[短編版]PILOT GIRLs/EXCEED-WARRIOR

来賀 玲
来賀 玲

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公開日時: 2021年10月11日(月) 18:59
文字数:4,848











 ────それは、侵してはならない『領域』。








 最終戦争より70年、この汚染された地上に存在する大地の中には、


 現在の人類の科学では再現できない、生物のような特性と統率された群れとしての動きをする自立兵器群が存在する。


 自立兵器群は、さらに静止軌道に存在する地上攻撃可能な衛星レーザー砲を備える人工衛星を恐らく司令塔として動いており、




 それらによって、完全に占領された大地があった。




 そこは、皮肉にも人類の生存可能な程汚染が自律兵器達によって進められた大地。


 もっとも清浄なる楽園


 そして、どこよりも人類を拒む場所。







 ────『静かなる領域サイレントエリア


 そこは文明の出す音が唯一聞こえない大地。








 かつては日本列島も本州の大部分が『静かなる領域』であり、

 現在も旧東北のミヤギより下と北関東のエリアは自立兵器群の占領下にあった。


 日本上空の静止軌道に浮かぶ衛星レーザー砲がどこよりも強固に防衛するこのエリアは特に、


 まさに、『人類未踏破地区』という言葉に相応しい場所…………









「あー、勝手知ったる我が家は落ち着くよねー」






 ────サイレントエリア指定地区『旧フクシマエリア』。

 昔は郡山こおりやまシティと呼ばれた廃墟群の一角は、見た目以外は改造され居住可能となっていた。


 時刻は午前4時。

 無数の、甲虫のような4つ脚の自律兵器群も蠢いているその建物の中で、新美ソラはその自律兵器の上にソファーにでも寝転ぶように身体を預けていた。


 恐らく、それは異常な光景である。


 人を見かければ即座に発砲する自律兵器が、自分の上で寝転ぶ人間であるソラに対して、自身の脚の一本を使ってペットボトルのお茶を差し出している。


「気が効くじゃん」


 受け取ってそう言えば、表情のわからない機械の目を向けた自律兵器が、3本指の前脚を器用にサムズアップさせる。



《だらけすぎですよソラ。

 そしてあなたも甘やかさないの》


 ふと聞こえる声。

 それは、ソラのeX-WのAI音声と同じもの。


 声の方向からふよふよ浮かぶドローンタイプの自律兵器がやってきて、上にはちょこんと15cm程のアニメの女の子の様な物が乗っている。


「ママ!

 今日は、その身体?相変わらず可愛いねー♪」


《自律兵器の標準機姿で怖くて泣いていたのはあなたではないですか》


 シュタッ、とソラの寝そべっている自律兵器の上に乗っかり、15cmぐらいのメカ少女───ソラの「ママ」が腰に手を当てて人差し指を差しながら言う。


「それ15年も前の話じゃない?」


《12年前も泣いてました》


「細かーい!」


《細かくて結構。

 私のAI本体はもっと大きくて複雑で、あなたの発言以上に細かく考えることができるので》


 チラリ、とソラはそう言われたので窓の外を見る。


 見える赤い複眼は、距離を離せば一筋のセンサーアイとしてその頭部を形作る。


 黒い人型、どこか戦闘機の様なデザインの機動兵器。


 いや……自律兵器群を統括するAIの組み込まれた、巨大な『高速戦闘・強襲用』の身体。



《────これですら、私の手足の一つでしかない》


 複眼の光がまるで瞳の様に移動して、ソラへ視線と意識を向ける。


「そして、本体は私にも秘密。

 そのぐらい知ってるよ」


《それしか開示していないともいえますけどね》


 ツンツンと15cmの方の「ママ」を突くソラに、軟質素材の頬を指先で弄ばれつつもクールに応える。


「調べたっていいんだよ〜?

 教えてくれれば、色々保守点検とかも出来るのにさ〜♪」


《もうすぐその必要もなくなるんです。

 あなたはあなたの事だけを考えればいい》


 ふとその言葉に、ソラの動きが止まる。


「…………ねぇ、嘘だよね?」


《質問の意味がわかりません。

 なにに対して、嘘だと?》


 非難する目付き……と言うにはいささか尋常ではないほど、恨みに近い目で「ママ」を見るソラ。


「…………私はさ、もうジェネレーターも、もう1グレード上のやつ買えられるくらい稼いだんだよ?

