エクレールメカニクスという企業をご存知だろうか?
レイシュトローム陣営に属する企業の一つにして、かの陣営のエネルギーインフラ生産・整備・運営を一手に引き受ける大企業である。
eX-Wパーツでは特に内装、ジェネレーターとブースターパーツ、そして同社が生み出す豊富なオプションパーツが有名であり、エネルギーシールド技術を最初に開発した企業としても有名である。
そして独特の武装パーツやフレームから、
『浮世離れした変態技術者軍団』と言われる企業である。
元々はレイシュトロームの武器開発部門から、珍しく軋轢や関係悪化なく独立した同社は、実体装甲やエネルギーシールド出力以外の性能が死んでいるといわれる重量二脚型『MAZIN-G』フレームシリーズや、近年はその自慢のエネルギーシールドを攻撃に転換する特殊武装パーツを生み出した事などで良くも悪くも印象に残っている。
その中でも、オプションパーツ『RZ073-WT』は同社の異常性を端的に表したオプションパーツである。
その効果は─────『ジェネレーターのリミッター解除』だった。
「ヤバい……リミッター解除だ!?」
<ユカリ>
『なぁ!?!』
ソラ達の目の前でB-REXは、驚異的な破壊力の光波ブレードを持ってコリシュマルドを切り裂いていた。
<ソフィア>
『お嬢様ぁぁぁぁぁッッ!?!』
ズン、と地面に崩れ落ちるコリシュマルドの残骸。
その向こうから青い複眼を光らせ、B-REXが赤い影を引いて空を飛ぶ。
<ソフィア>
『貴様ァァァ─────────ッ!!!!!』
空中から火を吹くアサルトライフル。
受けるヴェンデッタスリーはその抜群の実体重装甲と機体エネルギーシールドで受け止めて両腕のマシンキャノンを撃ち返す。
「バカ!!避けてよすぐに!!!」
まずいと思ったソラがゲイルスケグルを乱射し、ハイレーザーでB-REXの視界を防ぐ。
やはりというか光波ブレードがやってきて、寸でのところで後退した過去位置を燃やし切る。
<機体AI音声>
《エネルギー残り30%》
「ユカリちゃんも撃って!!少しでも機体のシールドを減衰させろ!!
2分間は生き延びなきゃいけないんだ!!」
<ユカリ>
『2分間!?なんの根拠があって!?!』
「良いジェネって言ったてそんぐらいが限界だよ!!
最悪エクレール製でも3分でお釈迦さ!!」
<ユカリ>
『あんな相手に3分も、キャア!?』
目標が変わった。
こちらに光波ブレードを放って空中で近づいてくるB-REXが見える。
「誰かが一機でも死ねば30秒も持つか!!
バカ言ってないで生き残ることだけ考えてよ!!」
アサルトブーストで再びやってきたB-REXの殺意の塊である光波ブレードを避け、ソラは近くの壁を蹴ってこの空間での高度を上げる。
<ソフィア>
『お嬢様は!?くっ……!!』
ソフィアは左肩の辺りから袈裟に別れたコリシュマルドを背に、ひたすら撃ってB-REXを倒そうとしている。
だが、目を向けるどころか、リミッター解除した故の膨大なエネルギーに任せて強化された防御シールドで攻撃を無視して、空中でまさかのソラへ攻撃を集中してくる。
「クソォ!!」
ガン、と苛立ちを力に変えてコックピットの液晶にヒビを入れる機械式の義手。
「こっちを見ろ!!ランク13!!
お前もアイツと同じならば!!!
私と戦え!!!こちらを向けぇっ!!!」
グレネードへ武器を切り変える。
だが、爆風こそ当たりそうだが、まるで後ろで目がついているかのようにこちらを見ず、B-REXは空中でドヒャ、ドヒャァとアサルトブーストを連続して避ける。
ともすれば、今狙われているブルーカナリアに着弾しそうでうまく狙えない。
───こういう時、周囲に被害を出さず大火力を叩き込むレーザーキャノンが有効だと気づき、
背後にいる大切な主人を撃ち落とした時にこちらに叩き込んだ攻撃が、マグレではなく計算だったのかと背筋がゾッとする。
(これが……トップランカーというのか……!!)
