日本列島北方エリア
カチューシャクラート勢力圏に近い試される大地は、かつて『北海道』と呼ばれていた。
ニューサッポロシティーは、その過酷な大地の入り口に位置し、恐らくアヤナミマテリアル社勢力圏としては、最北端の大都市と言える。
その都市と、寒い地域に関わらず植物が異常成長した大樹の森達との間の荒野に、シティーガード北方エリア基地はあった。
「「───マジで!?!」」
場所は格納庫。
シティーガード製のMW達に並んで、今回生き残ったeX-W達が並んでいる。
皆揃いも揃って傷だらけ、凹みだらけ、ケーブルやら何やらはみ出ていたり真っ黒焦げに真っ二つにと、無事な機体が少ないあり様だ。
それでも生き残った限りは、報酬からの天引きで修理がなされスワンに返却される。
もっとも、まともにやっては数日かかるので、今も基地の外で待機する企業のパーツ販売・下取り担当のヘリが、言わば『取っ替える部位は全部取っ替える』という方法で整備を短時間で終えているが。
そして、帰ってきた主に内装がズタボロのブルーカナリアから出てきたソラの『容姿』を見てアズサが、ついでにソラが予想もしないお互いの姿に声を大きくしていた。
「アズサちゃん、もうちょっとこう……!
背が低くて、もっと芋っぽいかなとか……!
めっちゃカッコいいじゃん!!モデルじゃん!!
脚長いよ!?美人だし!!」
「いや人のこと言えるぅ!?
鏡見てみぃや!!」
────スラっとした長い手足は、ブルーカナリアのコアだとやや狭い。
細いものの出るところはしっかり出て女性らしいボディラインが大きく主張され、
その体に乗っている顔も、流れる黄砂のような色の金髪に、宝石のような青い瞳。
新美ソラ。
日本語圏の名前だが、彼女は恐らく白色人種だ。
見た目はアジア系では一切ない。
「パリコレ美女やんけ!!」
「ぱり……何?」
「いや知らんのかい!」
「あのー、出来れば東北の人間でも分かるヤツで……」
「北欧ちゃうんかい!」
「英語読めるけど喋れないよ?
とくにバーンズ製品のマニュアルとか辞書片手でなんとか……あれ絵がなかったら分かんないよね?」
「ガチや……この見た目でガチ日本人や……!」
「それ、アズサちゃんが言う?
銀髪で金色の目じゃんかよ」
「ウチは血にソース流れてる絶滅危惧種な関西人やから」
「そんなこと言ったら私、都会と言えば第2仙台の人なんだけど……」
お互い日本語圏の人間離れした容姿で、いわゆる『県民性』を発揮する会話をする。
「…………ぐっすぅ……!」
どうでも良いかもしれないが、横浜出身のハヤテが胸を刺すって落ち込んでいた。
「────あまり容姿との話で笑うのは良くないぞ?」
と、ポンと落ち込むハヤテの方に置かれる黒い機械義手。
「日本人の悪い癖、というのも同じ話だが。
気にする人間もいる」
コツコツ歩く脚も同じく黒。
機械の手足の持ち主は、その抜群のスタイルを黒と白の…………エプロンドレスっぽさのある服に身を包んでいた。
「…………まさか、あのガチタンの強化人間さん!?」
「ソフィアでいい。
お互い、生き残った仲だからな」
白磁のような白い肌に、負けじと輝く長い銀髪。
その頭に鎮座するホワイトブリムは、メイドの証。
「サイボーグメイドさんや!?!」
「だから、あまりそういう言い方はしない方がいいと……
まぁ、私のような生意気な奴がメイドを名乗るのも正直おこがましいが」
やれやれといった様子でそうアズサを諌めるソフィア。
しかしそれ以外にどう表現すれば良いか……それも義手義足を抜きにして恐らくアズサより身長の高いスタイル抜群の相手を。
「あなたもあまり自分を卑下しないようにといつも言っているのに」
「お嬢様!」
と、その後ろから、包帯を巻いた片腕を首から吊るす同じぐらい背の高い褐色美人のエルザがやってくる。
「お怪我は?」
「誰かさんの過保護のおかげか、念入りにギプスまではめられましたが無事ですよ」
「良かった……過保護なぐらいがちょうど良いのです」
心底ホッとした顔で言うソフィア。
心なしかエルザの方も何か言いたげではあったがハッとなって言葉を飲み込んだような印象を受ける。
「あら、ホワイトブリムだなんて珍しいわね」
ふと、そこでやってきたのはブリジットだった。
まぁ改めて見れば、どこか良いところのお嬢様っぽい印象の外人だな、とアズサとソラは内心自分の容姿を棚に上げて思っていた。
「!
