「……お金が、ない」
彼女こと新美ソラの現在の所持金は、日本通貨で110円である。
目の前の自販機のハンバーガーは358円。
「…………ぐっすぅ〜……!!」
彼女は、そのまま自販機のあるスペースを離れてタラップを進む。
一々ガッカリする気力も何もない。なにせ……
たどり着いた大きく開いた『ハッチ』から、座席の後ろの収納スペースを開き…………
「…………またこれか……ぐぬぬ……!」
泣きそうになる。取り出したものを見て。
地球再生を謳う機関『オーグリス機関』は、強化人間にサイボーグばかり作っているせいか、この『ザ・タンパク質-チーズ味-』みたいなゲロ不味い上に無駄に一袋が多く一本で腹の虫を黙らせる量の合成食料を格安で売っている。
一口食べれば、水でもう良いかなとか頭をよぎる。
ここで初めてガッカリするのだ。
もそもそ食べるしかないそれが、しかし支給品として配られたそれだけが、困窮した経済状況の女達に許された命をつなぐ手段でもある。
「…………にしたってマズいんだけど……強化人間対応の味付けって感じ。味覚切れそうだしあの人ら」
贅沢は言えないが、文句を言う権利はある。
それが新美ソラの主張だった。
文句ついでに、この狭い座席の中である言葉を思い出す。
***
訓練終了おめでとうございます
我々はこれからスワンになるあなた達に、たった一つの試験を与えます。
提供された機体を自由に使い、任務を一つ受領して遂行すること。
それができて初めて、あなたはスワンになる。
では、死なないよう頑張ってくださいね
***
(2週間の訓練の後は、『自分でどうにかしろ』か。
正規軍、っていうのがこの世にあるかは知らないけど、これぞ『傭兵』って感じ)
彼女が今、来ている式典での使用や平時の身分証の代わりの制服っぽさのある特殊パイロットスーツ。
物理的に命を守る機能もあるこれが示す自分の身分。
スワン。
傭兵、それも特殊かつ女性限定の傭兵の呼び名。
『ある兵器』を操り、戦場を駆け回る傭兵たち。
莫大な金と引き換えに暴力を提供する仕事。
それは、身体全ての内臓を売るよりも高い金を一つの任務で得られ、
いっそ娼婦の方がマシな死に様を迎えることのできる危険な『汚れ仕事人』。
もっとも、その商売道具は維持費も購入費も莫大だ。
「高い金かけたんだぞ、お昼がコレになるレベルの……!」
今、背にもたれている後ろのハッチの商売道具に向かってソラは話す。
────開いたハッチ部分から生える『横顔』。
足場の下に見える固定用アームに挟まれた『両脚』に、ソラの真横で幅を取る『肩』が……広く四角いこの『腕部パーツ』特有の、肩の上に鎮座する二つの『ブースターノズル』。
全長約6m
二階建ての建物に匹敵する大きさの『人型ロボット』。
鋼鉄の巨人……名前を『EXCEED-WARRIOR』
それが、スワンの仕事道具だった。
(前金の50000cn支給品パーツの一部を売っ払ったお金が大体300000cn…………フレームに武器に、ブースターパーツだけはなんとかしたけど……ジェネレーターが出力から容量から全部不安なんだよなぁ……あー、もっとお金あればなぁ……!!)
ソラは、不味い合成食をこの日本列島では異常に安いペットボトルの天然水で流し込んでずっと考える。
企業世界共通通貨『cn』
日本語圏にとっては冗談みたいな発音だが、その信頼性から、日本円換算で1cn=1万円の価値がある。
「───しっかしボロい仕事だよなぁ、初仕事にしちゃ!」
「───前金が相場の5倍!運が良いよね〜♪」
ふと、後ろのタラップを歩いて誰かしらが会話して歩いてくるのが聞こえる。
まぁ知り合いなんていないので、聞き耳を立てるだけにしておく。
「軍事演習の仮想敵だろ?全弾回避すれば修理費もタダだぜ!」
「私、武器売っ払ったお金でちょっと高めのパルスとかレーザーにしておけばよかったなー……弾薬費かけたくなーい!」
キャハハ、と笑って過ぎ去る二人組を尻目に、ヘッと声は出さずソラは笑っておく。
(こんなクソジェネレーターでレーザーなんて……物好きか私みたいな守銭奴以外にやんない方が良いってーの!)