焦燥。残弾も正直言って心許ない。
手段が浮かばない……強化された身体ですら息が荒くなり、苦しくなる。
「どうすれば良いんだ……どうすれば勝てる……!?」
「こんなの……どうすれば良いんだ……!?」
そして、また別のコックピットで、
立ち尽くすフルメタルジャケットの中で、頭を抱えるユカリがいる。
「勝てない……何も良い方法も戦法も浮かばない……!!
何も……ダメだ、ダメだダメだダメだダメだ……!
あれも違う、アレをやっても……くぅ……!!」
どう動いて良いかもわからない。
柏野ユカリの膝の上に、何滴もの涙が落ちる。
「私は、なんて愚かなんだ……!
出来ると思っていた……スワンの理想通り自分ができると……!!
実際はどうだ……碌な活躍もせず、今も……
分かっていて動かない私はなんだ……こんなの、ただの……!」
<緋那>
『……拍子抜けだよね、本当』
ふと、通信からそう緋那・オーグリスの静かな声が聞こえる。
<緋那>
『リミッター解除は強力だし、私はこのまま勝つ自信まだあるけど、
……楽で良いけどさ、戦ってるの『一人だけ』じゃん』
ズバン、とブルーカナリアのすぐ真横をブレード光波が掠めてシールドを剥がす。
<緋那>
『残り時間も少ないって言ったら、そこの二人とももっと動いてくれる?』
<ソフィア>
『なんだと!?私は、』
<緋那>
『死んだかもしれない人間守ってるだけで、
まさか、『戦ってる』とか……言う気?』
初めて、B-REXの頭部がヴェンデッタ・スリーへ向く。
<緋那>
『同じ強化人間としてさ、ガッカリだよ。
楽なのは良いけど、正直さ。
気絶しているか死んでいるか分からない相手守ってるだけで、それをそこまでにした私に向かってこないとか、私は嫌い』
左腕のアサルトライフルで牽制し、ブルーカナリアの貧弱なジェネレーターのエネルギー切れを誘いながらもそう語り続ける。
<ソフィア>
『な……あ……!?』
<緋那>
『その反応。気付いてもいなかったか。
……お説教する義理はないけど、甘いよ。
何を思ってかは知らないけど、強化人間になったのにそれか。
……私と合わなくても近々死んでたね』
その一言で、ヴェンデッタスリーの攻撃が止まる。
まさに、今の状況そのままだったのは誰がみてもその通りだった。
精神的な攻撃に、ソフィアは今屈しようとしていた。
<???>
『─────黙りなさい……!』
だが、その瞬間思いがけない所から通信が繋がった。
「……まさか、お嬢様!?生きて……!?」
<エルザ>
『……私は、無事です……!
うっ……少しあばら骨にでも日々はあるけれども……五体満足なのは嬉しい、ですね……うっ……!』
ソフィアのヴェンデッタスリーの頭部が振り向き、コリシュマルドの断面から、這い出る褐色肌の女性────エルザ本人が見える。
<エルザ>
『……ランカースワン……!よくお聞きなさい……!』
そして、エルザはふらつく足に力を込め、力強く立ち上がってそう無線機に語りかける。
<エルザ>
『……守ることの何がいけないのですか?
人の心の優しさまで否定して、それで強くなったと言えるのですか?
答えなさい。あなたは、私を守ってくれたソフィアを否定できるのですか?』
その質問に、初めて緋那は攻撃の手を緩めてヴェンデッタスリーの方角へ機体を向ける。
<緋那>
『……ご高説はごもっとも。
ただ、今この瞬間は力こそ全てなんだよ。
優しいだけで生き残れるほど、目の前にいる敵が甘い人間じゃないのは分かるでしょ?』
瞬間、アサルトライフルを向けて掃射する。
とっさにヴェンデッタスリーをエルザの前に出し、その重装甲で弾丸を防がなければ死んでいた。
<ソフィア>
『お嬢様ご無事ですか!?』
<エルザ>
『ええ……!』
<緋那>
『いい反応速度だよ。強化人間適性が高い。
けどさ、それで守りにしか徹しない。正直ガッカリなのは変わらない』
<ソフィア>
『貴様……一体何がしたいんだ!?』
<緋那>
『…………自分語りするような、キャラじゃないけどさ……
いいよ、どうせリミッター解除が数秒しか残ってなくても勝つしね。教えてあげる。
───私は最強の強化人間になりたいだけ!』
再び右腕の電から光波ブレード。
ヴェンデッタスリーの一番装甲が分厚い部分を向けて受けても、無視できない損傷ができる破壊力がある。
<緋那>
『真人間にこだわる事も否定はしない。
ただ、強化人間が……そういう『特別』な人間より下に見られたくない。
だから、研究のため、その資金確保の為、そして私が強くいられるようにする為に、この世から滅ぼしたいクズの群れ相手でも依頼を受ける。
今だって、負けたらB-REXの修理費で大赤字。
でも、君らを殲滅すれば、新しいジェネレーターまでの距離が縮む。
自分勝手って言う気?
