「ステルスだと⁉」
「ええ……」
「ステルスってあれか、透明になるやつか⁉」
「今、アンタも見たでしょう?」
驚きを隠せない日光に対し、照美が呆れ気味な視線を向ける。
「瞬間移動の次はステルスか……」
「どうする?」
「そうだな……などと、相談している暇はなさそうだ!」
「え?」
「はっ!」
夜明が投じてきたボールが飛んでくる。
「危ない!」
「きゃっ!」
日光が照美を押し退けてボールをキャッチする。
「ほう、捕ったか……」
「ステルス状態でもボールが投じられるときに、ボールだけは現れるからな。それさえ見逃さなければ、捕れないことはない」
「ふむ、すぐにそこを看破したか。なかなか侮れんな……」
「今度はこっちの番だ!」
「ちょっと待って」
「ぐえっ!」
ボールを手に勢いよく駆け出そうとする日光の首根っこを照美が引っ張る。首がしまった格好になった日光は思わず奇声を発する。照美が口を覆う。
「あ……」
「げほっ! げほっ!」
「ご、ごめん……」
「な、なにをする!」
「いや、止めようと思って……」
「どこを引っ張っているんだ、どこを!」
「だからごめんって言ってるじゃないの」
「ごめんで済めばなんとやらというだろう! ……いや、そんな言い争いをしている場合ではないな、今度こそ行くぞ!」
日光が再び駆け出そうとする。
「待てっつーの」
「どあ!」
照美が日光の頭にチョップを喰らわせる。
「落ち着きなさいよ」
「殴ることはないだろう!」
日光が自身の頭を撫でながら声を上げる。
「だって、そうでもしないと止まらないでしょう」
「なんなのだ、さっきから⁉」
「このまま闇雲にボールを投げても意味がないと思うわよ」
「どういうことだ⁉」
「ステルス」
「あ……」
「あ……ってなに、あ……って、まさか忘れていたの?」
照美が呆れた目で日光を見つめる。日光は咳払いをする。
「あ~ご、ごほん……確かにステルス能力ではどうしようもないな……」
「着ている服まで消えちゃうからね……」
「かなり能力を練り込んでいるということか」
「そういうことになるわね」
「どうするか……」
「……ボールをちょうだい」
照美が手を差し出す。日光が首を捻る。
「なに?」
「私に考えがあるわ」
「本当か?」
「こんな時に嘘はつかないわよ」
「……」
「早くして」
「今度は急かすのか」
日光は苦笑する。照美が促す。
「いいから早く」
「……無理はするなよ」
日光がボールを手渡す。
「善処するわ」
照美はそう言って微笑み、夜明の方に向き直る。夜明が意外そうな顔をする。
「お前が来るのか……」
「ええ、2年B組のクラス長が直々に相手してあげるわ、光栄に思いなさい!」
照美がビシっと夜明を指差す。夜明が戸惑い気味に呟く。
「光栄ね……」
「あんまり舐めないでよね」
「油断はしない……」
夜明が真剣な表情になる。照美が苦笑交じりに呟く。
「……前言撤回、少しくらいは油断してくれる?」
「難しいことを言うな……」
夜明が困り顔になる。
「クールな人だと思っていたけど、意外と表情豊かね……」
「それはそちらの勝手な思い込みだ……これだけ色々言われたら、表情も変わる」
「まあ、いいわ。行くわよ!」
「……!」
照美が振りかぶると、夜明が姿を消す。日光が声を上げる。
「消えた! どうするんだ、照美⁉」
「こうするのよ! 『ほどほどに燃やすンゴ』!」
照美がボールを左手に持ち替え、右手を相手のコートに向けてかざす。赤い気泡がいくつか放たれ、コートの半分を燃やす。日光が声を上げる。
「おおっ!」
「ぐっ⁉」
予想外の事態に夜明が姿を現す。
「そこ!」
「!」
「B組、8ヒット!」
「おおっと! 東照美、突然奇妙な言葉を発したかと思うと、コートの半分が炎上! 姿を現した夜明にすかさずボールを当てた!」
「奇妙な言葉って!」
実況に照美が反応する。日光が興奮気味に早口でまくし立てる。
