────シティーガード倉庫の一角は壮絶な事になっていた。
袋に入れられた死体が並べられ、番号が振られる。
全て、今回の作戦に参加したスワンの雛鳥、醜いアヒルの子達の物だった。
一人、苦しみに満ちた表情で死んだ死体を見つめる目があった。
キョトンとしていると言うべきか、その顔には軽い疑問だけが浮かんでいるような様子の表情が浮かぶ。
────澄川カスミは、とりあえずその遺体の袋を締め、出来ればあんな顔のまま天国には行かないで欲しいという願いで手を合わせて置いた。
「うぅぅ……!!
痛すぎてもうどこが痛いか分かんないよぉ……!」
ふと近くで聞こえる声。
顔を向けると、ストレッチャーで運ばれる包帯だらけの人間が一人。
両腕も両足も吹き飛んで、目の当たりも包帯が巻かれた悲惨な少女が運ばれていく。
「私は良いからあの子の治療優先しなよ」
「あんたも割と神経系ズタボロで重症なんですからね!?ペン握れて無いんですよ!?治療遅れて室長にも所長にもドヤされるの我々なんですからね、緋那さん!?」
つづいて、何やら機械の棺桶のような蓋が半透明のカプセルに入れられる小さな少女が。
声に聞き覚えがあったがそのまま近くの搬入口まで行ってしまった。
「…………私もああなるかも知れなかったんだな……」
「おーい、カスミちゃーん!」
ふと呟いた言葉と同じタイミングで、ゾロゾロとやってくるのはアズサ達だった。
「アズサさん……あれそちらは?」
「こっちがソラちゃん。今回のMVPや」
「MVPはそっちでしょ?
私ソラ!新美ソラね、わー外人だー、とかはもう言わないでよね?」
「はい……というか武装までしてなんで?」
と、スワンにとってはお馴染みの個人防衛火器からカービンまでで武装した様子を尋ねるカスミに、カービンを渡しながらああ、とアズサは答える。
「これからクソ依頼主サマに追加報酬どうなっとんのか尋ねにいくんや」
「相場より5割追加確実だね!」
「なるほど……」
「あ、みんな待ちぃ!!
仏さんの前や!!手を合わせるなりなんなりしとかないとな!」
と、言ってアズサは目の前の大量の死んだ同じ醜いアヒルの子達へ手を合わせる。
続いてソラ達日本出身でどちらかと言えば仏教徒の皆が手を合わせ、ブリジットなどの海外勢は十字を切り祈り、なんとソフィアは聖書片手に聴きなれない何かの言葉を言い始める。
少し長い、と感じる程度には、
全員死んだ相手へ祈っていた。
「…………あらら、皆さん意外と殊勝な子達ですねぇ?」
ふと、横に少し離れた場所から声がする。
メガネをかけた年上の美人、そしてソラ達と同じ支給型パイロットスーツの女性が同じく手を合わせていた。
「フォルナ・ミグラント……!?」
「…………仏教徒だったのか」
「70年も前にハルマゲドンが起こったくせに、全能なる我らが主とやらも地獄の悪魔も知らんぷり。
ならばここは六道が一つ修羅道。
地獄みたいですけど、結局自業自得の世界だったという事ですよ」
言葉の意味を全部は理解できないが、何故かその言葉の重みを心で理解できてしまった一向。
…………神がいるなら、この無数の屍の山は、まだ年端も行かないような少女達が金を求めて騙されて死ぬ事などない。
────生き残ったこちら側が奇跡なのだ。
それが、理解できるほどの屍の群れだった。
「………………」
誰も何も言えなかった。
「…………飛べない鳥もいれば飛べる鳥もいる」
ややあって、フォルナはそう言葉を切り出した。
「育てるための資金も時間もお互いない。独立傭兵とは、何者にも縛られず、そして何者も助けてはくれない。
中立とは『全員共通の敵』とはよく言った物です。
我々は飛ぶチャンスを与えても、飛べるまで面倒は決して見ない。
なんならローエングリン機関などのスワン統括機関ですら、そのスタンスは変わらない。
故に、飛べない鳥は落ちて死んでもらうしかない」
「なんやそれ……じゃあ、この死んだウチらの同期は、ひょっとしたら飛べたかもしれへんって事ですか?