 なんでさ……前金の余りで、ママ達を修理するパーツを、」


《全ては予定通りなんですよソラ。

 資金だって、残してあります》


「何でだよッ!?!

 なんで……なんでここをなくす様なことを!?!」





《言ったでしょう?


 全ては予定通り。


 我々は使命を終えたのです》




 今度こそ、ソラは愕然とした顔になる。

 やがて、キュ、と下唇を噛んで立ち上がり、着の身着のままで走り出し、部屋の外へ乱暴にドアを開けて出ていった。


 …………一部始終を見ていた、乗っかられていた自律兵器が、15cmボディの「ママ」を見る。


《…………ええ、放っておきましょう。

 全ては予定通り。あの子の反応も。

 …………そう言うのであれば好きにどうぞ、個体番号0045987…………ああ、個体名『ピコみち』でしたか?》


 その自律兵器───よく見ると装甲の一部に子供の汚い字のクレヨンで『ピコ道』と書いてある個体が、一つ目のセンサーアイを「ママ」向けたまま入り口へ向かう。


《…………そうですか。私も人を育てるにはまだ勉強不足でしたね。

 ただ決定事項なのは分かっているでしょう?

 …………そうですか、お願いします》


 パタン、とドアを閉めて出て行く自立兵器。

 15cmの身体が、そして外の巨大な複眼が視線を上へ向ける。


《………………人間すぎる表現でしょうか?


 『そういえばこんな夜だった』、


 なんて言ってしまうのは》




          ***


 もうすぐ夜が明ける。

 今が、唯一夜空に星が見える最後の時間。


 文明の光が広大なフクシマエリアに存在しない結果、星空がまるで遠くの街の夜景のような強さで輝いて見える。


 東北の寒い空気がいっそ心地いい。

 ソラは、支給品のパイロットスーツの温度調節機能を使って、寒空の天体観測を行なっていた。



(落ち着くな……)


 ソラは地球から見える夜空が好きだった。

 暗い宇宙空間には、この眼の屈折率に合う大気は存在せず、


 この星の光は、この星で住むもののみに与えられた光景だというのが彼女の自論だった。


 あの空の向こうには何かがある。


 神々の世界、天国、そう言った物を想起させたのは、この星空の輝き。


 きっと、あの向こうの暗い暗黒の世界に飛び出す様になった今の人類でも、


 この地上から見上げる星空こそ、宇宙への挑戦を掻き立てた物なのだ。



(あ…………)