「なるほど! ステルス能力で消えたと言っても、コート内にいることは間違いないわけだからな、そこを『プチ炎上』であぶり出したというわけだ!」
「……自分でやっといてなんだけど、これってドッジボールよね?」
日光の言葉に照美が頭を軽く抑える。それに対して、夜明が信じられないといった様子でポツリポツリと呟く。
「『プチ炎上』……それが君の微能力か……ただの『ンゴンゴガール』かと思っていた……」
「酷い認識!」
「大体合っているな」
「合ってないわよ!」
頷く日光に対し、照美が声を上げる。
「油断大敵……敵は己の中にありか……」
夜明はゆっくりと外野に出ていく。
「さて、お次は……」
照美がボールを拾って、相手陣内を見つめる。
「お、おい、ちょっと待て、照美」
「待たない!」
「自分勝手だな!」
照美が走り出し、振りかぶる。
「織田桐天武! クラス長同士でケリをつけましょう!」
「……」
「……と、見せかけて!」
照美が直前で投げるコースを変える。
「はっ……!」
鋭いボールだったが、黒髪ロングで蝶の髪飾りをつけた美人の女性が難なく受け止める。
「そ、そんな……なんで反応出来たの?」
「それより貴女……」
「え?」
「天武“さま”でしょう!」
女性が大声を発する。コートが少し揺れたと錯覚するほどの大きさであった。
「むっ……」
女性の大声に照美は若干怯む。天武が声をかける。
「落ち着け、美羽……」
「あら、嫌ですわ、私としたことが、はしたない……」
美羽と呼ばれた女性は自らの口元を隠す。天武が告げる。
「東照美を任せてもいいか?」
「ええ、お安い御用です」
「! 舐められたものね……」
「天武さまがお相手するまでもないということです」
「その細い、スタイルの良い体つき、羨ましいわね……じゃなくて、それで本当にボールを投げられるのかしら?」
「貴女を倒すくらいならわけもありません」
「言ってくれるじゃないの!」
「それでは、2年C組副クラス長、海藤美羽……いざ尋常に、参ります……」
美羽は自らの名を名乗り、ゆっくりと前に進み出る。
「気をつけろよ、照美」
「ええ、分かっているわ」
日光の声に応じながら、照美は捕球の姿勢をとる。
「……」
美羽が振りかぶってボールを投げようとしたその瞬間、照美が叫ぶ。
「『ボール、燃えるンゴ』!」
「ふん!」
「なっ⁉」
照美が赤い気泡をボールに当てる直前に、美羽がボールを地面に思い切り叩きつけ、大きくバウンドさせる。
「はっ!」
美羽はジャンプしてそれを掴み、勢いよく投げ下ろす。
「くっ!」
「C組、9ヒット!」
「ああっと! 海藤美羽の華麗なるジャンピングショットが飛び出た。予想を超える動きに東照美、一歩も動けず!」
「よっと……」
美羽が地面に着地する。照美が呆然とそれを見つめる。
「なっ……」
「……反動を上手く利用すれば、私の細腕でもそれなりに勢いのあるボールを投げられるものですね……勉強になりました」
美羽が微笑みを浮かべる。照美が疑問を口にする。
「なんで……」
「え?」
「なんで分かったのよ! 私がボールをプチ炎上させようとしたってことが⁉」
「それは……」
美羽が天武に視線を向ける。天武が頷く。
「別にことさらに隠し立てするものでもないだろう」
「ふふっ、それもそうですね」
美羽が笑う。照美が尚も戸惑う。
「ど、どうして……」
「照美、落ち着け」
「え、ええ……」
「あの女の持つ能力だ」
「あ! そういえば……」
日光と照美は揃って美羽を見つめる。美羽は右手を胸高に掲げる。
「そう、私の持つ超能力は『サイコメトリ―』です。これで貴女たちの動きはまさに手に取るように読むことが出来るのです……」
「「サ、サイコメトリ―……!」」
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