そんな……そんな酷い話、」
「そんな酷い話を生き抜くあなた達みたいな『主役』でなければ、このクソみたいな世界で『独立』なんざ出来ないんですよ?」
思わず声を上げたアズサの言葉に、冷たく言い放つフォルナ。
「まずは生き残りおめでとうございます。
あなた、いやあなた達全員、まずはここにいる死んだ同期の屍の上で舗装された道を歩き始めました。
彼女らの欲望を踏み台に、彼女らの業を背負い、死ぬまで飛び続ける。
白い羽根に返り血をべっとり付けたまま飛び続け渡りを成功させた白鳥。
それが今日生き残ったあなた達です。
覚えておいてください。忘れられないでしょうけど」
全員縮み上がる思いが込み上げてくる。
……この無数の死人の上に、今ようやく立っている。
改めて、言葉以上に深く魂に刻まれる事実が、フォルナ以外の全員を……いや。
そうか、すでに彼女もずっと前に、
この感覚を知った。
いや、今も、
もはや慣れたと言えるほどに、この感覚を覚えながら尚も、
屍で舗装された道を、歩き続けたのだ。
そう、理解してしまった。
「…………うっ」
「お嬢様!」
エルザが口を押さえて蹲るのはすぐだった。
「……分かってます。大丈夫です、大丈夫……」
ソフィアを筆頭に全員が駆け寄る。
なにせ……痛いほど分かったからだ。
あのマリアですら、俯いて目を逸らしそうになっている。
「……上等じゃないのよ……!どうせ、どうせ堕ちるとこまで堕ちてるのよ……私は……そうじゃなきゃ……」
「……堕ちるなら、まだ底があるだけマシかもね」
そして、ソラはそうマリアの呟きに対して答える。
「あ?」
「……飛んでるってことは、私たちは空の上にいるんだよ。
どこまでも広がる無限の空。
底はあるかもしれない……でも高度の上限はあるか分からない。
もしも底が海だとしたら?明るくても同じ色の空と激突したら死ぬかもしれない場所が底で……
どっちが上かも下かも分からなくなって、上がってるつもりで底に向かっていたら?」
「あぁ!?!
ふざけんな!!あんた……ビビらせて楽しいわけ!?」
「そこのチビっこちゃん?
空間失調なんてよくある事ですよ。
自分が何をしたかったのか、自分がどこにいるのか、それが分からない。
分からないからただただ怖くなる。
怖くなって脚を、翼を止めた瞬間……」
「やめろ!!じゃあどうすれば良いのよ!?!
私は……私は飛んでようが底にいようがやることは変わらない!!
身体売るにも凶暴すぎて、そのくせゴミ溜めで生きることすら選べないような人間が!!
他人を殺して生きるって言った私が、今更ビビって後戻りできるわけがない!!
あんたらもそうでしょうが!!
今更戻れない!!
戻れる場所なんてないのよ!!ねぇ!?」
ガン、と手短な場所の消火栓を蹴るマリア。
チッ、と舌打ちして、苦虫を潰したような顔で言う。
「……親の顔は、無駄に綺麗だったこと以外知らない。
親の愛情とやらも知らない。そんな無数にいる奴の一人として生まれて……
愛想良くして人間専門のペットショップの店頭で物好きに買われるような人生もできたくせに、優しそうな名前を付けられたバカなメスガキは無駄に手に噛みつく凶暴さで……捨てられるなんて目に見えてた……!