 流れ星が見える。

 やがて、無数の光と共に、流れ落ちる星たちが。


「…………」


 本来なら見れて幸運に思う事象は、ソラの知る理由が理由だけにあまり喜べない。





 今、宇宙は戦争状態だ。


 月を自らが保有する軌道エレベーターによる大規模な輸送を支えとした物量でいち早く独占しているバーンズ陣営の『シンセイスペーステクノロジー』を、



 自らが保有する大量の旧時代の弾道ミサイルを改造したロケットと数多の人工衛星基地を保有するレイシュトローム陣営『カチューシャクラート』は決して許さなかった。


 報復によるラグランジュ・ポイント封鎖作戦を展開したカチューシャを地球圏の外の開発を阻害していると批判しシンセイは当然の様に徹底抗戦を開始。


 恐らく2大陣営唯一の直接攻撃を行い続ける二つの企業のせいで、






「…………スペースデブリが増えすぎて、


 私が、ううんあんた達も、

 二度と火星に、いやどこにも行けなくなったらどうすんのさ……!!」




 宇宙に散って行くあの命達にいかに悲劇のドラマがあろうとも、結果として邪魔だという感想しかおきない。


 結局、地球人類は地球から離れられない。

 宇宙へ出ようとも、地球の争いを置いていけなかった。

 重力が、量子力学においてどれほど距離が離れても観測が難しい力でも必ず影響するというのなら、

 地球人は、永遠に地球の重力からは逃れられないらしい。


 キィ、と一瞬ソラの瞳が光り輝く。


「……なんだ、心配してきてくれたのか」


 顔を向けると、一体の自立兵器───ピコ道とソラは呼んでいる個体が、あったかいお茶と毛布を持ってきていた。




「なんだかんだ、15年も大切に使ってる毛布だよねこれ?」



 それにくるまって、湯気の立つ熱めのお茶を飲みながらピコ道の隣でそう言うソラ。

 ピコ道は、一つ目のセンサーアイで、少し淡い青に変わっていく遠くの空を見ていた。


「……なんだよ、柄にもなく空の色の感想なんか」


 ピコ道の言葉はわかるので、訊ね返してみるとこちらに視線を送って機械の言語を送ってくる。


「…………そうなんだ。

 あの日…………もこんな夜空だったんだ」


 再び空を見るピコ道。

 ソラには、人間には聞こえない彼の声が聞こえる。


「……分かってるよ。ピコ道達も、ママ達も、決めた事は必ず従うし、『例外』はないって」


 ふと、そのソラの言葉に何やら含みのある視線と共にピコ道が何か言う


「…………まぁそれもそうか。


 なんて、例外中の例外だよね」


 どこか悲しげに笑ってそう言うソラを見て、ピコ道はある映像記録を思い出す。





 15年前、旧ニホンマツ地区に落下した隕石。

 データ上はさほど取るに足らない物───そう偽装された物。


 発見した小型のカプセルの表面には、いくつかの言語でこう書かれていた。


『第2次火星移住計画』


 自立兵器群が不振に思ったのは、発信された『彼ら用』の周波数による救難信号。

 カプセルの中身は…………



『オギャアーッ!! アァー!!』



 毛布に包まれた、元気に泣き叫ぶ人間の新生児が一体。





「おーい、バグったー?」


 映像が終わり、切り替わった先にはその新生児が成長した姿があった。


「…………誰がデカく育てたのさ?

 ……って、今なんて言った!?今重いって言ったぁ!?」


 事実を言ったことに対して何を腹を立てているのか、とピコ道は肩をすくめる様な動きをついしてしまう。

 等のソラは、誰が重いんじゃー、と無理だと言うのに素手で自立兵器に掴みかかっていた。


「ぐぬぬー!


 ………………そっか、私も大きくなっちゃったんだよな……」


 ふと、怒りに染まっていた顔が落ち着き、そう言ってピコ道に背中からもたれかかるソラ。


「…………『本当のお母さん』とのつながり、この毛布しかないや。

 第2次火星移住計画、AD3021年って書いてるこれ」


 15年ものの割に保存のいいそれを見て、そう呟くソラ。


「最終戦争の時、の表記か……

 もうとっくに移住して何かあってなのか、移住半ばで力尽きた船から射出されたのが降ってきたのか……

 それも、カプセル自体が燃えてぶっ壊れちゃって分からない。

 確かめる方法は、火星に行ってみるしかない、か……」


 再び、星が見えなくなって行く空を見上げるソラ。




「…………酷い話だよね。


 私には本物のお母さんの記憶ないのに、

 今のママにもみんなにも、大切にしてもらってるのに、


 ……私は、火星の重力から逃げられてないみたい。


 生物学的にも、生きた年数も、地球人となーんにも変わってないのにさ……


 火星に帰りたい思いばっかり、強くなってくなんてさ」



 す、と空に手を伸ばすソラ。



「…………シンセイもカチューシャも、火星になんか行けない。行かせたくない。

 だから、自力で行かなきゃね……生きているうちに行けるかな…………多分私の生まれた場所に」



 虚空の何かを掴むよう、拳を握りしめる。

 決意は、いつでも変わらない。





 やがて、東の空に朝日が登る。

 星空は青空へ変わり、輝く太陽が大地を照らし始める。




「本当は、生まれ育ったこの場所も守りたかったけど……」



 光に照らされた廃墟群。

 その一部に蠢く、虫の様な自立兵器達。

 整備をするは、より強力な機動兵器型。



「……分かってるよピコ道。

 親孝行したい子心もあるけど、巻き込みたくないっていう親心もさ」



 立っているソラは吹きかけられた風に持ち上げられた自分の金髪を抑え、登る太陽を見る。




「……うん。今日から色々と頑張らないとね」




 そして、改めて笑ってそう決意を新たにするのであった。





「さてと……まずはジェネレーター新しくして、

 本格的な傭兵スワン稼業に備えなきゃ!


 ピコ道〜、整備手伝って〜?お願ーい!」





          ***












 最終戦争より70年、それでも人々は戦いを辞められない。


 そんな世界で生きる『スワン』達は、今日も戦場へと羽ばたく。


 生きるため、夢のため、


 彼女達もまた、戦場から離れられない。


 彼女達の行く末は、果たして…………






                END

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