…………いや、違う。こんな不良メイドがその名は相応しくない」
「関係者って言っているようなものじゃないのそれ?」
妙な単語が出てきたせいか、その場の人間の大半は疑問符を浮かべていた。
「……なー、ソラちゃんや」
「知らんよアズサちゃん。私はeX-Wのこと以外専門外」
「────えぇぇ!?今ホワイトブリムって、うわぁぁぁぁ!?!?」
その時、驚きの声ともに何かというか誰かが転んでこっちに吹き飛んでくる。
直撃コースは、しょんぼりしているハヤテの方向だった。
「危ないでハヤテちゃぁん!?!」
「え!?」
迫り来る影。結構な大質量。
なにせなんか丸い二つの巨大な膨らみが眼前に迫っている。
「わぷっ!?」
顔面に柔らかいものが直撃。
それだけでも驚きだが、問題は同時にバキィと言う音がハヤテの足元から響いた事だった。
誰かがハヤテに転んで追突した。
だが瞬間、ハヤテの左脚がトンと当たった場所が爆ぜた。
「ゲェ!ハヤテちゃん大丈夫か!?」
当然、周りはハヤテを心配するが、
(──今のは!!
まさか、震脚!?)
ただ一人、ソフィアはその様子を見て戦慄していた。
***
所変わって、整備場。
「うわ、なんだよこれ!」
肩に昔の仮面のヒーローのエンブレムが見えるほぼ無傷の機体の中、整備員がダメージ確認のために入って作業をしようとした時の言葉だった。
「どうした?漏らしたパンツでも捨ててあったか?」
「班長、そんなの見慣れてますって、この座席見てくださいよ!」
ふと、シートを簡単にスパナで外すのを見せて整備兵の若い男が上司にそう言う。
「げぇ!?固定外れてんのか!?」
「いやいや、このシートの肉抜き、全部曲がってるか折れかけてたんですよ!
シート全とっかえですねこれ!」
若干薄いといえど、シートを固定する金属板の肉抜きが完全に破壊され尽くしていた。
「チタンだよな?ブーストチャージ食らってもこうはならんぞ?」
「でも一番謎なのは……」
といって、開けられたハッチの下側を指す若い整備員に従い、恐る恐るそこをみる上司の整備員。
「げぇ!?!ホラーだろこれ!?」
────ちょうどモニター一枚を犠牲にして、手のひらの形に見える綺麗な凹みがあった。
「ブーストチャージの衝撃ではこうはならないぞ……!」
その謎の壊れ方に、二人はとても戦慄していた。
***
(派手に見えたのは、衝撃を逃したんだ!
倒れ込んだ相手が顔に触れた瞬間、全身を弛緩して衝撃を足先に!
片脚に衝撃と自分の脚力を乗せてカウンター。
この少女何者だ……?80年は鍛錬している中国武術家のごとき性格無比な技法だぞ……!)
その様子を見ていたソフィアが冷静に脳内で解説する中、転んだ方の大きなモノがようやく姿勢を正す。
「っと……あれ?」
────ハヤテの顔面に直撃したのは、立派な胸だった。
まだちょっとあどけない可愛い顔の、さらさらしたストレートヘアーに、自分たちと同じ独立傭兵支給のパイロットスーツを纏う少女。
その胸は実に巨大だった。
乳房が頭ぐらいは、ある。
「何ともない……いやぁ、eX-Wでも普段でも転んでばかりなのは恥ずかしい限りで……って大丈夫ですかそこの方!?!」
そして顔面にその質量の直撃を食らったハヤテは涙目だった。
「……心のダメージが大きいかも……」
ハワワワ言っているその胸のデッッッ…………カイ少女の前で、自らの慎み深い部分を触って涙目で言うハヤテだった。
「いや大きいのはこの子やろ、何もんやこのウシ乳」
「ちょっとまって、凄い重いよ、凄い重いよこれ?」
「ヒャァン!?!
ちょっと人の胸を突いたり下から持ち上げないでくださいよぉ!?!」
いつのまにか近づいてソラとアズサがぽよぽよ突いたたりその質量を片手で持ち上げてみたりしている。
「セクハラいくない!!」
「「ゲフッ!!」」
トスッと背中をハヤテに叩かれて、二人は地面に倒れ込んだ。
「うぅぅぅぅぅぅぅ……〜!!」
「…………君が、もしかしてユカリか?」
と、涙目のその大変胸が大きな少女……を、もしやと名前を尋ねるソフィア。
「え、はい!