クソ……なんでこんな話をしてるのよ私は……!!」
また消火栓に蹴りを入れるマリア。
……止める人間は誰もいなかった。
大なり小なり、スワンになる『理由』がある。
それが他人を盾にするような人間でも。
「怖いでしょう?
あなた達も、いつか自分がどうすればいいのか分からない時が、よりにもよって戦場の真っ只中にやって来ますよ。
だったら、老婆心ながら一つだけ言っておきます」
そしてそれをずっと見守っていたフォルナが、そう言葉を繋げる。
「……綺麗事でも仕方なかったでも、夢みたいな事でもどこまでも現実的な事でもいい。
金の為人のため、自分のためでもなんだって良いんです。
なんで戦っているか。
その理由だけは忘れないでください。
それが、あなた達のいずれ来る精神的な『空間失調』に対する、たった一つ正常な数値を示す計器になります。
せっかくあの緋那ちゃんから運よくでも生き残ったんです。
出来れば私の言葉、忘れないで欲しいですね?」
ニコッ、とウィンクを見せてそう締め括るフォルナ。
「……あの、こんな時に何をと言われますが、フォルナ・ミグラントさん?」
と、そこで唐突にそう声を上げたのは、エルザだった。
「あらあらどうしましたぁ?」
「……先程の話に関係のある事だと思って、不躾ですが……
探しているスワンがいます。
機体名はフランベルジュ。
アーニャ・イェルネフェルトというスワンをご存知ですか?」
ふと聞いた名前に、意外そうな顔をフォルナは見せる。
「あの、『追い討ち』アーニャですか……
数ヶ月前にカチューシャクラート勢力圏での任務で見かけましたけど、」
「え?数ヶ月前に!?」
「ええ……私あの『汚い剣豪女』とも、さっき運ばれた緋那ちゃん並みに因縁ありますしねぇ。
なんですか、あいつの関係者だったりしま……」
ポロポロ、と直立不動のまま涙を流し始めるエルザ。
すぐに、両手で顔を覆って嗚咽を漏らし始める。
「……生きてた……!!
お母様が……!!!」
「────何ですって?」
突然やってきた単語に、フォルナもなんなら横で聞いていた皆も……いや、ソフィア以外の全員は驚愕に染まっていた。
「うぅ……1年前…………突然消えてしまったお母様が……!!
生きている。少なくとも数ヶ月前までは……!!」
「待って!?ちょ、ちょっと整理させてください!?
え!?あの!?!
酒場で男のキ◯タマを酔った勢いで蹴って潰すようなのが!?
その後空になったマグナムボトルにトイレ行くのも面倒くさいからオシッコしちゃうようなあのアーニャ・イェルネフェルトが!?」
「……言い過ぎでは?」
「ソフィ。間違いなくお母様です。
…………まったく、そのまま化粧を落とさずに家のソファーで寝るまでが……久々に目に浮かびます」
「…………それ以前に……
あのアーニャは、確か『赤毛の白人』だったはず」
「ええ。拾っていただいた身ですから」
あ……と言いかけたが、特に何も言わずエルザは『褐色の肌』に流れていた涙を拭って言う。
「それでもお母様です。
言葉遣いを真似するな、ご近所のシスターの様な口調になれと乱暴な口調で怒って、家事は出来ずいつも酔ってばかりのダメ人間でも……
……失踪して欲しくはなかった、私の家族でした」
エルザは頭を下げる。
「ありがとうございます。フォルナ・ミグラントさん。
……まだ私の『戦う理由』が生きていると知れました」
「……水を指すようで悪いのですけど、スワンやってる人間が数ヶ月消えるって事は、つまり死んでいると同義です。
いや、もし生きていたとしても、あなたがアレと出会う前に……死ぬ可能性もあるんですよ?」
「ええ……嫌と言うほど理解しています」
フォルナの問いに、再び死体の群れへ向き直りそう言う。
「それでも信じます。
そうした方が良いと言ったのは、そちらですしね?」
「…………こりゃ、とんでもない事を教えてしまったみたいで」
「…………とんでもない事ついでに、私からも一つあなたに聞きたい」
「なんです?」
「……あなたの戦う理由はなんだ?」
ふと、ソフィアがそうフォルナへ質問する。
すると……ニヤリと笑ってフォルナはこう、切り出した。
「……人類に叡智を授けてやりたい」
「は?」
「私はですね、最終戦争前にたしかにあった世界を……
少なくとも、世界の半分は文字が読めて書けた時代にしたいんですよ。
もちろん、あらゆる人類の生まれた土地の言語で」
それは、いまいち分かりづらい説明だった。
するとやっぱりか、という顔でこう続ける。
「つまり、全世界に学校を立てて、どんなバカでも最低限文字ぐらいは……英語ならばアルファベットは、日本語ならひらがなぐらい読めるように教育してやりたいんですよ。
私、バカとアホは許せても自分が話している文字が読めないでいる人間が死ぬほど嫌いなんで、この世から消し去りたいんですよ。
でも文字が読める人間以外殺し尽くすのなんて面倒でしょう?
