歩く。
「や、やりました……」
「まあ、今日のところはそれでいいか」
「あ、そ、そうですか……って、ええっ⁉」
聡乃が驚いて糸電話を落とす。離れていたと思った玄武がすぐ近くにいたからである。
「来ちゃった♪」
玄武がいたずらっぽくウインクをする。
「ひ、ひええっ⁉」
聡乃が驚きのあまり後ずさりをして、校舎の壁に寄りかかる。玄武が慌てる。
「ちょっ! お、落ち着いて、本荘ちゃん! この場面を目撃されたらシチュエーション的に俺が悪いことしているみたいになるから!」
「は、はあ……」
聡乃が自らの胸を抑える。玄武がうんうんと頷く。
「そ、そう、その調子……まずは深呼吸しようか」
「ふう……お、落ち着きました……」
「それは良かった」
「と、とんだご迷惑をおかけしました……」
「いえいえ♪」
「そ、それではこれで失礼します……」
聡乃が軽く頭を下げて、その場から離れようとするので、玄武は再び慌てる。
「ちょい待ち、ちょい待ち!」
「ええ?」
「いや、ええ?じゃなくて、何も問題が解決してないっしょ?」
「そ、そう言われると……」
「……ぶっちゃけ聞いちゃうけど、本荘ちゃんはどこまでが目標なの?」
「も、目標ですか?」
「うん、小一時間でいきなり明るいキャラになるのはさすがに無理だと思うんだよね」
「そ、そうですよね……」
「だから比較的簡単な目標を設置すると良いんじゃないかな? 低いハードルというか」
「か、簡単な目標……ひ、低いハードル……」
「どうかな?」
玄武が首を傾げながら尋ねる。
「ひ、人と笑顔でお話しすることですかね……」
「お、いいじゃない♪」
「た、ただ、その前に……」
「うん?」
「ひ、人の目を見てお話が出来ないと……」
「そ、そこからなんだね……」
「す、すみません、やっぱり無理ですよね……わ、私はこれで……」
「い、いや、大丈夫、出来るよ♪」
「え、ほ、本当ですか?」
「うん、イージーだよ♪」
玄武は笑顔で右手の親指をサムズアップする。
「イ、イージー……」
「うん、じゃあ、これ持ってて」
玄武は落ちていた糸電話を拾って渡す。
「は、はあ……」
「俺は指示を出すからさ」
玄武が校舎の陰に隠れる。聡乃が首を傾げる。
「し、指示……?」
「あ、ちょうど来たよ」
「聡乃~久しぶり~」
女子生徒が駆け付けてくる。
「⁉ ど、どうして……?」
「F組の子だけど、地元の幼馴染なんでしょ? 俺もちょうど知り合いだったからさ、本荘ちゃんが亀歩きしている間に呼び出しておいたよ」
聡乃の小声の呟きに玄武が糸電話で答える。聡乃が恐れおののく。
「な、なんという行動力と決断力……」
「ほら、全くの他人ってわけじゃないんだから、気楽に話してごらんよ♪」
「そ、そう言われても……け、結構久しぶりですし……」
「『陰キャ』の反動を使ってみたら?」
「! わ、分かりました。や、やってみます……」
「ねえ聡乃、何をこそこそしているの?」
(まずは相手の目を見て……!)
聡乃は相手を睨みつける。相手は少しビクッとする。
「え……」
「べ、別に……こそこそはしてねえ……ですよ?」
「そ、そうなんだ……さ、最近はどうなの? 楽しい?」
「た、楽し過ぎて、鞭が大暴れだぜ……ですよ?」
「む、鞭?」
「なかなか楽し気に話せているじゃん♪」
「……どうしてそう思えるのか……」
「む⁉」
玄武が振り返ると、黒髪に所々白いメッシュを入れた男性が背後に立っていた。
「挨拶でもと思ったが……接近に気が付かないとはな……」
「挨拶……C組、『超能力組』が何の用だい?」
「我がクラス長は心配性でな……まあいい、失礼した」
「! き、消えた……」
玄武は糸電話を片手に呆然と立ち尽くす。
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