……もしや、ソフィアさんですか?
まさか、ホワイトブリムの方がここにいるだなんて!
家事から会計まで完璧で無敵なメイドであり、いざと言うときは主人を守るべく戦闘もエキスパートの伝説のメイド集団!!
あれ、でも……ホワイトブリムはわざわざ独立傭兵登録しなくて」
「違うさ。
私は、今はただの不良メイドだ」
なんだか興奮して早口でそうまくしたてたユカリを、少し呆れた顔でそう会言葉を止めさせるソフィア。
「…………ユカリちゃん、戦闘中も思ってたけど、
eX-Wオタク?」
「うぇ!?いやその……私はただミリタリ趣味者としてeX-W方面に詳しくなりたかったと言うか、実物の性能やスペックとかよりは史実の活躍の方が好きと言うか、って……」
ムクリと起き上がったソラのセリフに一瞬たじろぎ、しかしすぐに声の主を見て怪訝な顔をする。
「……もしや、新美ソラさん?」
「そうだよ、柏野ユカリちゃん」
「……偽名ですか?」
「本名なんだよなぁ」
「白人じゃないですか!」
「遺伝子の上では多分?
じゃあ、君はなんなのさ、このおっぱいさ、改造か遺伝子いじったかじゃないとこんな私より大きくはならないぞぉ?」
「よくいるキモ親父みたいなセリフでポヨポヨしないでください!
私だって、ここ数年で急に大きくなって困ってるんですから!!」
バチンとその胸で手を弾かれた勢いで、思わずバランスを崩しそうになるソラ。
流石の質量に、止めるべき周りも思わず息を呑み、うぅと赤面して腕で隠しきれずとも腕全体で胸を押さえて睨んでくるユカリ。
「はははは!
アンタらガキみたいに煩い、って本物のガキの私に言わせる気?」
ふと、聞いたことのある声と悪党じみた言い回しのセリフが聞こえ、顔を向ければ癖っ毛の自分達よりも歳下の凄く顔が綺麗な美少女が現れる。
「その言い回しに声……まさかマリアちゃん?」
「言っておくけど、その名前気に入ってないって何度目だったかしら?
ま、アンタには良いか新美……ソラだっけ?
目立つ名前に煩い声で助かったわ……ほら!」
と、重そうなケースを投げて来たので慌ててキャッチしたソラ。
「この重さ……え、まさか!?」
即座に地面に置いて、周りが見守る中それを開ける。
きらりと光るインゴット。
黄金色の……いや、黄金そのものの。
「金だ!?
あ、そこの整備士さん!!ごめん、重量計貸して!!」
と、片付け中の整備士を呼び止め、重量検査用の重量計を地面に展開してスイッチを入れて上に金入りケースを置く。
「…………本物だ」
「間違いありませんね、これは」
「なんで分かるんよソラちゃんにユカリちゃんや?」
「このタイプのケースの重量知ってる。
金のインゴットの国際規格も金の重さも知ってるし暗算したけど、まず間違いない重さ」
「一個、ちょっと噛みますね」
「OK」
と、言ってユカリはインゴットを一個噛む。
犬歯を突き立てた金のインゴットには歯形が残っていた。
「……完璧な金ですね。柔らかいと聞いていましたが、結構……」
「っ!!
……はは!頭良いやつって最高!!
これも一応頼むわ」
と言って、渡した方を閉じて持ち、持っていた方を重量計に乗せる。
……結果は同じだった。
「この純金……もしかして、」
「そもそもアンタが『奪い取ろう』って言ったやつじゃない?
私は、この手数料込みの大きい方もらうわ……ああ、そこのウシ乳ちゃんの分もあるわよ。
3人で良いって話だから35万cnは……
苦労して逃げたクズを追いかけて取った私が13万、
あの戦いを制したアンタと、そこのおっきいのが11万ずつ。
文句はないわよね?」
明らかに見た目の年齢と思えない物言いと手際でそう金の話を突きつけるマリア。
「…………いいね。
私は文句はないよ。
そっちの二人は今更いるって言わないよね?」
と、ソラもソラでそう言って金の入ったケースを受け取る。
「ええ。私には不要な物です」
「略奪は趣味じゃない。傭兵らしくないと言われようが、な」
エルザとソフィアがそう断るのを確認し、よしとうなずくソラ。
ところがそこで、マリアから11万cn分の金を受領したユカリが、そっとそれをソラに差し出す。
「ソラさん、これはあなたのものです」
「え?
