────基地の外は冷たい北の大地。
荒野に流れる冷たい風が全てを包み、遠くに見える街の光以外には何もない。
「……改めて見ると変な立地」
「せやねぇ……『シティーガード』言うわりにシティーがあんな遠くで、周り何もないやん」
ソラとアズサの素直な感想に、おぉと驚いて呟くフォルナ。
「鋭いですね!たしかに本来シティーガードというものは、都市部のテロや我々スワンの襲撃に対応する物です。
……ただ、ここは本来それだけでは『シティーガード』を名乗れないのでしょうとも」
そういうと、視線で皆にある場所を見せる。
────広い格納庫の外、滑走路としても使える舗装された場所に並ぶは大量のMW群。
飛行爆撃用の円形の身体にスラスター付きの逆脚などを持つ『ハーピー』から、巨大な盾と大口径スナイパーキャノンを肩に持つ四脚の『AAスパイダー』……
さらには、バーンズ陣営普及攻撃人型MWの『ウェアウルフ』……
さらにさらには歩兵装備の面々や兵員輸送用の装甲車までがあり、皆簡易テントの下の野外炊飯所で出された温かい食事を食べて何かを待っているような顔だった。
「…………ケッ!!
なんやアイツら!さもこれから仕事しますみたいな顔で全部ウチらに押しつけて飯食っとるんかいな!!」
とうとう、溜まりかねたアズサが聞こえるような大声でそう声を上げる。
「アズサさん……!声が……」
「聞こえるように言っとんのやエルザちゃぁん!?
あんたは仏みたいな顔できるタイプやろうけどウチは違う!!
アイツら、一度でもあの地獄みたいなとこ出てきたか!?
終わってから回収に来ただけやんけ!!
こんな立派な装備持っておいて、人騙して地獄送っといて何様やシティーガード!!」
ガン、と近くのウェアウルフに蹴りを叩き込むアズサ。
…………実弾防御に定評のあるバーンズ製MWの硬さに、プルプルと足を押さえて痛みに顔を真っ赤にする結果になった。
「……気持ちは分かるけど八つ当たり先の装甲は考えようよ」
「頭で考えられるほど冷静やないっちゅーこっちゃい!!
ぐぬぬぬ…………めっさ痛い〜……!!」
駆け寄ったソラが肩を貸す中、ふとこちらに野外炊飯中のテントから、エプロン姿のシティーガードの一人がこちらに歩いてくる。
「……大丈夫か?」
「……あん?」
「……俺も良くウェアウルフに蹴りを入れている。
痛いよな……こんな頑丈で、君らの駆るeX-Wと同じ戦場で戦うだけはある」
ふと、そのシティーガードの男性はウェアウルフを見上げる。
「…………街を守る。っていうのは、街の中に侵入したテロリストに対処するだけじゃない。
広大な大地、俺の爺さんのいた戦争によって変わってしまった森……テロって呼ぶには過剰な武器が使えてしまうのがこのクソみたいな故郷さ。
冬は冷えるし、2mも雪が積もるのは当たり前。
MWのジェネレーターは化石燃料式かつスターターは電動だ……いざ訓練という時にバッテリーが温度の影響で残量が無くなっちまって手動で主機を回すんだ。かじかんだ手でな。
…………蹴りたくもなるさ。ずっと蹴ってきたんだ」
彼は、語る間郷愁と優しさに満ちた目でウェアウルフを見ていた。
だが、最後の一言の時苦虫を潰したような顔になる。
「……おっさん?」
「……あの街で育って、あの街を守る。
そのために選んだ仕事だったはずだが……所詮俺たちは企業の手先だ。
企業の敵対というのは、かつて爺さんから聞いてた国同士の敵対とは違う。
イデオロギー。人種。利益。
そこから残ったのは利益という理由だけだった。
俺たちシティーガードを運用するアヤナミマテリアルは、陣営内でレイシュトロームとの橋渡しも行う企業だった。
分かるか?黙認しろって言われたんだよ。
都市に出てきたテロリスト以外は」
自嘲気味な笑みは、涙と共に口だけさもおかしそうに笑う顔に変わる。
「モグラ叩き以上はするなだとさ……!
どこに忌々しいヤツらの根城があるか分かっているのに……!!
アイツらのテロで死んでしまった人々の無念をいつでも張らせる力があるのに……!!