スワンが自分勝手で悪い?
君らにもさ、
自分勝手な理由でスワンになった理由、
たしかにあるはずだけどね』
言われて、ソフィアとユカリがハッと顔をあげる。
────娼婦の方がマシな死に様になるほどの『汚れ仕事人』。
それに、なる理由。なりたい理由。
初めての出撃前には、必ずあったはずの理由が、
今再び、二人の脳内に、心に浮かんできた。
「─────あるさ!!この場全員にさ!!」
そして、
B-REXとずっと戦っていた青い機体が、
新美ソラとブルーカナリアが再びB-REXと文字通りぶつかり始める。
ガギャァン!!
<緋那>
『ッ……!
まさか、ストライクブーストチャージ?
やるじゃん……スワン』
<機体AI音声>
《機体がダメージを受けています。
正気ですかソラ!?》
「やっぱ硬いか……シールドがさ!」
ストライクブーストを起動して、ソラは全力でB-REXへ最も頑丈なフレームのある部位である脚部からブーストチャージを叩き込んだ。
流石にリミッター解除出力のシールドでもこれなら抜ける。次は当たらないだろうが。
<機体AI音声>
《エネルギー残り30%
このエネルギーで回避までしないと死にますよ!?》
「ごめんねママ!!」
代償は痛いが、なんとか離れて即座に左腕部のマシンガンを撃つ。
リミッター解除した状態のシールドは貫けないが、牽制にはなる火力を見せる。
「あれさえ抜ければ、あのフレームの装甲なら勝てる……!」
<緋那>
『本当そうだから困るよね。
君が一番、技術が……いやなんていうか、根本的に『ガッツ』あるよね。
戦いを諦めてない。頭も冷静。
一番厄介なやつだから……
念入りに潰さないと、ね?』
B-REXが壁を蹴り、高度をとる。
トップアタックをされるわけにもいかない。
フレームの馬力もジェネレーターの出力も負けていても、同じく蹴って高度を取る。
「やれるものなら!!
やられたとしても、他の二人にボコボコにされる程度までダメージ与えてやる!!
ミッション失敗なんてさせるものか!!」
<緋那>
『すごい執念だ……何がそこまでか、聞くのも野暮だけど気になってきたよ』
「……っ」
一瞬、コックピットのある場所を頭に浮かべて、ソラは再び緋那に向き直る。
「単純だよ。私の夢と……
私の『家族』には、お金がかかるの!!」
マシンガンとアサルトライフル。
圧倒的総火力と、正確な照準の重い単発火力のぶつかり合いが始まる。
<緋那>
『夢?なにさそれ?』
「宇宙に……ううん、火星に絶対に行く!
シンセイにもカチューシャにも頼らないで自力で!!
宇宙開発するんだから当然天文学的な金が必要でしょ!?
でも火星に行かなきゃいけないんだ……私は私の手で!
ついでに家族も養ってやるんだ!
これも私の力でさぁ!?」
広大な空間の端、天井付近を脚で駆け巡り、
巨大な鋼鉄の怪物たちが激しい撃ち合いを繰り広げる。
<緋那>
『……はははっ!バカだよ君。
宇宙開発って、企業が乗り出すほどの金になる事業だよ?
企業の間に割り込む気?
敵がどれだけ増えるって考えてる??
正気じゃない……だけど私は好きだよそれ!』
バァン、と天井付近の攻防は、B-REXのARM-150Dの一撃がブルーカナリアのMGM-1000Aを破壊することで終わる。
「そう思うんだったらさ、ここで負けて死んでよね!!」
ピーッ!