《────言われてますよ、ソラ》
と、唐突に自機のコックピットから響く声。
慌ててソラは中に入り込んで、あるモノの口の辺りを塞ぐ。
「ちょ、ママ!!
静かにしなよ……通信規制で家族との電話って言い訳出来ないんだよ……!?」
《私がそんな人間のようなヘマをするとでも?
あなたにしか聴こえてませんよ、ええ》
この狭いコックピット内部のソレ───彼女曰く『ママ』なる相手の答えにソラは不満そうにむくれておく。
誰が一番心配なのかを考えて欲しい、がママに対する彼女の内心だった。
《そんなことより、彼女達は渡されたあの教育ビデオを見てないのですかね?》
「教育が好きな人間なんていないでしょ」
《悪い子ですね》
「はいはい、定型句の『そんな子に育てた覚えがない』って言うんでしょ、マーマ?」
《残念なことに、15年11ヶ月分は詳細なあなたの映像記録があります。
こんな子に育てた覚え以外ありません》
「……ひょっとしてそれギャグで言ってる?」
《問題でもありますか、ソラ?》
ああやっぱり私の『親』だ。
そう思ったがやっぱり癪なので何も答えないでおく。
《……なんでこのミッションを選んだのですか?》
ふと、ママという人物がそう尋ねる。
「お金」
《損得の概念は教えたはずです。
初任務にしては、このミッションはハイリスクすぎる》
「でもきっとハイリターンだよ」
《死ぬ確率が高い。あなたは私が育てたと言え、スワンとしてはまだ殻も取れてな》
「私は待てない!!!」
思わず、周りに聞こえそうな声でそう叫ぶ。
「……夢のための最短ルートなんだよ」
《嘘はやめなさい。まず真っ先に『我々』の資材を買ったのは、》
「それだって私の為だよ!」
《我々に使った資金さえあれば、パーツ構成の幅も上がった上に合成食意外にも食べられたはず》
「…………うっさいなぁ……別に私は大丈夫!」
不機嫌な顔のまま、ソラは支給された端末に送られた依頼文を開く。
***
依頼主:シティーガード北方エリア支部
報酬:契約金 50000cn
成功報酬 結果により算出
この度、日本列島旧北海道『北方エリア』にて行われる、シティーガード北方エリア支部基地総合火力演習にて、仮想敵役をやってもらいたい。
武装・eX-Wの形式は自由だ。人数も派手な数がいい。
細かい内容は到着をもって知らせる。場合によっては追加で報酬も検討している。
***
《……新人スワンの相場は1万cnからのはず》
「なのに前金で相場の5倍。
…………コレの通りだったな」
ふと、スワンの訓練を受けた時に、企業付きではない独立傭兵達の活動補助機構共同出資組合から貰った教育用映像記録ディスクを見て言う。
「お金の代わりに、命差し出せってことか」
***
───『最終戦争』の終結から、70年の月日が流れていた。
地球の大地は未だにあらゆる汚染を受け、唯一無事な日本列島以外の人間は、地下か成層圏へとその生活圏を移していた。
国家や民族という概念は曖昧になり、
世界を分けているものは、力ある経済主体たる『企業』達によって決められていた。
企業は、二つの陣営に分かれ経済と己の利益を求めて争っている。
地下と地上の住む大多数の人間を今生かすため、それまでの歴史的遺物や自然も顧みない生存権の拡大を目指す『バーンズアーマメンツ陣営』
星の未来と歴史を重ね生まれて紡がれた文化の保全を謳い、一部の上流階級がその下の人間達を犠牲にしてでも地球再生と保全を目指す『レイシュトローム陣営』
お互いの主張の違い、支持母体の違いや身内の因縁の歴史から常に対立をつづけ、
されど利益の循環のために決してお互いを滅ぼさない『理性的な均衡』を、二つの陣営は続けていた。
貧富の差が拡大する中、傭兵業、特に機動兵器を操る女傭兵達『スワン』は、その対立を糧として戦場を飛び続けていた。
特に、企業専属ではない、
報酬によってどの陣営にでも属する『独立傭兵』達は、より過酷な戦場を飛び続ける。
これは、独立傭兵スワンという過酷な生き方を始めるため、
もっとも過酷な『死の選抜試験』を受ける少女達の話。
***
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