アイツら……『手を出すな』と……!!」
痛々しい顔だった。
そして、急に俯き、
「じゃあなんで基地にこんな立派なものがあるんだよぉ!?」
ガン、とウェアウルフへ男の蹴りが放たれた。
「…………針子の虎で……変な期待をさせるなよ……!!」
うぅ、と言って、男はそのまま地面にうずくまり、泣き始める。
「……なんやねんオッサン……!?」
「さっきから聞き覚えあるねこの声?」
ふと、いきなりの行動に引いていたアズサの後ろからソラがそう言葉をかける。
「聞き覚え……?」
「……空挺降下させる前も泣いてたよね、シティーガード司令官さん?」
瞬間、アズサを含めて全員がハッとした顔を見せ、男───シティーガードの司令は顔をあげる。
「…………そうだ。俺が……いや、私だ。
私が君らに死ねと言った人間だ……!」
「っ!!」
瞬間、アズサは腰のホルスターから拳銃を取り出してその額に突きつける。
「なっ……!」
「どの面下げて出てきてるのか、分かってやってんやろうな?」
怒気を隠さない言葉と共に、シティーガードの武装隊員達が銃を構える。
しかし、司令は彼らを手で制してなおも自らに銃を突き付けるアズサを見る。
「まったくもって、君のいう通りだ……!
だが、顔一つ出さなければ、それでこそ真の卑怯者だ」
「どっちにしろドクズなの変わらんやろ。なぁ?
ウチも、生き残ったみんなも、内心どう落とし前付けさせるか考えとるんや。
───事情があるとか無いとか知らんわ!!
死にかけたんやで、偽の依頼でなぁ!?」
「辞めろバカ!!殺してなんになる!?!」
「言っとくけどなメイドちゃんや!!
先にこっち殺してきたのはこのクソオヤジや!!!」
ソフィアが止めようとするが、本当に今にも引き金を引きそうで迂闊に近づけない。
「落とし前、か……当然か。
手も汚さず殺しておいて生き残れる道理がないか」
「無駄に達観してるのが一番腹立つんやァ!!
反省できるんなら最初っからやんなや!!!」
「ああ……もはや何も言うまい」
「この…………じゃあ自分があの世で死んだ子らに謝れやぁ!?!」
銃を突きつけられなおも全てを受け入れる表情に、逆に逆鱗に触れたアズサが引き金に指をかける。
全員が、息を呑んだ瞬間、
響いたのは銃声……ではなく、
パキン!
────軽い音と共に拳銃のスライド部分が外されてバネと中身が飛び出していた。
「へ!?」
「────まだ殺しちゃダメでしょアズサちゃん」
と、横にいたソラが、外したスライド部分を片手にそう言い放つ。
「ソラちゃん!?!なんでやコイツは!!!」
「感情的に殺しても1円も出ないんだよ?
というか、スワンって『暴力を売る仕事』なんだしさ、タダで殺しなんかして良いわけ?
それともこの人殺したら1cnでも出るの?」
さも当然のように言うソラに、アズサも……いや周り全員が唖然とした顔になる。
────この状況でお金の話である。
「ほら、スライド返すよ」
「うぇ!?おっととと……!?」
と、拳銃のスライドを投げてアズサに渡し、慌ててキャッチしている間に今度は司令の方に近づく。
「あー、大丈夫ですかー?シティーガードの司令官さーん、意識はハッキリしてますー?」
「え、あ、ああ、」
「なら良かった」
そして今度はソラが自分のPDWを司令官の喉元に突き付ける。
『えぇ!?!?』
「って、止めたんや無いんかい!??」
「あのね、アズサちゃんにみんな。
言うべきセリフってやつ、間違えてるんだよね最初から。
騙されました、高難易度の任務でした、生き残りました、じゃあ次は?
普通こう言うでしょ?」
そして、驚く皆にやれやれと言った顔でそうのたまい、ソラは銃を突きつけた司令に言い放つ。
「依頼内容と状況が違う。
成功報酬は前払いの5割追加が最低条件。
そして今すぐに全員分払ってもらう。
死んだあの子らの弔いだのあんたらの事情なんかいいから、とっとと報酬全員分耳揃えて持ってきてよね?」
ドスの効いた声といつでも殺せると言わんばかりの目で前半を、最後をとびっきりの笑顔で言い放つソラ。
ほぼ全員呆然とする中、司令の男も呆然とした顔から、急に口元だけ笑顔になる。
「……ははは……そうか……!