直後、ブルーカナリア右腕のゲイルスケグルからのハイレーザーがB-REXのシールド範囲から僅かに出ていたARM-150Dを貫く。
<緋那>
『そういうわけにもいかないのがスワン。そうでしょ?』
しかし、一切の動揺なく緋那の操縦によって流れるように右腕が振り上げられる。
ブレード光波。
しかし、それを警戒した瞬間、B-REXの真横から強烈なHEAT弾が二つ着弾する。
「……遅いよ」
<ユカリ>
『─────遅くなりました!!』
壁を蹴り、勢い余って天井にぶつかりながらも高度を上げ、両武器腕からHEAT弾頭の砲弾を放つフルメタルジャケットの姿が見える。
当然、B-REXは回避したが、瞬間もっと巨大な爆炎が赤い機体を捉える。
<ソフィア>
『───情けない姿を見せたな』
背部に装備されたグレネードは、リボルバーリバティー社製『G3 タイムマシーン』。
石器時代直行の破壊力を備えた超重装タンクが、ヴェンデッタスリーが下から全ての武器を構えてこちらを見ている。
「まぁ、そう言うんなら撃破報酬出たら私にちょうだいね?」
<ソフィア>
『ああ。私にはそんな資格はない。
夢と家族に役立ててくれ』
ソフィアの意思を乗せるよう、マシンキャノンを乱射し、グレネードで合間を縫う射撃によってB-REXを撹乱し始めるヴェンデッタスリー。
「いや流石に冗談だけど……真面目だねぇ?」
<ユカリ>
『私も同意ですよ、彼女……ソフィアさんでしたか?
私は、今にもこのまま逃げ出して、選んだはずの道に背を向けそうでした。
でも……軟弱者で生きるぐらいなら、
ソラさん。
私は今、スワンとして死にます!』
なんと、ユカリはB-REXの未来位置を予測してぎこちないジャンプで移動し、腕以外は重量のあるフレームであるフルメタルジャケット渾身のブーストチャージでシールドを貫くようブチ当たる。
<緋那>
『……グフ……やるじゃん』
<ユカリ>
『今です!!』
ユカリの狙いは、機体接触時のエネルギーシールド干渉。
いくらリミッター解除されていてもこの隙に、という事なので即座にソラはゲイルスケグルを撃った。
無論フルメタルジャケットごとの射線だったが、ソラもユカリもお互い覚悟の上である。
何より、ガシリと右脚先のクローでフルメタルジャケットの胴を掴み、
オーグリス製のフレームの馬力で重量機を天井の叩きつけるような芸当をする緋那相手には、
B-REXには当たらない。
<ユカリ>
『グッ……!』
<緋那>
『お返し』
左脚先のクローで天井の崩れて出てきた鉄骨を掴み、そのままフルメタルジャケットを脚で地面へ投げる。
<ユカリ>
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ、ぐっ!?』
なんとか、地上スレスレでストライクブーストを起動して衝撃を緩和し着地する。
一息、の瞬間、B-REXが上から落ちてきて右手に電の回転する光が見えていた。
(あっ、死んだ)
一瞬そう思ったユカリだったが、直後遮るように二つのレーザー光が行手を塞ぐ。
「いや死んでもらっちゃこっちも困るからね!?」
そして、追いかけてきたソラはそう叫ぶように言う。
<ユカリ>
『ソラさん……!?』
「スワンになりたいならさ、生きて報酬貰わなきゃ!
骨折り損のくたびれもうけにもならないでしょ、死んだら!!」
そう言って、ソラは腰に格納していた予備武器のレーザーブレード、アヤナミマテリアル製『吹雪8型』を左腕部に装着する。
<ユカリ>
『……!
はい!!』
<ソフィア>
『……ふふ、たしかに。
こうなれば、是が非でも生きてコイツに勝たなければな』
ガシン、と再び地上に4機のeX-Wが集まってきた。
3対1、1対3。
どちらも、もはやいつやられてもおかしくない状況だった。
<緋那>
『……認めるよ、君らの力。
たとえ本当に殺しちゃったとしても、君らは今立派なスワンとして私と戦ってる。
始めようか。時間も余裕もないし。
殺すよ。君らを』
再び、B-REXがこちらに迫ってくる。
本当に本気の戦いをするために。
「じゃあ、こっちも『奥の手』って奴を使おうかな」
その時、ふとソラはそう言葉を漏らした。
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