ちょ、何言ってるの!?」
「私は、最初からこうするつもりでした。
あなたが戦っている時、動けなかった。
…………機体修理費も、弾薬費も私が一番かかっていないはずです」
「…………そういうなら遠慮なくもらうよ。
でもさ、一つだけ言っておくから」
ソラは、渡された金を受け取るなり乱暴に足元へ置き、ビシリとユカリに指を向ける。
「お金はね、何かするための手段なんだ。
持っていて損はないし、使うときの方が多いこの世で生きていくための力なんだよ?
……そりゃ、くれるっていうなら貰うけど、
自分が弱いと思うなら、この報酬で機体のパーツを強くしなよ。
特にジェネレーターにブースター。
eX-Wは機体フレームよりこっちが先って私も今回嫌というほど理解したしね……」
「……分かってます」
「…………返さないからね。
じゃあ、アズサちゃんはい」
と、念を押した上でソラは隣のアズサにその11万cnの金塊の入ったケースを突き出す。
「へ?」
「へ、じゃなくて……
あの時に時間稼いで機体も大破してまで戦ったんだから、受け取るべきでしょ。
良かったよね、運良く5万cnとかじゃなくって?」
一瞬、キョトンとした顔をしたアズサは、しかしすぐにニヤリと笑ってケースを受け取る。
「おおきにな!もう返さへんからな!」
「知ってる」
「ちょうどええわ……ハヤテちゃん!ブリちゃん!」
「え、私?」
「待ちなさいよ、誰がブリちゃんよ?」
「細かいことええねん!
分けるで、ハヤテちゃんは活躍せぇへんかったけど3万な!で、ウチと弾代も修理費もエゲツないブリちゃんが4万、んで……てかどこ行ったねんカスミちゃんは?トイレ??」
と、早速重量計を使って分けはじめるアズサ。
……こりゃまた意外な事な気もするソラだった。
「……そりゃ私も分けてるとはいえさー」
「私は好きだけどね。後腐れなくて」
「マリアちゃんが言うのかそれ」
ハッ、と年下と思えない返事をするマリア。
「どうせ次に戦場で会えば敵かもしれない家業でしょ?
そんときは命乞いするか、あるいは殺し合うかでどちらにせよクズになるしか無い。
味方でも盾にする、なんてのは大なり小なりやる事で、それでも今回みたいに協力してやる事もあるでしょう?
どうせお互いに利己的なクズ傭兵同士、
助け合う時ぐらいクズはお互い利己的に助け合わないと。
違う?」
「エゲツないねぇ。
ま、嫌いじゃ無いけど」
へっとお互い鼻で笑いあう。
「ま、そんなこと言うクソガキマリアちゃんなら、次敵同士なら遠慮なく殺せるか」
「金渡したんだから貸しも借りも無しよ。
そのときは遠慮なく殺す」
「やってみな」
「言ってなさいよ」
ソラとマリアは、片手の拳を突き合わせてそう笑いながら言う。
ふとそれらの様子をずっと見ていたエルザがため息をつく。
「……スワン、とはこう言う物ですか」
「あなたのお母様がスワンの事を語らなかった理由でしょうね」
ソフィアの冷静な言葉に、エルザは複雑な表情を見せるしかなかった。
「…………ええ、結局こう言う部分もまたスワン。
私は、力も実力もまだまだで……生き残れたのは、この任務を達成できたのは運が良いだけだったんだ……!」
そして、二人の横でそう、ユカリはぎゅと拳を握ってそう言う。
「私は……未熟だ」
「いや当たり前でしょ。
私もそうだよ」
意外にも、ソラはその言葉にそうあっけんからんといった言い放つ。
「でも生き残ったなら今はそれで……
いや待った。まだやる事あるでしょ、みんな」
と、ソラはそう皆に向かって真剣な顔で言い放つ。
「まだ……?」
「いやさ、この金まだ『ついでで』貰ったお金でしょ?
傭兵なのに、依頼主からまだ騙された分の追加報酬貰ってないじゃん!」
あ、と言うか音、え、と言う顔が点在する中、やはり真剣な顔でソラは言う。
「歩兵武器持ってる人は全員持ってこう!
追加報酬無しなら暴れる用意して行こうか、傭兵らしく依頼主に会いにさ!」
***
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