汚れ仕事人……まさにロクデナシと言うことか……!」
ソラの銃をそっと払い除け、後ろで警戒していた隊員を指を動かし呼ぶ。
「司令!」
「今すぐ報酬を用意してやれ。
それと……弾薬費と修理費は持ってやれ。本来はそう、俺たちが撃つはずだったものだからな!」
「いいのですか?」
「俺はな!
スワン、報酬の件だが、弾薬費と修理費は我々シティーガードが全額持ち、
成功報酬は前払いの『2倍』だ!!
これで文句あるまい、ロクデナシ共!」
「いやったぁー!!司令官さん話わかってるぅ〜!!」
言われて、ソラは目に見えるほど自らのテンションを上げて大はしゃぎしている。
それを……アズサはなんとも言えない表情で見ていた。
「…………ソラちゃん、アコギやな……」
「なにさ、文句あるわけ?
まだ暴れるんなら……正式な依頼を司令官に持ちかけて鎮圧しちゃうぞー?」
「あー、なんかもうええわ……アホらしい。
手に入れるもん手に入ったんやし、個人の感情ぶつけてもなー、って…………
やっぱムカつくで司令のオッサンゴラァ!?
今回は許したるけど、次似たような依頼出し取ったら襲撃側受けたるからな!!!
覚えときやー!!!」
と、アズサも一通りそう叫んで心の中の物を吐き出して、クルリと後ろに向く。
「ほかに文句ある人おる?」
「私は最初からありません」
「同じくだ」
と、エルザとソフィアは呆れた顔で答えるのだった。
「私も特には」
「右に同じくね。ソラだっけ?いい交渉だったわよ!」
「私も……」
「私はなんか、一番機体の修理費安いしなんか悪いなぁって……」
ユカリ、ブリジット、カスミの順に答えて、最後にハヤテがそう申し訳なさそうに答える。
「…………あんたら、特にソラ、あんた最高」
そして、後ろでずっと笑っていたマリアは、そう言って口元を押さえていた。
「……なるほど、それなりの心構えはあるようで」
そして最後に、フォルナが前に出てこちらに近づいてくる。
「フォルナさん?」
「認めましょう。あなた方の力を。
今この時より、あなた方は『スワン』です。
ようこそ、戦場へ。新たなる独立傭兵達」
皆に聞こえるように言い放たれたそのセリフ。
そう、今思い出した。
この過酷な初任務は、
自分たちの『試金石』だった事を。
「…………そうか、私達、」
「……スワンになったのか……!」
つい、そう簡単の声をユカリとソフィアが漏らす。
「ま、お互い長い仲になるかどうかは、実力次第ですけどよろしくですよ?
出来ればいきなり次が敵とかにならないよう、お互い祈ってましょ?」
「ランク9にそんなこと言われるとは……」
「傭兵戦は雑魚でも面倒なんですよー。
まして、9機がかりでとはいえ、あの緋那ちゃんをあそこまで追い詰めるような子達なんだってこと、皆さん誇って良いんですからね?」
そう言って、ニッコリと笑みを向けるフォルナ。
心なしか、安堵を全員が覚える。
そう、ようやく終わったのだ。
「……ところでだ、スワン達」
ふと、そこで声をかけるシティーガード司令。
「なんやねんオッサン!まだなんかあるんか?」
「……少しは報酬の用意に物理的な時間がかかる。
どうだ、追加報酬と言うには弱いが、飯でも食っていったらどうだ?」
そう言って指差す野外炊飯中のテント。
そこにある料理は……
「……ラーメンだ」
「ああ。バターもチャーシューも本物だ。
麺も我が基地手作りの本物の札幌味噌ラーメンだ。
食っていけ、スワン共!」
司令の言葉に、全員思わず顔を見合わせる。
『…………食べる!!』
即決。全員お腹は空いている。
ようやく死地から帰還して、その申し出を受けない訳にはいかない。
「……本物〜!インスタントと麺が絶対違う〜!!」
「……出汁も豚骨か……それも本物の……!」
「みなさんそんな啜ってはしたないですよ?」
「ラーメンは啜ってなんぼよ。日本式に合わせなきゃ逆にマナー違反よ」
「なんや分かっとるやんブリちゃん」
「味噌が染みます……!」
「すごく美味しい……!」
「おかわりください!!」
『ってハヤテちゃん速いよ!?』
皆、一様にその味を噛み締める。
生きている証拠、次に生き抜くための力を得る。
────任務終了。報酬受領。
MISSION COMPLETED.
こうして彼女達は『汚れ仕事人』になった。
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