ならばどれほどお金も時間がかかっても、せめて読み書きは出来る人間を生み出す物……学校を世界中に作った方が確実です」
「……学校に好き好んで行くような変わり者がそうそういるわけ?」
ふと、フォルナに向かってあのマリアがジトッとした目で見てそう言ってきた。
「何だったら炊き出しついでにやってやりますよ。
それに、結局この世を作っているのは企業。
自国語だけじゃなく、他国の言語をも操って、
足し算引き算以上の計算ができる人間の集まりです。
彼らになりたいけど、一生をただの小間使いやら自分の糧食を作るだけの人間は……この世界じゃ多いです」
ふと、フォルナは足元にあったバックを開け、中からパンフレットを取り出してマリアに渡す。
「……?」
「読めます?」
「……『初等教育課程学校カリキュラムの案内』、って読めば良いの?」
「ご明察。あ、あなたはこっち」
と、各人を見ながら、それぞれ一部の文字──『初等教育』の部分が『中等教育』『高等教育』に変わった色違いのパンフを分けながら渡していく。
「……意図を聞く意味で、コレなんですか?」
「独立傭兵ボランタリーチェーン総帥として、所属するスワンの任務報酬から毎回5%分取ってるのは、
何も施設利用や輸送費用だけじゃなく、これらの過程の『授業料』という事ですよ」
と、配るべきだった資料の残り多数をバッグにしまいフォルナはそう言う。
「勉強しなさいな。嫌でもせめて私の作った教室に顔出して配られたプリントぐらいは解きなさい。
無知のままじゃ、死んでも死に切れないでしょうし、一応一食分の温かいご飯は無償提供してますし。
早く卒業できれば2%は報酬が増えますよ?」
どうやら、本気で学校を作っている上で来させようとしているらしい。
「あなた達も、学校へ来なさいな。
我々の『本部』近くなら安いガレージも売り出し貸し出しなんとでもなる環境が揃ってます。
ご存知チバエリア、旧幕張周辺。
目印はかの有名な『ファイト・オブ・エンタープライズ』の勇姿ですよ〜」
「勧誘じゃないですかただの」
「そりゃもちろん。少なくとも我々の誘いにはもう乗ってくれたでしょ?」
ソラの呟きに答え、さてとフォルナは腰からオートタイプの拳銃を取り出す。
「……なにしてはるんです?」
「あら、あなた達と同じですよ?
目標は、この先の扉の外です」
あ、と皆が一瞬でフォルナの言わんとすることを理解した。
「傭兵ですもの。あなた達の行動は正しいですよ?
ちゃんと追加報酬はいただいて帰りましょうか」
にこりと笑うその姿には、年季と言うべきか傭兵としての『凄み』がたしかにそこにはあった。
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